第45話 とある科学の……
第07節 変わりゆく戦争〔7/9〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
塹壕内に籠っていても。
頭上僅か数cmの位置を鉛弾が音速で通過していくという環境は、やっぱり生きた心地がしないんだよ?
ローズヴェルト兵は、ガトリング機銃の問題なんかは知らないから。遠慮なく銃爪を引いてくる。銃身過熱や弾詰まり、そして何より弾切れの危険を理解していたら、気軽に銃爪を引けないと思うけど、知らないから構わず弾丸を撃ち込んでくる。
これなら、弾切れを待った方が効率的かもしれないけれど、オールドハティスの機銃陣地にどれだけの弾丸が残存しているかわからないから。そして、塹壕の壁面も目に見えて削られている。
弾切れが早いか、美奈たちが敵の射線に曝されるのが早いか。うん、試してみたいとは思わないんだよ?
だから、ショウくんは。
〔報道〕の魔法を頼りに、自分の頭上に、その新開発の魔法を発動させたの。
◇◆◇ ◆◇◆
「これ、は――」
美奈たちの頭上には。
撃ち出された12.7mmの弾頭が、静止していたの。
「これが俺の、新開発の魔法。〔慣性制御〕だ」
ショウくんが、ドヤ顔で解説します。
「〔泡〕の表面に接触した物体の、その慣性エネルギーを。〔泡〕の内側に保存するんだ。
当然、慣性を失った物体は、その場で静止することになる」
「それ、一体何て〝一方通行〟ですか?」
と、武田くんが美奈の言いたかったことを代弁してくれる。
「方向を反射している訳じゃない。だから当然、〝木原神拳〟も意味を為さない。
そして〝一方通行〟みたいに〝方向〟を変える訳じゃないから、その保存した〝慣性〟を別の〝物体〟に作用させることも出来る。当然、その〝方向〟はその際新たに設定し直す事が出来るけどな」
えっと、慣性の支配に成功しちゃったら、ニュートンさんが絶望のあまりリンゴの木の上から投身自殺しちゃうんだよ?
「結局のところ、俺たちは難しく考え過ぎていたんだ。
だけど、どうせ難しく考えるのなら。魔法はファンタジーで考えるより、SFで考えるべきだったんだ。
俺たちが魔法を開発する為には、こじつけであれ理論が求められる。
なら、〝とんでも科学〟〝空想科学〟であっても、〝科学〟である虚構科学に頼れば、それは簡単なことだったんだ。
ドリーの宿題。『魔法で出来て、科学では出来ないこと』。でもそれは、『〝現在の科学で〟出来ないこと』じゃない。
この世界の科学では出来ないことでも、現代地球科学で出来る事なんかいくらでもある。そして現代地球科学で出来ないことでも、未来の地球科学では出来る事もまたいくらでもあるだろう。
今〝虚構〟であるSF理論でも、未来にはそれが現実になっているかもしれない。昔〝虚構〟だったモノが、現在には現実になっているモノも、少なくないんだからな」
◇◆◇ ◆◇◆
ともかく、これでショウくんの防御魔法〔慣性制御〕の効果があるとわかったので、このまま塹壕を掘り進めます。効果はあったけど、あくまでそれは一方向。複数方向からの射撃に対してはどうしても無防備な面が出来てしまいます。勿論、複数の〔慣性制御〕を展開することは可能でしょうけれど、そこは〔泡〕が完全球体だということが、致命的な弱点になるんです。つまり、全周を隙なく均一に覆うことが難しい、ということ。
ショウくんの〔慣性制御〕は、同時に三つまでしか維持出来ないみたいだから。方角という意味でも、密度という意味でも、複数方向からの攻撃に対しては、完全無敵とは言い難いの。
だから、塹壕を掘り進める。そうすれば、ガトリング機銃から発せられる銃弾は、一方向からのものを除いて無視出来るから。
塹壕を掘り進み、機銃陣地との距離が狭まるにつれて、弾幕の密度は増してきました。けれどそれは、最早ショウくんの〔慣性制御〕がストックする慣性エネルギーが際限なく増えていくことに他ならず。
と、あるタイミングで、銃撃が止みました。弾切れか、故障か、放熱の為のクールタイムか。それとも何か策があるのか。
「松村さん。ちょっと実験を手伝ってくれるか?」
そうしたら、ショウくんが。
「構わないが、危険なことか?」
「あぁ、危険だ。もし、横から機銃が狙っていたら、松村さんを守り切れないかもしれないから。そして前からの攻撃も、もしタイミングを間違ったら、ヤバいことになりかねない」
「まぁ、ここは飯塚を信じよう。何をするんだ?」
「単純に、この塹壕内から機銃陣地に矢を放ってほしい。
但し、曲射じゃなく零距離射撃で」
「彼我の距離、約350m、か。直射じゃ絶対届かない距離だな」
「それを承知で、頼む」
「わかった。」
「『弓構』から『離れ』まで、リスクを考慮して3秒だ。無茶を言っているのはわかるけど、それ以上は松村さんが被弾する危険がある」
「わかった。多少姿勢を崩してでも、また狙いが中途半端でも、3秒以内に離すことにしよう」
「じゃぁカウント。3・2・1・0!」
そしておシズさんは、ショウくんの(ドイツ語の)カウントで塹壕から立ち上がり、ハリスホークの矢羽根のモビレアン・アローを弦から解き放った。
すると。その矢は発射の数瞬後に呆れるレベルで急加速をし、その加速に矢自体が耐えきれず矢羽根が千切れ箆と鏃を繋ぐ糸が吹き飛び、鏃だけが音速を超えて機銃陣地の掩体壕に突き刺さり。盛大にそれを砕いたの。
「……フム。鏃に慣性を託すると、むしろ矢羽根などの整流機能が無駄になる、か。ならむしろ、武田の投擲紐から放たれる石に慣性を託した方が良い、かな?」
どうやら、ショウくんは鉛玉数発分の慣性を、矢に託したようです。さすがにそれは、無茶というか、無駄というか、なんだよ?
そもそも、その最大射程の大体三分の一の距離を飛来して減衰しているとしても、まだ充分な慣性を保存していた弾丸に、そのエネルギーを返してあげれば。距離が縮まれば、充分な破壊力を期待出来るんだから。
だから、それを反省点として。今度は12.7mm弾頭に、方向を指定して慣性を託する。と。
……12.7mm×99mmの弾丸を一粒とする散弾となり、僅か350mの距離から十数発同時に解き放たれたら。
まるで機銃陣地は爆撃を受けたかのように吹き飛び、肉片が飛び散ったのが、この位置からでも見えたんだよ?
(2,507文字:2019/07/24初稿 2020/02/29投稿予約 2020/04/06 03:00掲載予定)
【注:「それ、一体何て〝一方通行〟ですか?」という台詞や〝木原神拳〟などは、〔鎌池和馬著『とある魔術の禁書目録』KADOKAWA電撃文庫〕〔鎌池和馬原作『とある科学の超電磁砲』KADODAWA電撃コミックス〕〔鎌池和馬原案『とある科学の一方通行』KADOKAWA電撃コミックNEXT〕等を原典としています。なお〝木原神拳〟は公式設定ではありません】
・ 〔泡〕は、物理的衝撃に対して脆弱です。が、〔慣性制御〕は、逆説的に「物理的衝撃に対して無限の耐久力」を持ちます(本当に無限かどうかは不明ですけど)。
・ 「12.7mm×99mmの弾丸」。12.7mm×99mmは規格であり、また99mmは薬莢長です。別に薬莢付きで飛んでいる訳ではありません。ちなみに弾頭のサイズは、長さ45mm前後のようです。
・ 魔王陛下「あ、あれは!」
シェイラ妃殿下「知っているのですか、ライ……ぢゃなく、ご主人様?」
魔王「あれは、〔慣性制御〕。俺が身に着けようと研究し、遂に達し得なかった魔法だ」
妃殿下「そうなのですか?」
魔王「だからこそ、俺の魔法の〔方向転換〕は、『無属性魔法Lv.1【物体操作】派生03a.』なんだ。『派生03b.』が、〔慣性制御〕の予定だったという訳だ」




