第44話 〝オスカル様〟の土魔法
第07節 変わりゆく戦争〔6/9〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
『二〇三高地』こと、「オールドハティス機銃陣地」。これを攻略する為の策が、飯塚にはあるのだという。けれど、どう考えてもそれは安全な策ではなさそうだ。しかも、現在研究中の魔法だというし。
だとするのなら、それだけに頼る訳にはいかない。
「雄二。通常、こういった機銃陣地を攻略する為には、どんな方法がある?」
「実は、ほとんど対策がないというのが実状です。
現代戦であれば、高空からの飽和爆撃、遮蔽物を挟んだ位置からの迫撃砲による曲射攻撃、巡航ミサイルによる遠隔攻撃、或いは機銃の攻撃に耐える装甲を持つ戦車隊による突撃。
そのどれも無かったからこそ、日露戦争時代の二〇三高地は、地獄と化したのですから。
あとは、時間がかかっても良いのなら、塹壕を掘るというのも選択肢です。それこそ硫黄島要塞のように、敵の射線から隠れて敵に接近出来るのが、塹壕のメリットですから。ただ、これは言うまでもありませんが防衛陣地です。攻略戦時に、敵の機銃の射程内で悠長に塹壕を掘っていたら、狙い撃ってください、って言うようなものですから」
「だけど、そうなると、選択肢は塹壕しかない、ってことか」
「いや、でも、敵の射程内での塹壕掘りは――」
「どちらにしても、飯塚の新開発の魔法とやらが通用するかどうかが今回の作戦のキモだ。はじめからそれに頼れるのであれば、塹壕さえ必要ない。が、その新魔法をテストする為に、飯塚が身体を張って、そして失敗したら?
つまり、究極的には飯塚が安全に新魔法のテストを出来る環境を整える為に、塹壕が必要になるってことだ。敵機銃の射程内に、安全に侵入する為に。そして万一の場合は、安全に撤退する為に、だ」
だけど、そうなると。その塹壕を、安全に且つ迅速に掘る事が出来なければ、意味がない。
「なら、冒険者ギルドに応援を要請しようよ。土魔法の使い手さんに協力してもらえば、塹壕どころか隧道を掘ることだって出来るでしょう?
それに、塹壕迷路を作る必要もないんだから、一本道で良いし。なら人数だって大していらないんだよ?」
雄二は、多くの魔法に通じている。が、だからこそ。〝特定の用途〟への最適化が、出来ていない。何でも出来るからこそ、他の人でも出来ることに関する効率が、一歩劣る。
既存の魔法で行える内容なら、その道の熟練者を呼んできた方が絶対に早いのだ。
そういう訳で、まずソニアをウィルマーに送り、そしてボレアスに二人乗りで応援の魔法使いを連れて来てもらった。
「よう、久しぶりだな」
「あ、おっちゃん!」
そして来てくれたのは。聖都でお隣さんだった、リングダッドの密偵のおっちゃんだった。
「王太子様から手紙を受け取っている。キミたちには国ごと借りがあるようだ。
キミたちからの要請であれば、無条件で協力しろと言われているからな。何でも遠慮なく言ってくれ」
「有り難うございます。ではまず、〝おっちゃん〟さんのお名前から聞かせてもらえないでしょうか?」
「あ、そうか。未だ名乗っていなかったな。ウィルマーに来たら名乗るって約束だったのに、結局すれ違ってばかりだったみたいだしな」
そうして名無しの〝おっちゃん〟は、名乗った。
「オスカルだ。何となく分不相応な名前だから、昔から偽名を名乗っていたんだけどな」
と、言うことは、職業上の通名じゃなく、本名、ということ。それを明かしてくれるのは、やっぱり信頼の証というべきなのだろう。
「では、〝オスカル様〟とお呼びしましょうか?」
「……頼む、止めてくれ。」
「わかりました。ではこれからも、〝おっちゃん〟さんとお呼びします」
「否、〝さん〟は要らないんだが」
◇◆◇ ◆◇◆
「はえぇぇぇ……」
おっちゃん、ならぬオっちゃんの土魔法は、見事の一言に尽きた。
土は、掘り出されると空気を含み、従前の1.5倍にまで体積が膨らむという。
それを知るあたしたちは、それに対処することを考えなければならないけれど、それを知らないオっちゃんは、そんな理屈は無視して土を掘り進む。
よく見ていると、それは土を消滅させるのではなく、周囲に圧縮している、ということになる。
土魔法で作られた塹壕や隧道は、ある程度の時間が経過すると元に戻ってしまうと聞いたことがある。あたしはそれを、「〝魔法〟という超自然の力を使ったことに伴う、〝自然の復元力〟だ」と認識していたけれど、それ以前の問題として、単純に「圧縮された物は、その圧力が消えたら反発力のみが残る」という次元の問題でしかなかったのかもしれない。
雄二は、オっちゃんの後に続き、圧縮された土から水分(と、余計な圧力)を抽出し〔泡〕に封入するという作業を行っている。断熱圧縮されることで熱が生まれ、その熱が土を焼き、そして溢れ出る水分を排出することで、結果塹壕の壁を焼き固めることになり、魔法の効果を永続化させる。ハティスの塹壕迷路でも使った方法だった。
そしてオっちゃんの掘る塹壕は、起点から機銃陣地に向けて、約60度の角度で掘り進めている。これは、機銃の射程を正確に把握している訳じゃないということと、機銃の射程に入った時にその射線と塹壕が平行に近い形になると、一斉射で全滅する可能性があるからだ。
ローズヴェルトのベルナンド領軍だって、塹壕戦術を試みなかったとは思えない。けれどその結果、失敗したのだろう。
多分、最初はそのように塹壕が事実上の遮蔽物とならずに。そして後に、接近した時に真上からの機銃掃射を喰らい。
だけどあたしたちの場合は、機銃陣地まで塹壕で進むつもりはない。あくまでも機銃の射程内に侵入し、且つ飯塚の魔法の効果を確認する為の一手段なのだから。
そうして掘り進めて、計算上(観測上)の機銃の射程内に侵入した。
「薔薇軍は、正確な測距器を持っているとは思えません。だから機銃の有効射程を正確に測ることは出来ないでしょう。
でもだからこそ。いつあのガトリング機銃が火を噴くかわかりません。
けれど、火を噴いてくれないと、こちらの作戦が成り立ちません。機銃の弾丸を浪費させるという意味でも、飯塚くんの魔法の効果を確認するという意味でも。
だから皆、ここから先は、細心の注意を払ってください」
雄二の言葉。
どれだけ不安でも、ここから先は塹壕から頭を出す訳にはいかない。目視確認なんて危険なことは、決して出来ない。
だから、美奈が(雄二から学んだ)〔報道〕の魔法で、塹壕の上から機銃陣地を観測することになった。
そもそも〔報道〕の魔法の原型は、美奈の音響用の〔泡〕だから、美奈が〔報道〕の魔法を覚えるのはそれほど難しいことではなかったようだ。
そのまま進んで行き。
機銃陣地まであと600mの位置まで近付いて。
あたしたちは、最初の斉射を受けることになった。
(2,729文字:2019/07/19初稿 2020/02/29投稿予約 2020/04/04 03:00掲載 2020/07/14誤字修正)
【注:「オスカル」は、〔池田理代子著『ベルサイユのばら』〕に登場する男装の麗人「オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ」の名前でもあります。ファンは「オスカル様」と呼ぶとか。その死を悼んでファンが実際に葬式を執り行った、数少ない非実在二次元キャラでもあります】
・ 機銃陣地の攻略。迫撃砲は、日露戦争時代にはありました。が、威力や弾数に比して効果が期待出来なかった為、支援兵器の範疇を出ることが出来ませんでした。
・ オスカル様は、冒険者ギルド経由で手紙を受け取っています。〔ポストボックス〕を知る人は、それを預かる機関の郵便番号経由で手紙を受け取れるのです。ちなみに、その仕分けは彼らがしていたはずですが、「オスカル? 誰だそれ?」とわからないままスルーしてました。




