第43話 技術の伝承
第07節 変わりゆく戦争〔5/9〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
銃火器の開発。これは、知識があればすぐ出来る、というインスタント食品のようなものでは決してない。
「まず、火薬。
火薬は、どうやって作るか、知っているか?」
「そりゃぁ木炭と硫黄と硝石、だろう?」
それに間違いはない。けど。
「それで完成するのは、黒色火薬だ。
そして、黒色火薬だけを取り沙汰しても、硝石の生産がネックになる。
知識さえあれば、硝石を採取するのは難しくない。が、産業として確立する為には、工業的生産が必要になる。
その知識を持っていたとしても完成まで成果の〝感触〟がない工程を、数年に亘って庶民に強いる為には、権力が必要になる。硝石の生成には、年単位の時間がかかるからな。
まして硝石が出来てももう一つ、冶金技術が一定レベルに到達しなければ、銃火器は完成せず、つまり硝石生産に意味があったかどうかさえ判別出来ないってことになる。
だから、その為に必要な知識と権力を共に持っていたのは、アドルフ陛下を例外とすれば、入間史郎卿だけだろう。
その、もう一つ。冶金技術。
火薬の爆発に耐える強度と柔軟性のある合金の、鋳造。
その熱による膨張と冷却に伴う収縮を最小限に抑える合金だ。
火薬が完成しなければ開発に着手する事が出来ず、火薬の圧力に耐える合金が鋳造出来なければ、研究それ自体が無駄に終わる。
この世界の歴史で、――異世界からの転移者や転生者がいたという前提で――今なお銃火器が魔王国の独占物となっている理由は、多分このあたりだろう。古代帝国の時代では、その技術が無かったんだな。
だが、その〝技術〟。魔法の存在を前提に置くと、その伝承がなされていないということさえ考える必要があるんだ。
意味も理屈もわからない。ただ、『この呪文を唱えてこう思念すれば、魔法はこう謂った効果を発揮する』。そこに、〝理解〟はない」
例え話を具体的にすると。
現在東南アジアでは、日本製の機械が多く導入されているという。そのOSも、取扱説明書も、全て日本語だ。
なら工員や技師は、全員日本語をマスターしているのか?
そんなことはない。彼らは、『まず電源ボタンを押し、次に赤いボタンを押し、モニターの画面が変わったら緑のボタンを押す』といった風にしか学んでいない。〝赤いボタンを押す〟ことで、何が起こるか、彼らは理解していない。ただ、マニュアル通りに操作すると、期待通りに機械が動いてくれる。それだけだ。
当然、トラブルシューティングも似たようなことになる。『こういう問題が起こったら、まず黄色いボタンを押し、画面が変わったら次に赤いボタンを押す。そしてまた画面が変わったら、主電源を切る。スイッチを切ってから10秒待って、改めて主電源を入れる』。それだけ。
だからその機械の周辺には、日本語を現地語に翻訳する辞書じゃなく、その手順を示した付箋紙が所狭しと貼られているのだそうだ。
けれど、三年間トラブルが生じなかったら、そのトラブルの対処法を記した付箋紙など、剥がれて落ちて、紛失しているだろう。そして4年目にトラブルが起こった時。
工員の中に、そのトラブルに対処する方法を知っている者はいない、ということになる。
「この世界の魔法技術や冶金技術も、似たような状況だ。
その呪文を唱えることに、どういった意味があるのかは最早誰も知らず。そもそも伝えられている〝意味〟が正しいのかさえ検証出来ず。
ドレイク王国の、〝円紙幣〟の真贋鑑定の呪文も、同じだ。伝えられている意味と、本来の意味は、違う。けれど『違う』と指摘する人はおらず、その正誤を検証する研究者もいなければ、それを疑うことさえ出来ないだろう。
結果として。東南アジアに輸出されている機械は万能性があるにもかかわらず、特定工程にしか使えないというのと同じように、この世界の魔法技術も冶金技術も、本来の性能、可能性を限定され、そして限定されたそれさえ次代に伝承されず衰退の一途を辿っているんだ。
話を戻すが、そういう事情だから、冶金技術が爆発的進化を遂げる為には、まだまだ時間がかかる。
今話した東南アジアの機械の件は、同じことが戦後日本でも起こっていた。けれど当時の日本人技術者は、だからこそ英語を学ぶことを、アメリカに学ぶことを考え、理解した上で応用を考え、そしてオリジナルでは出来ないことを出来る機械を作ることを目論んだ。
こちらの世界の技術者がそうするには、まだまだ時間が必要だろう。
その一方で、カラン王国のガトリング銃座は、黒色火薬を使っていなかった。無煙火薬だった。
黒色火薬から無煙火薬までは、幾つもの進化のステップがある。
黒色火薬の開発にさえ難儀している他国が、無煙火薬に到達することは不可能だ。
異世界チートを以てしても、黒色火薬(硝石)を産業レベルで生産することは難しい。にもかかわらず、その発展形である無煙火薬の産業レベルでの生産、となると。
そして、カラン王国に無煙火薬の技術を供与したであろうドレイク王国は、火薬製造に必須の硝石を、工業的に大量生産出来るシステムを既に構築している。
また、魔法金属を一般工業生産物に流用出来るあの国は、冶金技術の難問の幾つかを魔法的に突破しているということになる。
〝欠落を、魔力で埋める〟。これが、魔獣や魔法草の誕生秘話だ。だが、なら鉱石にもこれは適用されると考えられる。それを考えると。
『圧力に耐える鉄』。『熱に耐える鉄』。『錆びない鉄』。そして『温度変化に強い鉄』。それらは、神聖鉄を核にした合金なら、容易に鋳造出来るだろう。
それが、ドレイク王国の鉄砲産業の秘密、ということになる」
つまり、それは。
「多少の知識で、その差を埋めることは出来ない、ということか」
柏木の言葉。そう、その通り。
そしてだからこそ、拿捕された機銃や弾薬に関しては、解析される危険を警戒する必要はない。どれだけ頑張っても、辿り着けない高みだろうから。
だから俺たちは、単に。
それを攻略する方法を、考える必要があるという事だ。
「成程。なら、どうやって機銃で武装したオールドハティスを攻略するつもりなんだ? ソニアたち有翼騎士団に頼るのか?」
「否。彼女らには、危険の無いところで諜報活動をしてもらう、とアドルフ陛下と約束した。
オールドハティスの機銃が、対空兵装として使える可能性が否定出来ない以上、彼女らに頼るつもりはない」
柏木の疑問に対して、そう応える。
「なら?」
「取り敢えず、俺も一つの魔法を研究している。
だけど、この〔倉庫〕が『星幽界』にあると考えると。
ここで出来ることが、外界でも出来るという保証がない。
そして、俺の開発中の魔法は、防御魔法だ。なら、その魔法が期待通りの効果を発揮しないのであれば、俺の五体は千切れ飛ぶってことになる。
一発勝負。もし、この魔法が失敗だったとしても、すぐに〔倉庫〕なり遠隔地なりに退避出来る状況が無ければ、保安規定上試行することさえ出来ないだろうな」
正直、この魔法が完成している自信はある。
けれど、試行する事が出来ずにいきなり実践、いきなり12.7mmガトリング砲の銃前に身を晒すのは、さすがに勇気がいるんだ。
(2,882文字:2019/06/16初稿 2020/02/29投稿予約 2020/04/02 03:00掲載予定)
・ 硝石(硝酸カリウム)は、人間が糞尿を垂れ流していた時代(中世末期まで)は、家屋の床下から採取する事が出来ましたし、鳥獣の巣周辺には自然に堆積した硝石鉱床が形作られました。が、人間が産業的に硝石を生産しようと思ったら、その方法(硝石丘法その他)を知っていても、短く見積もって3年、安定的に供給する為には5年以上の歳月が必要になります。効果がわかっている産品の生産であれば、3年が5年だったとしてもそれに従事することは出来るでしょうけれど、何が出来るのかわからない、何に使えるのかわからない物を作る為に、3~5年の歳月を単純作業する。強制労働よりタチの悪い、ただの拷問です。
・ 「ドレイク王国の、〝円紙幣〟の真贋鑑定の呪文も、同じだ。伝えられている意味と、本来の意味は、違う」。その「本来の意味」も、SF作家の創作なんですけどね。




