第42話 アンチ・テイミング
第07節 変わりゆく戦争〔4/9〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
実は、ワイズマンゴブリンたちが何者かに〔支配〕された、という点については、その対処で難関となる問題はありません。
対処法としては三つ。
〔支配〕された小鬼たちの、テイムする為の魔力波長を観測し、それに干渉する。
または、その波長に対し対消滅する魔力波を当ててやる。
或いは、対象となるゴブリンの本来の魔力波長(主波長)を特定し、それを増幅することで、第三者の魔力波長を打ち消す。
勿論、第四の選択肢もあります。ゴブリンを〔支配〕するその魔力波長より、強くまた確かな魔力波長を以て〔支配〕を上書きするというものです。
けれど戦略的に考えると、〔カウンター・テイミング〕は下策。ボクらに対する敵愾心を蓄積するだけかもしれませんから。
その視点で考えると、「第三者の手で被支配下から抜け出せた」とか「第三者の助力で被支配下から抜け出せた」というより、「(第三者の助力があったとはいえ)自力で被支配下から抜け出せた」という方がゴブリンたちにとっては受け入れ易い状況という事が出来るでしょう。
そういう訳で、報告してきたカラン王国の代表者に、現場で武力衝突に発展する可能性と共にそれを告げました。まずボクらは〔支配〕の魔力波動を観測し、それを干渉するとともにテイムされているゴブリンの主波動を観測、それを増幅することで、最終的にゴブリン自身に〔支配〕を打破させる、という事です。ボクらの助力によって成すことになりますが、けれどそれはあくまで助力に留まり、最終的に〔支配〕を跳ね返すのは、そのゴブリン自身なのです。
けれど、当然それを成し得ないゴブリンもいるでしょう。或いは、力不足故干渉してなおその〔支配〕を振り払えないゴブリンもいるでしょう。
そういった相手とは、交戦せざるを得ません。そしてその場合、彼らの為にボクらが危険に曝されることを受容することは出来ません。だから、その際は対象となるゴブリンを殺害することを、代表者たちに宣言し理解を得ました。
◇◆◇ ◆◇◆
カランのゴブリンたち。実は、彼らは旗幟を掲げるのを面倒がり(おそらくはウィルマーの冒険者らと交戦した際旗幟を焼却されることを警戒したというのも理由のひとつでしょう。現場の運用では、「旗幟に対して攻撃してはならない」というルールは、その旗幟を焼却した挙句「相手は旗幟を持っていなかった」と強弁した際反論の余地がなくなるのですから)、自らの服、或いは鎧、または盾にカランの紋章を刻んでいました。これだけ全身を紋章で包んでおけば、相手が「カランのゴブリンとは思わなかった」と言っても、説得力が無くなりますから。
ですが、今回に限っては。ボクら【縁辿】がカランの旗幟を掲げた、或いはその紋章を身に纏ったゴブリンたちを殺害することになったとしても、罪に問わないという約定が交わされました。
ちなみにこれは、無条件。例えばボクらが殺戮に酔いしれ、無辜のゴブリンを鏖殺したとしても、罪に問われません。ですがこれは、「そのようなことはするはずがない」という、カラン王国からボクらへの信頼の証。なら敢えて、それを蹂躙する必要はありません。
そして、カラン王国の代表者から聞かされた、カラン王国への叛乱者たちの集落に向かい。その道中、何度かゴブリンの集団と近接しましたが、戦闘を避けやり過ごします。ここで無為に戦闘をしても、何のメリットもありません。いくら戦闘が許されているからって、その結果に対して一般人がボクらを憎悪することを禁じることは出来ないんですから。
戦闘を避け、また発見される危険を避けながら集落に向かうのは、結構な苦労がありました。当然ながら、ゴブリンの集落は人間が使う街道から離れている分、決して行軍し易い道程とも言えませんし。そんな苦労の果て、その集落を発見し。
けれど、そこから先はむしろ皆にとっては拍子抜け。ボクにとっては順当に、その叛乱を無力化(〔支配〕の解除)を行う事が出来ました。
やったことは。その集落で、魔力波長観測用の〔泡〕を放流しました。それも、僅かずつは観測帯を変えたモノです。それにより、〝敵〟が〔支配〕に使う為の魔力波長を観測出来、またそれに干渉することも容易となりました。
手前味噌ではありますが、魔力波長を一から観測し、それを解析し、それに干渉する。それが出来る魔導師は、このボクを除いて世界には何人もいないでしょう。伝説の、〝大魔導師タギ〟でさえ、出来たかどうか。
だとすると、カランのゴブリンたちを〔支配〕している相手は、魔法に入力する為の〝変数〟を極力省略した、簡易版。もしかしたら、何者かの手によって魔道具化されたものを活用しているのかもしれません。
なら、波長を変えて〔支配〕を再試行する、などの応用は、おそらく出来ないでしょう。
そして、今回記録出来た魔力波長は、魔石に保存しておきます。
これは、別の戦場で〔魔物使役〕に対抗する為の、切り札になりますから。
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「さて。武田の奮闘で、カラン王国の内紛はあっさり片付いた。そうなると、残りはオールドハティスを占領する、ローズヴェルト軍ということになる」
飯塚くんが、〔倉庫〕で語り始めます。
「ちょっと待ってくれ。進軍中の薔薇軍は本当に無視して構わないのか?」
「ああ。薔薇軍はブルックリンに向かったと聞く。そして、あちらには魔王国が騎士王国を支援する為の第三便が向かっている。そもそも随伴の雑兵のいない騎士など、戦力に数えることも莫迦ばかしい。
加えてブルックリンは、その市民の親近感はサウスベルナンドに指向している。既に、ブルックリンのローズヴェルト総督館は事実上の籠城状態だそうだ。
ここにドレイク海軍が上陸し、生命と財産の保全を条件に無条件撤退を求めたら、二つ返事で――というより向こうからそれを求める可能性さえある――それが成り立つだろう。
そうなれば、現在進軍中の薔薇軍は、撤退せざるを得ない。
けれどだからこそ、それまでにオールドハティスを奪還することが求められるんだ」
でも。
オールドハティスには、カラン王国が撤退時に遺棄した、ドレイク王国製のガトリング式機銃があります。残存弾薬数がどの程度かはわかりませんが、それがボクらにとっての脅威であることには違いないでしょう。
「まぁそれを考える為には、銃器類の開発の歴史を繙く必要がある」
銃器類の開発の歴史、ですか。
「銃器類の開発。これは、二つの技術の進歩がその核になっている。
ひとつは、火薬。
もう一つは、その爆発の圧力に耐える鋼材の、冶金技術だ」
(2,659文字:2019/06/16初稿 2020/01/31投稿予約 2020/03/31 03:00掲載予定)
・ 武田雄二くんは、教国が使用している〔魔物支配〕のマジックアイテムは、教国内の魔導師(或いはリトル魔術師長)が作ったものではないと確信しています。ただ、それを誰が作ったのか。その答え(廃都カナンに棲まう不死の王)は持っていませんが。




