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拝啓、姉上様~異世界でも、元気です~  作者: 藤原 高彬
第一章:契約は慎重に結びましょう
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第35話 〝殺人〟という罪

第06節 法の支配と力の世界〔6/6〕

◇◆◇ 雄二 ◆◇◆


 それは、別にこの世界に限った考え方じゃありません。

 日本にも、「法施行地」という考え方があります。

 これは、「日本国の法律が及ぶ範囲」を定めたもので、その地域の「外」では、日本の法律が及ばない、というものなのです。

 日本の法律は日本国内にしか適用出来ない。なら、海外に逃げれば大丈夫。

 犯罪者たちは、そう考えるでしょう。でも、それを許さない為に、「国際法」とか「犯罪者引渡条約」などがあるのです。逆に言えば、それを批准(ひじゅん)していない国に逃げられたら、もうどうしようもない、という事になりますが。

 ちなみに蛇足ながら、「日本国の法施行地」と「日本国の領土」は、必ずしもイコールではありません。「日本国の領土」と定められながら、「日本国の法施行地()」となっている場所が、日本には何箇所かあるからです。すなわち、北方四島と竹島、そして在日米軍基地内等です。だから、そこは日本国内のはずなのに、武装外国人が不法占拠していても、海上保安庁も警察も入国管理局も動けないのです。法治国家として、それはどうなのか? とは思いますが。


 それはともかく。この世界に於ける各国の「法施行地」は、町の中だけ、という事になります。町と町を繋ぐ街道さえ、法で守られている訳ではないのです。

 だから、自己責任。

 町の外で活動する冒険者は、その身を守る為に帯剣します。

 町と町を渡り歩く行商人は、自分と商品を守る為に武装をし、或いは冒険者を護衛に雇います。

 では、身を守る(すべ)も持たず、護衛を雇う資金もない巡礼者や家出人は?

 字義通り、運を天に任せるしかないのです。


 そして、ボクたちは冒険者としての行動を採ることになります。

 つまり、自分の身は自分で守り、頼りになる法律はない、そんな世界を旅するのです。

 なら。殺すことが求められる場合も少なくないでしょう。「必要なら」、ではありません。殺す必要が無くても、将来自分の身や身内に危険が及ぶ可能性が残るのなら。字義通り後顧(こうこ)(うれ)いを断ち()っておくという考え方が出てくるのです。


 けど、松村さんは、殺せない。

 でも、それって悪いことなのでしょうか?

 ボクら五人は、お互いの不足をお互いに補い合うことで、この世界を生き抜こうと決めています。なら。

 単純に、「女子が出来ないことなら、男子がやればいい」っていう程度の問題、じゃないでしょうか?


◇◆◇ ◆◇◆


「松村さん。いいよ。ボクがやります」

「だが……」

「いいんです。特に松村さんは、最前線で戦うんですから、その最中(さなか)にその(やいば)が相手の命を絶ってしまうかもしれません。その重さを背負ったまま刃を振るってもらっているんですから、無防備な相手に(とど)めを刺すことくらい、ボクがやりますよ」


 と、ちょっと格好付けてみたら。


「阿呆。お前だって好き(この)んで人殺しをする必要はねぇよ。

 いつか、そうしなきゃならない事態になるかもしれないけど、進んで人殺しをしようなんて思うなよ。

 俺がやる。

 俺は今日、自分の意思で3人殺している。柏木みたいに、打ち込んだら打ちどころが悪くて死んじゃった、っていうのとは違う。コイツらに対し、殺意を持って行動し、その結果として必然の死を与えたんだ。

 『未必の故意』でさえない。『殺意を持った殺人』だ。なら、今この場でコイツらに死を与えるのは、俺の役目だ」


 そして、止める間もなく飯塚くんは、賊を引き起こし、その肩、鎖骨(さこつ)肩甲骨(けんこうこつ)の間から心臓目がけて刃を突き立てました。

 それは、ラノベの知識。正面から心臓を狙うと、肋骨に弾かれて殺せない場合もあります。けど、真上から、鎖骨と肩甲骨の間から、真直ぐ刃を叩き込めば、刃の長さが充分なら、確実に心臓に届きます。それは同時に頸動脈(けいどうみゃく)も断ち切るから、仮に心臓を貫けなくとも短時間で失血死に至る、確実な殺傷法です。

 飯塚くんだって、地球でこんなこと、実践することを想定した練習などしたことないと思います。


 だけど、彼は。

 今ボクらがその手を血で染めずに済むように、自分が率先して「殺人者」になってくれたんです。


◇◆◇ 雫 ◆◇◆


 その日の夜。

 正確には、エラン先生が仮眠する時間帯に〔亜空間倉庫〕を開いて、中のプライベートスペースで就寝している時間帯。


 男子の就寝場所と女子のそれは、同じ〔倉庫〕の中とはいえ物理的に距離を置いている。けれど、たった五人しかいなければ、カーテンで視界を(さえぎ)られていても、誰も眠っていないことくらいはわかる。あたしも、眠れない。


 男子は今日、人を殺した。

 飯塚は戦闘中に3人殺し、その後7人処刑した。

 柏木は戦闘中に1人死に至らしめた。

 武田が戦闘中に放った〔火弾〕を受けた1人は、戦闘終了後に息絶えた。


 三人とも、以前は普通の高校生だったんだ。

 その普通の高校生が、どんな理由があっても、人を殺して平気でいられるはずがない。


 ああ、そうか。

 こんな時、男は女を抱きたいと思うんだろう。


 そして。

 こんな時、女は男に抱かれたいと思うのかもしれない。


 彼らは、美奈とあたしを守る為に、人を殺した。

 美奈を傷付けた報復に。あたしの背中を守る為に。

 あたしに人殺しをさせないように。美奈の安全を確保する為に。


 勿論(もちろん)、それは彼らがこの世界で生きる為でもあるだろう。

 けど、あたしたちが守ってもらったことにはかわりない。


 今なら、彼らが求めてきたら、あたしは受け入れてしまうだろう。


 けど。

 多分、それじゃ駄目(ダメ)だ。

 多分、それじゃあ彼らもあたしたちも駄目になる。


 彼らが、人を殺したこと。

 彼らに、人を殺させたこと。


 それは、セックスで(ゆる)したつもり、赦されたつもりになって、それで終わらせていいことじゃない。


 「この世界で生き抜く為に、多くの部分で変わらざるを得ない」。以前あたしはそう言った。その気持ちは今も変わらない。

 「けど、変える必要のないことは、むしろ変えたくない」。以前あたしはそう言った。けど。


 『人殺しを禁忌(タブー)とする在り方』は、あたしたちにとっては『変える必要のないモノ』ではなく『変えちゃいけないモノ』だと思う。

 元の世界に、地球に、平和な日本に戻ることを考えたら。

 あたしたちは、この世界で苦しまなきゃいけない。


 あたしも、いずれ彼らと同じように、この手で人の命を奪うだろう。

 その時、甘えて(すが)って一時の快楽に流されて、それでその苦しみから(のが)れちゃいけない。


 明日(?)、目が()めたら。

 美奈と二人で、男子を思いっきり甘やかしてあげよう。


 無上の感謝と共に。無辺の愛情と共に。

(2,596文字:2017/12/19初稿 2018/04/30投稿予約 2018/06/08 03:00掲載 2022/06/15表現修正)

・ 〝概念〟としての法施行地は、ほぼ全ての法律で利用されていますが、実際にそれを法条文化している法律はほとんどありません。

 ざっと調べたところ、戦後の「戦時補償特別措置法附則第2項」(勅令第四百九十六号)や「財産税法附則第2項」(勅令第五百四十八号)で北方四島、小笠原、竹島、鹿児島県大島郡、沖縄(尖閣含む)を法施行地外と、また現行税法の相続税法施行令(昭和二十五年政令第七十一号)附則第2項では「法の施行地域から除かれる地域は、当分の間、歯舞群島、色丹島、国後島及び択捉島とする」と規定されています。この「当分の間」は現在もなお続いており、前述の財産税法等との兼ね合いから、竹島がこれに準ずる扱いとなっております。ちなみに尖閣諸島は平成25年(私有地から国有地へ移行:それ以前は私有地であり且つ事実上の国際係争地の為、竹島等と同じ扱い)から法施行地に編入されたと解釈されます。

 また在日米軍基地内に関しては、日米地位協定第11条、第13条、第16条、第17条等で米国の法施行地とする旨定められています。

・ どの国の領域でもない公海上を航行する船の上の場合、その船の船長の属する国の法施行地と解釈されるのが国際法慣習です。また飛行中の飛行機の中の場合は、着陸(着水/墜落)地の法施行地と解釈されます。

・ 「言い訳の余地」(殺すつもりはなかった、など)がある二人はともかく、その余地のない形で〝殺人〟を行った飯塚翔くんが、髙月美奈さんに慰めてもらいに行かなかったことが、おそらく男子二名の軽挙妄動を抑止していたのでしょう。

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