第40話 オールドハティス、陥落
第07節 変わりゆく戦争〔2/9〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
「それにしても、未だに信じられません。ローズヴェルト軍は、どうやってオールドハティスを攻略したのでしょうか?」
テレッサさんは、やっぱりドレイク王国の軍人です。だからこそ、12.7mmガトリング砲の威力をよくわかっています。
わかっているからこそ。それが攻略されたという事実が、未だに信じられないようです。
12.7mmガトリング砲。現代地球では、対物ライフルの口径です。その口径では、掠っただけで手足が千切れ飛びます。仮に厚さ数ミリの鉄板に覆われた甲冑を着込んでいても、この口径の弾丸を前にしたら意味がないでしょう。そしてこの世界の、戦傷者に対する看護体制を考えると、運が良ければ生き延びることは出来るかもしれませんが、社会復帰は不可能。それ以前に、清潔とは言い難い病院内では感染症で死亡する確率の方が高いんです。
その一方で、ガトリング砲の発射速度は、毎分千発くらい。毎秒16発ほどという事になりますから、人間の身体に四~五発は飛び込むでしょう。なら、遺体が人間の形をしていることの方が稀です。現に、ボクらがベルナンドシティに行った時。オールドハティス周辺では、肉片こそ散乱していましたが、人間の形をした遺体はありませんでしたし。
そう考えると、これを突破するのは不可能なようにも思えます。
けれど、実は意外に簡単に攻略出来るんです。雫でさえ、以前そのことを頭に浮かんだと言っていましたし。
「まぁローズヴェルトのベルナンド伯には、ヒントを出しちゃったしな」
飯塚くんの、独白。それに対してテレッサさんが。
「ヒントとは、どのようなことを告げたのですか?」
「ガトリング砲は、弾薬の補給を必要とする、とね。
その言葉から攻略法を考えるなら、二つの選択肢が生まれる。
ひとつは、補給線を破壊する。補給が途絶えれば、ガトリング砲はただの鉄の塊になるからね。
もうひとつは。弾薬の消費量が、供給量を上回れば良い」
「消費量が、供給量を上回る。それは、具体的にどういう事でしょう?」
「オールドハティスの陣地に、弾薬は幾つ備蓄されている?
仮に50万発あったと仮定しよう。この弾薬で、何人のローズヴェルト兵を殺せると思う?」
「それは、50万人、でしょうか?」
「外れだ。ガトリング砲の命中率は悪い。密集している軍団の中に撃ち込むのであれば、一発で一人殺すことも出来るだろう。それどころか、一発で二~三人殺せるかもしれないな。では、散開している兵士たちが相手だったら?」
「それは……」
「ガトリング砲は、〝弾幕〟を張ることを目的に使用される。つまり、敵にとっては『どこに逃げても弾丸が飛んで来る』というように、広範囲に弾丸をばら撒くんだ。
だけど、それだと百発や千発撃って、ようやく一人に命中する、という事になる。
狙いを絞っても、まぁ一人を殺すのに50発くらいは必要になるだろう。
ましてや、毎秒10発以上発射されるその発射速度を考えれば、一発中ればいいのに3発も4発も中ててしまう。無駄な攻撃だ。
それらを集計すると、敵兵一人殺す為に、50~100発くらいの弾丸が必要になるという事になる。
なら、50万発あったとしても、五千から一万人しか殺せない、という事になる」
「ですが、三万の軍隊で一万を殺されたら、その軍は全滅です」
「なら、殺されても惜しくない兵を前に立てればいい」
「え?」
「例えば、犯罪者。奴隷。或いは、税金の滞納者。
犯罪者に対しては、オールドハティスの陣地に到達出来れば、前科の全てを帳消しにすると約束し。奴隷に対しては、それで自由民になれると告げ。そして戦時増税で税金を納められなくなった者たちには、納税の代替手段として。
そうして希望者を募れば、一万人や二万人、簡単に集まるだろう」
何のことはない、人海戦術です。そして飯塚くんが言ったような形で兵を集めれば、この兵たちに訓練を施す必要もありませんし、殺されても全く惜しくはないでしょう。ただ、弾丸を消費させる為だけに、彼らは地獄の釜に向かって突撃するんです。
「……」
ドレイク王国では、人権がかなり厳密に守られているようです。だから、こんな人間を使い潰す、というよりも〝磨り潰す〟ような生命の使い方などは、考えたこともないのかもしれません。平民はそれでいいけれど、軍将や政治家がその考え方を出来なければ、「小を殺して大を活かす」という選択が出来ず、「小に拘り全てを失う」結果になってしまうかもしれません。
「では、飯塚くん。オールドハティスは陥落しました。その上で、ボクらはどうすれば良いでしょう?」
終わったことに拘泥していても仕方がありません。零したミルクを嘆くより、また新たなミルクを汲みにいくことを考えなければならないのですから。
「考えるべきは、オールドハティスの再奪還だ。
薔薇軍が、南西ベルナンド地方に向かうか南東ベルナンド地方に向かうかでひと悶着あるが、ブルックリンであれば現状共同統治となっている以上、市民に無体なことは出来ないはずだ。
そしてリュースデイルに向かうのなら。そこはカラン王国の中。いくらでも襲撃する余地はある。
だけどそれ以上に。オールドハティスを再奪還することが出来れば、ゲマインテイル渓谷のレオパルド・ヒルを抑えるのと同等の意味が生まれる。東西どちらに向かっても、侵略軍は孤立せざるを得ない。
その、地政学的な要衝にオールドハティスがあることは、薔薇軍もわかっているはず。だから、十全の守りの陣を布いて迎撃してくるだろう。
そして、連中が接収したであろうガトリング砲が、今どうなっているのか。残弾は、どれだけあるのか。それによっても、攻略方法が変わる」
それは結局、ボクらが改めてあの〝二〇三高地〟を攻略しなければならない、という事なのかもしれません。
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オールドハティス射撃陣地攻略。
ローズヴェルト軍は、ア=エト将軍らの想像の通り、犯罪者らに対して特赦を条件として、ここに突撃させた。
だが当初は密集陣形で突撃したことにより、犯罪者師団一万五千はいとも容易く壊滅した。
次いで平民兵が散開して個別に突撃をすることで、八千人ほどの犠牲者が出たものの、この陣地を占領することが出来た。
総計四万二千の兵を一つの戦場に投入し、「戦死」二万三千、「重傷・行方不明者」四千。
総兵力の六割以上を損耗することになったのは、ローズヴェルトのみならず、この世界の戦史上最悪の結果(毒戦争に於ける〔酷寒地獄〕や、モビレア迎撃戦に於ける〔鉢特摩〕などの、戦略級魔法の犠牲は例外)でもあった。また、残存兵は騎士・貴族階級が多く、軍の手足となる雑兵の多くを失ったことの意味を、彼らはまだ理解していなかった。
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(2,723文字:2019/05/15初稿 2020/01/31投稿予約 2020/03/27 03:00掲載予定)
【注:「零したミルクを嘆いても仕方ない」(It is no use crying over spilt milk.)は、「覆水盆に返らず」に近い意味を持つ英語の格言です。看護の現場では、常に頭に置いておくべき言葉と謂われています。ちなみに、「It is no use~」は「嘆くくらいなら次のミルクを汲みなさい」という意味ですが、「覆水盆に返らず」は「嘆いたって今更手遅れだから諦めろ」という意味。実はこの二つ、事象は同じでも意味は真逆なんです。ミルクが失われた時、次を考えるか、失ったミルクは二度と戻らないと絶望するか。だからこそ失われないように事前に手を打て、というのも「覆水盆に返らず」の意味でもありますが。言い換えれば、「覆水盆に返らず」は事が起きる前のリスクヘッジの重要さを説き、〝It is no use crying over spilt milk.〟は事が起きてしまってからのリカバリーの重要さを説いている、という事です】
・ 銃座を、一秒間の内に旋回させられる範囲は、おおよそ5度といったところでしょう。そして、一秒間に16発の弾丸が発射されると考えると、弾幕を張ると0.3125度の間隔で弾丸が飛翔するのです。300mの射程なら、おおよそ1.636m間隔、100m射程なら0.545m間隔です。100mの距離まで近付けば、弾丸は二発身体に飛び込みます。




