第39話 つかの間の休日
第07節 変わりゆく戦争〔1/9〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
アザリア教国軍から離反して、〝セレーネ軍〟となった、三万七千の市民兵。
これでこの戦争が、アザリア教国の内戦だっていう体裁が整ったの。
彼らを主軸にして、スイザリア軍と騎士王国軍はその援軍として〝神に叛く者〟現教皇ジョージ四世を討つ。ようやくこの戦争の、正しい姿になったんだよ?
けれど、彼らを〝軍〟として再編する必要があるの。旧軍の指揮官は「集団の代表者」程度の意味しかなく、高度な戦術指揮は採れないから、スイザリア軍から人材を派遣して、指揮系統をまとめる必要があるってこと。そしてC³Iシステムも、ある程度の教練を受けた軍隊では機能しても、徴兵され碌に訓練をされていない市民兵だと混乱しか起きないから、セレーネ軍は旧来の「前進・停止・後退・交戦」といった基本的な指示だけを徹底させることにした。
そうなると、最低限軍隊として機能するように部隊を再編し、一定の戦術機動を教え込むのは、さすがに一日や二日じゃ終わらない。勿論リアーノをはじめとした、スイザリア南部の町村は未だ教国軍の支配下にあるから、早期に開放しなきゃだけど、「急いては事を仕損じる」。焦っても良いことはないから、しっかりと腰を落ち着けることにした。
でもそうなると、実は美奈たちにはすることはないの。ベルダたちの手伝いをして看護・治療に走り回ったり、炊き出しを手伝ったりすることは出来るけど、それは美奈たちでなければならないってことでもないし。
だから代わりに、郵便事業をすることにしたの。アルバニー領軍の兵たちは、自宅で寝起き出来るから良いけれど、王都スイザルからの派遣兵や、モビレア、騎士王国からの兵たちは、故郷を離れて日数が経過しているから。
文字が書けない人は、出来る人に代書してもらって。それを各町のギルドに協力してもらい、文字の読めない家族にはギルドの人に代読してもらう形で、それぞれの無事を伝えたの。敢え無く殉職された兵の家族には、その部隊の隊長が手紙を書き遺品を添えて届けることになったの。
そのついでに美奈たちも、さすがに二重王国の両端で、合計四つの戦争を転戦したから、その疲労を癒す為に、銀渓苑へ。ドレイク王国の予約が入っていないことを確認して、銀渓庵を使わせてもらったの。
◇◆◇ ◆◇◆
離れである銀渓庵を使わせてもらったのは、勿論たまには贅沢をしたいからってのもあったけど、同時に従魔の持ち込みの都合もあったの。ウィルマーの温泉は硫黄泉だから、仔魔豹たちはあまり好まないだろうけれど、室内でならのびのび出来るし。内湯に普通のお湯のお風呂もあるし。
ネコはお風呂が嫌い。と、よく言われるけれど。それは必ずしも正しくはないんだって、武田くんが言っていたの。ただ、「大量のお湯」が怖いのは、間違いないみたい。
だから、抱っこして。体に密着させたまま、一緒にお風呂に入ると良いんだって。最初の内は怖いから、肌に爪を立てるかもしれないけれど、それでも抱っこし続けたら、ネコの方も安心してちゃんと力を抜いてくれるんだって。そこで手を離したら、やっぱり怖がることもあるけれど、すぐにまた抱っこ出来るように備えていれば、ネコはお風呂の中でもリラックス出来るようになるんだって。
ちなみに、仔魔豹たちは(ギンくんを除いて)全員武田くんの従魔として登録したんだよ? 基本は〔倉庫〕内で飼う訳だから、〔支配〕権を委譲してもらう必要もないし。仔魔豹たちもわかっているから、主人である武田くんがいなくっても美奈たちに怯えたりすることもないし。ただ、あまりモフり過ぎると当然嫌がるけれど。
仔魔豹たち。ギンくん以外の三匹にも、名前を付けたんだよ。
冒険心豊富な、長女・トモエ。
あっちこっち移り気な、次女・ダリア。
空気読める、末弟・レイ。
三匹とも大人しく、女子一同と一緒に内湯に入っているの。もっとも、仔魔豹たちの身体はもうずいぶん大きくなって、後脚を膝の上に置いて抱っこしたら、前脚は胸元に置かれるくらいだから。家猫なら成獣サイズ。だから「抱っこしている」のか「抱き合っている」のか、ちょっと微妙だけど。
ちなみに、ボレアスくんは男子と一緒に露天。彼は硫黄泉でも気にしないようで、打たせ湯を楽しんでいたって後で聞いたの。
◇◆◇ ◆◇◆
お風呂から上がったら、夕食。
美奈は、ネオハティスの魚市場でマグロを丸のままでこれまで八尾ほど購入してるけど、うち四尾は『チャークラ夏祭り』で消費したけど、それ以外の三尾(最初の一尾は業者に解体してもらった)は、美奈の解体練習用兼自家消費を目的にしていたの。
けど、体重20kgのマグロから、赤身やトロ、頭や尾の身も含めると、おおよそ40~50人くらいに提供出来る量が取れる(ちなみに『チャークラ夏祭り』で提供したマグロは100kgクラスの大物だった)。つまり、総重量にして120kg近くを自家消費用に残っている訳だから、それを美奈たち七人だけで消費する事なんか、絶対に不可能。
だから、モビレアの宿『青い鈴』やウィルマーの『銀渓苑』などに、食材として提供していたんだよ? さすがに、こっちの人に刺身などの生食は馴染みがないから煮たり焼いたりが主だったけど。その結果、内陸国のスイザリアでは、マグロのことを〝Mina-Fish〟と呼ぶようになっているとのこと。〝ア=エト〟の傍でしか賞味出来ない、結構な人気商品らしいけど。
そんな事情から、今日の夕食もレギュラーメニューの他にマグロの尾の身のステーキが付き、更に美奈が〔倉庫〕で調理した刺身の四種盛り(赤身・中トロ・大トロ・中落)を添えて。山葵がないのが心の底から残念だけど。
当然、トモエたちにもトロのおすそ分け。初めて食べた味のはずだけど、かなり気に入ったみたい。でも、感覚的には大トロより赤身の方が気に入ったのかな?
◇◆◇ ◆◇◆
そんなのんびりした一日を過ごしていたら、仲居さんが、テレッサさんが訪ねてきたことを告げてきたの。
テレッサさんは、美奈たちの連絡の中継役のようなことをしてくれていたから、銀渓庵を訪れることは別段不思議じゃないけれど。でも明日にはウィルマーの冒険者ギルドに行く予定だったから、何か急な用件でも起こったの?
「はい。冒険者ギルド経由で、カラン王国からの急使でした。
ローズヴェルト軍が、オールドハティスの砦を突破した、と」
どうやら、のんびり休暇を楽しむことは出来ないみたい。
(2,607文字:2019/05/14初稿 2020/01/31投稿予約 2020/03/25 03:00掲載予定)
【注:マグロの可食部分の人前換算は、株式会社上野屋様のHP(https://www.sakura-maguro.com/maguro-block/)を参考にさせていただきました。また、平成27年2月17日放送の「マツコの知らない世界」(TBS系列)では、約100kgのマグロで3,050貫の寿司が握れたという報告もありました。尚ここでいう「40~50人くらいに提供出来る量」とは、マグロだけを食した場合のことであり、「マグロをメインとするディナー」が40~50人分という訳ではありません】
・ 一日分の命令を先に受け、状況に応じて数時間後にそれに修正が加えられる。そんな環境が普通だと思っている軍隊に対し、リアルタイムに命令が上書きされ即座にそれに呼応しなければならないC³Iシステムは、ただパニックのインフルエンサーにしかなりません。
・ 時間差を考えると、ゲマインテイル渓谷方面軍とオールドハティス方面軍は、同時にローズヴェルト王より発令されています。つまり伝令の速度や軍編成の速度の差で、結果〝兵力の逐次投入〟になってしまったんです。
・ 中トロは旨い。大トロは高い。けど、一流店(と呼ばれる寿司屋)で赤身が旨ければ、その店のマグロに外れはない。あとは好みの問題です。




