閑話02 出藍之誉
閑話1 魔王陛下と公女様〔2/2〕
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「へ、陛下!」
メイド学校の、春休みの宿題の成果発表。
その際の、スイザリア王国モビレア公女アドリーヌの答えに対し、アドルフ陛下が言った。「その研究を突き詰めれば、スイザリア王国はドレイク王国より科学が優越することになる」、と。だとすると、その知識は国家戦略を左右する。外国人に、学ばせて良い事ではないはずだ。
「何を慌てている?」
「そういうことでしたら、アドリーヌさん、スイザリアの公女殿下に、この授業を受けさせるべきではないかと」
「何故?」
「それは国家戦略上の――」
「この国の理科教師は、一体いつから国家戦略を語るようになった?
否、社会科教師なら、過去の国家戦略を分析することもあるだろう。だが、今現在の国家戦略を云々する資格が、高が教師にあると思っているのか?」
「で、ですが……」
「国政に意見したくば、官僚試験に合格した後にするなり、目安箱に国民意見として投書するなりしたまえ。
キミの仕事は、生徒を導くことだ。そしてそれには、オールドハティス出身かボルド出身か、メーダラ地方出身かスイザリア王国出身かで差別することを含んでいない。
キミの生徒である以上、全てに分け隔てなく、生徒が望む知識を与えることが、キミの仕事のはずだ」
「ですが、スイザリアは、現在は共通の敵であるアザリア教国と戦う為に同盟を結んでおりますが、本質的には敵国のはずです。その敵国の姫に、無制限に知識を与えることは――」
「キミはいつから政治家になった? いつから外交官僚になった? いつから国際関係に意見する立場になった? それこそ、分を弁えたまえ」
「けれど、私が生徒に講義したことで、我が国にとって国防上の脅威が生まれるとなれば、看過し得ません」
「その心配は無意味だ。彼女が兄と慕い師と仰ぐ者たちは、其方より深甚な知識を持つ。其方が彼女に教えることを拒んでも、彼らが彼女に教えるだろう。だから、
彼女の好奇心がそちらの方向を向いた以上、いつかは答えに辿り着く。
その結果、我が国の脅威となるかもしれない? なら、我が国はスイザリアと友好を堅持する必要があるだろうな。
リーフが、有翼獅子の飼育術で我が国より優越したという事実のように、けれどリーフとの友好が未だ保たれているように」
アドルフ王は、ドレイク王国から知識が齎された結果、他国が自国より優越することを、全く危惧していない。けれど、その理由はただの教師に過ぎないこの者には、想像もつかないことだった。
教師は知らない。知識が、他国に流出し。他国に於いてその知識が研鑽発展した結果。競争の原理が発生し、ドレイク王国内の知識層が一層奮起し更に進んだ理論が生まれることをアドルフ王が期待している、などとは。競い合うことをこそ望んでいる、とは。
その為には、「知識・技術の優越」さえ、放棄しても構わないと考えている、とは。
それどころか、現在の他国には、〝知識を研鑽発展〟させる土壌さえない。だからこそ、他国からの留学生を受け入れることを、陛下はむしろ推奨しているのであった。
◆◇◆ ◇◆◇
「それで、アドリーヌ公女。
キミは、二つの答えを得たと言っていた。けれど、今はまだ一つしか答えていない。
もう一つの答えとは?」
「はい。もう一つの答えは、最高位魔導師の領域、です。
最高位魔導師のみが辿り着ける魔法は、科学では再現出来ないと思います」
「……成程。だが、その答えは漠然とし過ぎている。
もう少し、具体的な例示を要求しよう」
「かしこまりました。では今ここで、ひとつの魔法を披露することをお許しください」
「許そう」
「有り難うございます。では、『おいで、ギン!』」
アドリーヌ公女がそう唱えると。
アドリーヌ公女の机に上に、小さな魔法陣が描かれた。そして、その直後。
体長は80cmになろうかという、家猫であれば充分成獣サイズの、でも実はまだ幼獣に過ぎない、魔豹がそこに顕れた。
「……その、仔は?」
アドリーヌ公女は、その仔魔豹を抱えながら、アドルフ陛下の問いに答えた。
「はい、私の兄様、ユウ兄さまが〔使役〕し、〔契約魔法〕で縛った後にその契約を私に委譲してくれました。私の相棒の、ギンです。
〔召喚〕も、〔使役〕も、ともに科学では再現出来ないと思われる魔法です。仮に出来たとしても、その権限を第三者に委譲する事が出来るとは思えません。
けれど、それをどのように成し得たのか。私には、想像もつきません。だから、〝わからない〟が答えになります。
ユウ兄さまは、魔力波動を掌握し、同調し、そして誘導することでこれを成し得たと言いましたが、それがどういうことなのかさえ、私には全く理解出来ていませんから」
〔魔物支配〕。それは、此度の戦争の鍵になるという、ひとつの魔法。それを、アドリーヌ公女の〝兄様〟が、完成させた?
「くっ、わははははは……」
「へ、陛下?」
「いや、済まない。
実は、ショゴス大公に言われていたんだ。雄二。アドリーヌ公女にとっての〝ユウ兄さま〟は、遠からず『全ての魔導を極めし者』と謂われることになるだろう、って。
だけど、それほどとは。
だが、それなら納得出来る。
雄二を基準に考えれば、アドリーヌ公女にとってはこの宿題の答えは〝わからない〟、としか答えようがないだろう。
この宿題に〝わかった〟と答える為には、雄二と同等の科学知識と、雄二と同等の魔法知識が必要になるだろうからね」
「陛下。陛下はユウ兄さまのことを、随分気安くお話しくださいますが――」
「あぁ。雄二は、実質的に俺の最初の弟子、と言う事が出来るな。
とはいえ、俺は雄二に魔法の手ほどきをしたことはない。森羅万象に於ける、〝考え方〟の基礎を教えたんだ。その結果、雄二の魔法知識は俺を遥かに凌ぐところに辿り着いたという訳だ。
弟子が師匠を超えるのは、師匠の誉だ。
そして、それは外国人留学生を受け入れる意味でもある。
受け入れた留学生が、我が国で学んだことを足掛かりに、我が国より秀でた知識や技術を身に着けるのなら。それは、そのこと自体我が国の誉となろう。
それを誇り、同時に我が国を凌駕した諸外国に負けないように知識や技術を研鑽する。それこそが、我が国の発展の真の基礎となるだろう。
その時こそが、我が国の科学技術・知識文化の真の発展のはじまりとなるのだ」
今ではなく、未来を見据えた陛下の思想。それを継ぐのは、もしかしたらこの国の民ではないのかもしれない。
(2,594文字:2019/05/13初稿 2020/01/31投稿予約 2020/03/19 03:00掲載 2021/02/18誤字修正 2021/09/23後書の蘊蓄「勧学」を「勘学」と間違えていたので修正)
【注:表題の「出藍之誉」の原典は、中国戦国時代・趙出身の荀子の著した儒学書『勧学』に拠ります。弟子が師匠より優れた才能を発揮するに至った事を讃える言葉ですが、師を超えた弟子を褒める言葉ではなく、師を超える弟子を育てた師匠に向けてこの言葉が使われます。「青は藍より出て藍より青し」と。つまり(よく勘違いされますが)それは「師匠の誉」であり、弟子の誉ではないのです】
・ 「この国の理科教師は、一体いつから国家戦略を語るようになった?」。当然、国家戦略を左右する知識(「高炉製鉄」や「火薬の製法」など)は、通常の授業では触れません。だから、この理科教師の懸念は杞憂という他はないのです。けれど、生徒が独自に思索を巡らし、結果その知識の鳥羽口に辿り着いたなら。〝雷電の錬金術師〟などがその手ずからそれを教えることを拒みません。
また言うまでもありませんが、「スパイが盗み出す知識・図面」と「留学生が学ぶ知識・技術」は、まるで意味が違います。
・ アドルフ陛下と、アドリーヌ公女と、武田雄二くんの三人が一堂に会したのは、アドリーヌ公女がネオハティスに来た最初の日の夕食会の時(第六章第27話)だけでした。そしてその時、アドルフ陛下と雄二くんは、プライベートな立場では言葉を交わしていなかったので、アドリーヌ公女は二人の関係を想像する事さえしませんでした。
・ アドルフ陛下にとっての、本当の意味での「最初の弟子」は、〝賢者姫〟、ミリアーヌ・ハーディ・ビジア伯爵夫人です。武田雄二くんは、彼の〝前世に於ける〟最後の弟子、でしょう。但し、生まれ転わりなんぞという面倒な事実の説明を考えるくらいなら、「生まれる前から弟子だった」=「ミリア以前から弟子だった」という、些か矛盾した解釈で説明することになるのです。
・ アドリーヌ公女は、将来『原子の錬金術師』と呼ばれることになるかもしれません。或いは、この世界初の『科学者』、かも。有翼騎士課程を修了していれば、『有翼の錬金術師』がその二つ名になるかもしれません。そして武田雄二くんは、『大魔導師』と呼ばれることになる、かも?(『○○の魔導師』と呼ばれる者はいるけれど、そう言った〝○○の〟という枕詞なくその称号で呼ばれる者は、その時代に一人いるかいないか)




