閑話01 魔法なら出来る事
閑話1 魔王陛下と公女様〔1/2〕
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それは、ドレイク王国ネオハティス市にあるメイド学校(高等学校)の、春夏期(後期)の授業が始まってすぐのことだった。
第一学年の理科の授業には、宿題が出ていた。その宿題の提出は、各生徒が口頭で述べ、その内容について教師がコメントを付ける、という形で展開することになっていた。
その授業を、国王アドルフが参観したいと言い出したから、堪らない。
学校は、前日丸一日、授業を中止して全生徒と全教員が学校内の清掃を行うことになった。
これは、晩秋に陛下が抜き打ちで視察に来た時、教室には肌着が脱ぎ捨てられているわある部活は下着姿で陛下の前にその身を晒すわで、とんでもないことになったというのが理由だった。その、陛下に下着姿でその身を晒した生徒が在籍するクラブは、「この学校は娼婦を育成しているのか」という陛下の言葉から、廃部の憂き目に遭ってしまっている。だからこそ、授業を中断してでも(これ以上)みっともないところを見せられない、というのが全教師・全生徒の共通した気持ちでもあった。
そして、その日。
陛下は、教室内に豪華な椅子を用意されたにもかかわらず、「ただの視察だ。接遇される理由はない」と断り、授業時間中立ったまま生徒たちの答えを聞いていた。
生徒たちの答えを聞き、一部の生徒たちの答えに対し、一言述べることもあった。その言葉を聞いた生徒はその栄誉に打ち震え、中には失神してしまった生徒も出たほどだった。それ以外にも、そのクラスの全ての生徒の答えを聞いた後には、陛下は一言総評を述べ、それは教師にとっても〝目から鱗〟が落ちるほどの、含蓄ある言葉だった。
しかし、第五時限目。一年四組の授業を視察した時。
それは、全く違った雰囲気になったのであった。
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その授業。その宿題の内容は、「科学で実現出来ないけど、魔法でなら出来ることを探してきなさい」というものだった。
教師は一人ずつ、生徒たちに解答を述べさせた。当然頓珍漢なことを答えた生徒もいたし、結構頑張って答えた生徒もいた。
そして、順番が回ってきた。スイザリア王国モビレア公女アドリーヌ姫の番が。
「アドリーヌさん。答えなさい」
「はい。私の答えは、〝わからない〟、です」
教師の問いかけに対する、アドリーヌ公女の解答。けれど、それは答えになっていないのでは?
「〝わからない〟、とは、どういう意味ですか? 他の生徒たちは、わからなくてもわからないなりに一所懸命考えて、それぞれの答えを出しています。
そして、この宿題に関しては、他人に聞いても構わないと言ってありました。にもかかわらず、貴女はそう答えるのですか?」
「はい。私も、兄と慕う知人にこの宿題のことを話しました。そして、兄様から多くのことを学びました。その結論として、私の解答は〝わからない〟、としか答えられないんです」
「あ、貴女は!」
と、教師が興奮して公女を叱ろうとした時に。
「ちょっと待ってくれ。我から一つ、質問をさせてもらう」
陛下が、口を挟みました。
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「キミの兄貴分に話を聞いて、その結論が〝わからない〟という。
その事を、もう少し詳しく聞かせてもらえないだろうか?」
「はい。兄様たちは、具体的な答えを教えてくれました。
それは、大きく分類して二つある、と」
「そうか、ではその二つを教えてくれ」
教師が聞いた時は〝わからない〟と告げたのに、アドルフ陛下が問うと〝答えは二つ〟という。それは、一体どういうことだろう?
「一つ目の答えは、『科学で出来ることを、科学に依らず行うこと』。つまり、この『科学で実現出来ないけど、魔法でなら出来ること』という宿題の問題文自体が、一つ目の答えだという事です」
「――っ、はっははは。確かにそうだ。詭弁に聞こえるが、それこそ真実だ。科学で出来ることを、科学に依らずに行う。それは、確かに魔法の優位性だ」
「ですが、私には、魔法の深淵も科学の頂点も、まだ見えていません。
科学を使ったのならどれほどの高みに達する事が出来るのか、それを魔法で模倣出来るのか。
魔法を使えばどこまでの事が出来るのか。それを科学で再現することは可能なのか。
私には、その答えがありません。それに答えるには、科学のことも、魔法のことも、まだ何も知らないのですから。ですので、答えは〝わからない〟、になります」
「……そういう理由なら、その答えは正しい。我が考えている〝科学の限界〟も、〝魔法の限界〟も、それが真理であるとは限らないからな」
「陛下にすらその限界を見る事が出来ないとおっしゃるのであれば、私は更にその手前におります。それはつまり、私にはまだまだ学ぶことがある、という事だと理解しました」
「うん、それが正解だ。この宿題の意味は、『キミたちは、実はこの世界のことを何も知らない』ということを理解させる為のモノだからね」
「兄様も、そうおっしゃっておりました。
ですが、陛下。立場を弁えず、ひとつ質問をしても宜しいでしょうか?」
「構わないよ。何を聞きたい?」
「私はこの学校で、『〝燃焼〟という現象は、火の精霊が踊っているのではなく、物質の中にある燃素という物質が放出されることで発現する現象だ』、と学びました。
けれど、魔法は科学の模倣だと仮定すると、〝火の魔法〟は、『燃素を集めて行う』ということになります。
だとすると、矛盾があります。
科学では、物質から燃素が遊離すると燃焼する。
魔法では、大気から燃素を集めて火魔法を発動させる。
〝燃焼〟という現象は、燃素が『遊離』するときに発現するのでしょうか? それとも、『集束』するときに発現するのでしょうか?」
「……良い、質問だ。とても良い。
正直に言って、その質問が出てくるまで、あと百年はかかると思っていた。
百年かけて、この国の教育が行き届き、その果てに生まれる疑問だと思っていた。
けど、半年前まで魔法全盛のスイザリアで多くを学んでいたはずのアドリーヌ姫の口から、その質問が出てくることは、はっきり言って想像もしていなかった。
その発想を、大事にしなさい。
キミの質問の、答えを我は持っている。けど、答えない。
キミは、それを生涯かけて追い求めなさい。
その答えに行き着いた時。
スイザリア王国は、サウスベルナンド伯爵領は、このドレイク王国を凌ぐ、科学立国となるだろう」
(2,553文字:2019/05/13初稿 2020/01/31投稿予約 2020/03/17 03:00掲載予定)
・ 〝賢者〟にとっては、未知なる事象について、学べば学ぶほど、知らないことが増えていくものなのだそうです。




