第37話 戦場の天使
第06節 聖女から天使へ〔5/6〕
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アルバニー戦役の終幕は、あっけないモノだった。
前進するモビレア領軍衛生兵科の婦人兵を前に、アザリア教国軍前衛は道を譲るように左右に分かれた。そして衛生兵たちは、その場で天幕を張り、教国軍中衛の負傷兵たちを集め、識別救急を始めた。
黒タグ、つまり既に救命手段がないほどの重症者や、一夜放置されたことで手遅れになってしまった重傷者に対しては、声をかけ又は水を飲ませ、或いは歌を聴かせて黄泉路へと送った。激痛で苦しむ者に、唄いながらそっとその心臓に刃を沈め。
モビレア領軍をはじめとするスイザリア軍は、彼女らを守るように布陣した。但し、既に彼らは、教国軍前衛を、敵とは見ていなかった。
そして彼女らの後方に、『機動要塞』が転移。看護の為の薬草や水、布などを補給した。
戦場のど真ん中で、敵負傷兵を救う為に走り回る、婦人兵。
それは正しく、聖典の天使(善神の使徒)の姿を教国市民兵たちに連想させたのであった。
それを目の当たりにした、教国前衛の兵たちは。けれど、剣を捨てなかった。
その剣を構え、前進を始めた。但し、後衛本陣に向けて。
「教皇、否、ジョージ四世こそが、背教者だ!」
「善神様の使徒は、セレーネ姫、否、セレーネ女教皇猊下の下に降り立った!」
「奪い、見捨てる者と、与え、救う者。どちらが正しいかなど、論じるまでもない!」
数の上では、教国市民兵の前衛は三万、後衛は四万。後衛の方が数は多い。けれど。
「聖戦」つまり市民総動員、という状況で、〝高位神官の息子〟(他の国では貴族の子弟に相当)なども、戦場に駆り出されている。そういった者たちが、後衛に配されていた。実際に戦うこと無く、けれど劣勢になったら無傷で撤退出来るように。
一方で字義通り最前線で戦い続けた前衛の市民兵にとっては、元よりその待遇差を妬ましく思っていたという部分もあったのだ。
また、掲げられたアザリア神旗並びにセレーネ姫の旗幟。つまりこれは、神敵との戦いではなく、単なる国内の内戦。敵味方を入れ替えたとしても、つまり(現)教皇に叛して(新)教皇の旗下に走っても、神に背くモノではない。
そういう想いが、市民兵たちの背を押したという訳だった。
アルバニー戦役二日目。実際には、一度の交戦もなく、後衛四万が撤退した。
そして前衛三万、並びに中衛三万の内軽度の治療で戦場復帰可能な八千が投降、というよりも、セレーネ姫の旗下に集結した。これにより、正式に「セレーネ軍三万七千」が組織された、ということだった。
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
セレーネ軍三万七千。これから南侵をするに際し、その数は小さくない。
が、彼らは戦闘訓練を受けたことのない素人兵であり、また現地調達を前提としてたことから補給物資などは最小限にしか持ち合わせていない。そもそも教国の一般市民(悪事を働かない善良な市民)は、現教国のシステム上、総じて困窮している。事実上、彼らは〝戦力〟というより要救護の〝難民〟、と考えるべきなんだ。つまり、控えめに言って「烏合の衆」だ。
けれど、彼らを伴って教国入りするということは、二重王国による〝侵略〟ではないという、確かな証明にもなる。
結局、美奈やベルダと相談して、まず彼らの健康状態を診断した上で、彼らに対する行軍食(の形を採った、病人食)を配給することとなった。
その上で、部隊を再編する。体裁上、彼らが「セレーネ軍」の中核で、スイザリア軍は外様でなければならないのだから。
彼らの指揮官級も、専門教育を受けた軍指導者という訳ではない。よく言って「野盗の頭領」レベル。けど、改めて彼らを教育する時間はないし、スイザリアとしては彼らに専門教育を施したいとは思わないだろう。そうなると、現状のまま彼らを有効活用する戦術を考案しなければならなくなる。
「リュースデイル解放戦時の、喰屍鬼と考えればいい訳ですね」
と、武田。
本人たちを前にしたら失礼極まりない、けれど至極理解し易い表現で、此度の戦争に於ける「セレーネ軍」の立ち位置を表現してみせた。
確かに、三万七千という数は、「数」として見れば侮れない。そして、俺たちは既に「数」を無力化する戦術を実用化しているとはいえ、相手はそうではない。なら、「数」を求められる戦況に於いては、「セレーネ軍」を有効に機能させることが出来るという訳だ。
そして同時に。彼らに対する指揮、彼らに対する指導の内容が、そのまますなわちセレーネ姫の今後の統治に際する指針になる。従来の軍隊の通り上意下達を押し通せば、今後もやはり「上位者の命令には絶対服従」で終わるだろう。けれど、その命令の内容が「弱者を救済せよ」であったなら? 「上位者は弱者を救済する為にその力を振るう者」と定義される。
以前、武田がドリーに話した、現代日本の問題点。だけど、宗教国家であるアザリアの方針としては、それは間違いではないだろうから。
とはいえ、ひとつ想定外の朗報があった。それは、この「セレーネ軍」の兵士の中に、ベルダを知る者がいた事だった。まぁつまり、ベルダが聖都で娼婦をしていた時期にベルダを抱いた男、という事だけど。言い換えるとモビレア衛生兵科長=〝下町の聖女〟だということが、セレーネ軍内で周知されたということでもある。
結果、旗頭であるセレーネ姫よりベルダの方にこそ人気が集まり、また〝下町の聖女〟が〝戦場の天使〟と呼ばれるまで、それほど時間を要しなかった。
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「以前、話しましたよね。近代以前の戦争では、実は戦死者の数っていうのは、意外に少ないって」
ふと、武田が口を開いた。
「マキア戦争の時だな。確かにそんなことを言っていたな」
「『正確な統計資料がないから感覚的なことですけど、戦死者の多くは戦闘終了後、予後不良で亡くなる』って。
では、地球史に於いて、その事実を経験則で発見し、実地で記録検証し、数学的に政治家を説得した統計学者の名前をご存知ですか?」
さすがに、統計学者、数学者の名前なんかはノーベル賞受賞者の名前でさえ記憶していない。
他の皆もそうだったようで、チンプンカンプンだといったような表情をしていた。
「有名人なのか?」
と、柏木。それに対して。
「はい。知らない人は、まずいません。
その人物の名前は、〝フローレンス・ナイチンゲール〟っていうんです」
! ナイチンゲール。って、あの?
「そう。〝白衣の天使〟と呼ばれる、彼女です。
だけど実際は、〝戦場の天使〟という呼び名の方が相応しい、苛烈な人物だったようです。
彼女の二つ名には、他に小陸軍省というのもあり、患者の看護の為に女王さえ動かして軍令にも介入したとも言われています」
……ベルダは、ナイチンゲールには勝てそうもないけれど。けれど看護の現場から、軍を動かしたその功績は、多分後世にまで語られるだろうなぁ。
(2,750文字:2019/03/20初稿 2020/01/31投稿予約 2020/03/13 03:00掲載予定)
・ フローレンス・ナイチンゲール(1820-1910)の名前は、最近某ネットゲームの影響で再評価され始めています。そのゲームに於いてナイチンゲールのキャラクターが借用されていますが、その職分は〝狂戦士〟。ゲームのウェブサイトの人物紹介では、「殺してでも治療する」というコメントと共に描かれ、〝白衣の天使〟としての彼女をしか知らない人には、改変の度が過ぎると思われているようです(ネットの掲示板にそのゲームを指して「狂ったナイチンゲールが出てくる」と評した書き込みもあった)。
けど実際は、「ゲームの描写の方がまだマシ」だったとか。何でもクリミア戦争の野戦病院内では、傷病兵たちの間で「死ぬことが禁止されている」「フローレンスの前では、死んでも生きていろ」(フローレンスの前で死んでいたら、フローレンスに死ぬほど叱られる)と語り合われていたというエピソードも。
当時の「看護婦」は「娼婦」と同レベルと認識されていました。その為、看護婦を見下していた司令官が、医薬品を要求したフローレンスに対して「医薬品はここにあるが、鍵を紛失してしまった」と言ったところ、フローレンスは手斧を持ち出し、箱を粉砕し、「開きました。中身はもらっていきます」と応えたというエピソードも。なおこのエピソード、脚色されているという説もあります。実際は、手斧を使ったのではなく、素手で破壊したのだ、とも。
あまりにもエピソードがアレなので、フローレンスの他の二つ名を紹介します。「ランプの貴婦人」。深夜にあってもなお、患者のコールに応じて往診した彼女を、負傷兵たちはそう呼んでいたとか(フローレンスは一体いつ、寝ていたんだろう? っていう疑問と共に)。ちなみにナースコールや、前々話(第35話)で紹介したトリアージ・システムも、彼女が完成させました。
フローレンスのことは「看護学者」としてより「統計学者」そして「プレゼンター」として評価すべき、という意見もあります。どんな真理も、莫迦でもわかるように整理して子供でもわかるように噛み砕いて説明しなければ、伝わりません。「難しいことをわかり易く説明する」ことは、それだけ難しい事なのですから。
クリミア戦争に於ける戦地死亡率6%弱、病院内での予後不良(院内感染を含む)による死亡率は42%だったそうです。ちなみに、近代戦では「損耗率30%で全滅」と評されますから、「野戦病院に搬送されるという事は、戦死同然」と解釈されていたという事に。というか、院内感染死亡者が戦死者の多くを占めると知った時のフローレンスの絶望は、計り知れないものがあったでしょう。なお、フローレンスの赴任後、この「予後不良による死亡率42%」は「5%」程度にまで低下しました。
フローレンスの語録には「犠牲なき献身こそ真の奉仕」というのもあります。ボランティアの自己犠牲に頼る福祉の限界を示している言葉ですね。但しフローレンス本人は、クリミア戦争に於ける八面六臂の活躍(1855-56)の所為で、1857に事実上の過労で倒れ(諸説あり)、以降永眠するまで寝たきりとなったと謂われています。ちなみに、寝たきりになった後も世界中で講演をしたり医師・政治家等と会見をしたり、後の世界中の看護師必携とされる多くの著作物(150余篇の書籍並びに12,000余通の書簡)を執筆したりしたそうです。もういいから休めと、誰か言ってあげなかったのか。
・ 同じく、フローレンスの語録より:「天使とは、美しい花をまき散らす者でなく、苦悩する者のために戦う者である」。美しいイメージで「白衣の天使」を認識していた人たちは、猛省すべきでしょう。
・ アザリア市民兵隊長「我々は、セレーネ姫様の許に投降致します。我々指揮官の身はどうなっても構いません。けれど部下たちは――」
ベルダ「五月蠅い! くだらないことを言っている暇があったら、うちの衛生兵を手伝って。圧倒的に手が足りないの。患者が三万人もいるんだから!」




