第34話 天才少女の敗北
第06節 法の支配と力の世界〔5/6〕
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男は、その瞬間我が目を疑った。
弩という武器は、その構造的に初撃必殺が宿命付けられている。
外れたら二発目のチャンスが無い為、一発目で確実に仕留めなければならない。だから男の仲間たちは王国から派遣されてきた連中の不意を突き、一気に撃ち込んだ。
一本は、おそらく雑用に連れてきているのだろう、少女の脚に命中し、
二本は、馬に刺さり少年一人を振り落とした。
残り二本は外れたが、三発命中は及第点と言えるだろう。
命中した一人の少女は、脚を撃ち抜かれまた落馬した衝撃で呻いており、一人の少年が少女に向かって走り出す。絶好の標的だ。
だから遠慮なく、予備に控えていたもう一基のクロスボウを、男に背を見せて走る少年に向けて撃ち込んだ。
だが、次の瞬間。
倒れ伏して呻いているはずの少女と走っていたはずの少年が、場所を入れ替えていた。
飛翔する矢弾の狙う先には、透明の薄い板(楯?)を構えた少女がいて、
倒れ伏して呻いているはずの少女のいた場所には、クロスボウを構える少年がいた。
そして、少女の構えた小さな楯は、あっけないほど簡単にクォレルを弾き飛ばし、そして。
「10!」
少女が、元気よくそう叫んだのだ。
◆◇◆ ◇◆◇
エランも、その瞬間何が起こったのかわからなかった一人である。
ミナが撃たれた。それを見たショウが動転してミナの許に駆け寄ったのも、視界の端に捉えていた。
二人の微笑ましい様子に、しかし、戦士としては落第だ、と評価して、切り捨てた。
おそらく、ショウはここで死ぬ。他の連中は逃げられるかもしれないが、ミナは逃げられない。そのまま死ぬか、死ぬまでの時間女に生まれたことを後悔することになるか。否、死んだとしても、その屈辱から逃れられるとは限らない。昔エランと共に旅したある男は、死んで冷たくなった女を抱くことが何よりキモチイイ、という性癖の持ち主だった。そういう趣味の男が他にいないとも限らない。
しかし。
後ろから、クォレルが弾かれる乾いた音が響くと同時に、
「10!」
という、ミナの元気な声が響いた。
更に同時に。
既に走り出していたエランを、シズとヒロがあっさりと追い抜いて走り去っていった。
この少年少女は、一体何者だ?
国王陛下と宮廷魔術師長が、〝魔王〟を討つ為に異世界から呼んだという、五人の少年少女。その正体に疑問を持ったのは、エランにとってこの瞬間が最初だった。
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
「10!」
美菜のコールを聞きながら、あたしと柏木はエラン先生を追い抜いた。
そして、その勢いそのまま賊の中に斬り込んだ。
賊は、あたしたちの進路を半円を描くように塞いでいる。全部で13人。
うち、左側の五人は無視する。そのうちの一人が美奈を撃った男だという事も踏まえて、飯塚と武田の獲物だ。
だからあたしと柏木は、右側八人と左側五人を分断するように斬り込み、そして右側八人を相手に大刀と長柄戦槌を振るう。
エラン先生は、あたしは業に頼り過ぎている、と指摘した。また柏木は大雑把過ぎる、と。
だけど色々考えて、それらの欠点を矯正することは止めた。
代わりにあたしと柏木は、二人一組で行動し、互いの背中と、互いの隙を守る。
あたしの小技で敵を崩し、柏木の大技で止めを刺す。
柏木の大技で敵を翻弄し、あたしの業で急所を貫く。
それが、先生の指導を受けた上で、あたしたちの出した答えだった。
賊は、金属製の軽鎧に、よく手入れされている騎士剣。どうやら王国の制式武装らしい。中には楯持ちもいる。が、楯持ちに対し、大刀(薙刀)は有利だ。何故なら、楯で守るという意識が薄い、脛を攻撃する為の技が多彩に存在するからだ。
そして長柄戦槌もまた。
美奈が持つ、レニガードのように透明な楯ならともかく、通常の楯ではその楯自体が視界を奪う。が、長柄戦槌ははじめから、防禦の上から打撃を与え、その衝撃でダメージを与えることを想定しており、楯は巨大な標的に過ぎないのだ。
最初の一撃は、飯塚の放ったクォレルだった。文字通り美奈の仇を討つ(注:死んでない)勢いで、その矢弾は賊の喉元に吸い込まれていった。
直後、柏木の一撃。これは回避されたが、予定通り敵を分断出来た。
そしてあたしは右側の八人の中に飛び込み、大刀を振るう! 一対多は、あたしの最も得意とする戦況。ましてや背中を任せられる頼もしい相棒もいる。薙ぎ、打ち据え、突き、また防ぎ。我ながら獅子奮迅の動きをして、八人の賊と渡り合う。
左側の五人も、事実上ただの作業になり果てた。飯塚のアイディアで投石に〔赤熱〕をかけた、命名〔火弾〕。武田の投擲紐は命中率が高いとは言えなかったが、掠めただけでもダメージは極悪で、喰らった賊が悶絶した。
飯塚のクロスボウも、四回発射しただけで、敵を掃滅したのだった。
◇◆◇ ◆◇◆
終わってみれば、敵の死者5名(柏木1、飯塚3、エラン1)、負傷者8名。
負傷者のうち武田の〔火弾〕の直撃を受けた一人は重傷で、息絶えるまで時間の問題だった。
そして、残りの7名に対して、エラン先生が一定の尋問した後。
「ならもう、用はないな。
シズ。こいつらに引導を渡してやれ」
そう、言った。
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「え? 連行して、〝裁判〟するんじゃないんですか?」
「〝裁判〟? あぁ、罪を問うのか、という事か。問うまでもなく、こいつらの末路は『死』しかない。ならこの場で殺した方が、面倒が少ない」
「面倒って、でも何かの間違いの可能性もあるじゃないですか。なら改めてちゃんと調べないと……」
「何の為に? 町の外で人が一人いなくなる。そんなことはよくあることだ。その理由をわざわざ追求するか? もしかしたら、魔物の腹の中にいるかもしれないのに? 莫迦バカしい。
もし間違いで、こいつらが横領脱走兵と無関係だったとしても、こいつらが俺たちを襲撃したことには変わりはない。そしてその場合、本物の横領脱走兵はもう捕縛不可能だろう。なら結果は同じだ。取り敢えず、こいつらを殺して、この事件は終わりになる。わかったらサッサと殺れ」
納得は出来ない。けど、理解は出来た。それが、この世界の「当たり前」なのだと。
でも。
あたしには、無理だ。
あたしには、人を殺せない。
美奈は、ある意味あたしたちの中で一番強い。あの時「援助交際」に譬えて言ったが、美奈は飯塚の為なら人の10人や10億人、笑って殺せるだろう。
男子三人も程度の差こそあれ同じだ。自分の大切なものと引き換えなら、人殺しも辞さない。
でも、あたしには。
殺してでも、守りたいものを持っていない。
殺してでも、手に入れたい望みもない。
あの日。あたしらがこの世界に来ることになった日に、教室で武田が言ったとおりだ。
あたしには、『必死になる』モノがない。だから。
仮令、自分の命と引き換えでも、人の命を奪うことは出来ないだろう。
それは、あたしの。
譬えようもない、弱さだ。
(2,984文字:2017/12/18初稿 2018/04/30投稿予約 2018/06/06 03:00掲載予定)




