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拝啓、姉上様~異世界でも、元気です~  作者: 藤原 高彬
第八章:正義の御旗は、自分のその手で掲げましょう
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第34話 アルバニー戦役(前篇) ~赤十字旗~

第06節 聖女から天使へ〔2/6〕

◇◆◇ 宏 ◆◇◆


 第1,035日目。

 アルバニーに集結した、スイザリア王国正規軍三万とモビレア領軍一万五千、そしてアルバニー領軍一万の計五万五千は、進軍してきた教国軍十二万と対峙することとなった。

 スイザリア南部にはリアーノをはじめとして多くの町村・領区があったけど、迎撃戦に於いて全てを守ることは不可能。だからオレたちは迎撃ポイントとしてアルバニーを選んだ。アルバニーは、城塞(じょうさい)都市としての防御力はモビレアと大差はないが、副都モビレア、王都スイザル、そして聖都アザリアの三都市を繋ぐ街道が交わる交通の要衝(ようしょう)であり物資の集積拠点としての性格もあるこの町は、背後に(よう)していることで防衛戦には最適な拠点となり、また現地での収奪で大軍を支える教国軍にとっては是非にも占領したい都市でもあったからだ。


 アルバニーは小高い丘の上にある街で、その南方には盆地状に平原が広がっている。そして更に南方には、丘陵地帯(オレたちがセレーネ姫を守りながら犬鬼(コボルト)を迎撃した場所)がある。

 アルバニーの防衛を野戦で行うとなると。この丘陵地帯に布陣するのがベスト。だが、飯塚も武田も、はじめからこの丘陵を無視し、盆地の底に布陣させた。

 そもそも高台に布陣するのは、戦場を視認して適切な指示を出す為。だけどオレたちの軍隊は、有翼騎士(メイド)による上空偵察により、丘陵地帯より更に高空から戦場を睥睨(へいげい)する事が出来、更に〔報道(マスメディア)〕の魔法と髙月の〔泡〕を使ったC³Iシー・キューブド・アイシステムにより、遠方からの目視より正確な戦況の把握が出来るようになっている。

 『機動(ドレッド)要塞(ノート)』はアルバニー南門前に。盆地内に布陣したのは、けれどモビレア領軍一万五千のみ。では正規軍とアルバニーの両軍は何処に?

 彼らは、千から二千に分かれて、周囲に分散した。これは、戦力の集中の原則から考えるとあり得ない布陣ということになる。

 けど。C³Iシステムを完成させた今となっては、大部隊を一箇所に集中させる意味は、無いんだそうだ。合計四万の兵が、千から二千の計38隊。これが高度に連携を取りながら、機動波状攻撃したら。伝令が本陣に攻撃を告げた時には既にそちらの方角の部隊は攻撃を止め転進し、また別の方角から攻撃する、となり、それだけで有機的な防衛戦術は構築出来なくなる。結果、攻撃を受けた部隊単位の、文字通り場当たり的な対応しか出来ず、〝軍〟としての総括的な機動が封じられる。


 盆地中央に布陣したモビレア領軍は、教国軍十二万に対する(おとり)であると同時に、決戦戦力となる。だからこの方面では戦闘は凄惨(せいさん)を極め、損耗率も大きいこと疑いの余地が無かった。

 にもかかわらず、この軍に帯同した非武装の「衛生兵科」は、本隊と共に()ることを譲らなかった。

 確認してみると。この「衛生兵科」の軍人は、全員若い女性。またその半数以上が、元娼婦なのだそうだ。彼女らが隊の糧食を(まかな)い、衣類の洗濯をし、また負傷者を看護する。……何も最前線でそれを行わなくてもいいだろうに、と思ったら、「後方まで搬送する間に手遅れになるかもしれないから」と言われてしまった。

 と、部下に指示を出していた、兵科長が陣屋に戻ってきた。……ベルダだった。


「成程。貴女の部隊だったのね、ベルダ」


 松村が、陣屋に顔を出したベルダに語り掛けた。


「はい。今回のモビレア領軍の任務は過酷なものだと伺っております。なら、彼らの能力を十全に引き出し、そして一人でも多くの兵を生還させるのが、あたしたちの任務です」

「だけど、今回の戦闘(いくさ)は、敵はこちらの三倍の兵数がいるわ。その圧力に負けないように少ない戦力を運用しようと思ったら、手隙(てすき)の兵なんかいなくなる。貴女たちを守る為に、戦力を割けないってことよ?」

「承知しています。けれど、非武装の婦女子を相手に、敵もまたどれだけの戦力を割くでしょうか?」


 ベルダの意見は、ある意味正論だ。三倍の戦力を(よう)する敵に余裕があれば、ベルダたち衛生兵科を攻撃するなり捕らえて捕虜(という名の獣欲の捌け口(はけぐち))にするなり、するだろう。けれど、余裕が無ければ、逆に安全、ではある。


「なら、〝空城(くうじょう)〟だ」


 と、飯塚。兵法三十六計の第三十二計、〝空城の計〟。つまり、敢えて無防備な状況を見せることで、敵に罠を警戒させ、攻めることを躊躇(ためら)わせる計略。


「美奈、衛生兵科用の〝軍服〟を作ってくれ。あとは、旗印も必要だな。

 陣屋には、(ほこり)避け以上の意味を持つ天幕は必要ない。

 ここにいるのは全員非武装の婦女子で、負傷兵の看護のみを目的としている非戦闘員だと、敵味方に明示しよう」


 ……オレでも、飯塚の考えはわかる。衛生兵科用の軍服とはすなわち「白衣」であり、その旗印は「赤十字」、だろう。飯塚は、ベルダたちを〝白衣の天使〟に(まつ)り上げようとしているって訳だ。


「その代わり、ベルダ。ここに運び込まれる負傷兵は、敵味方の区別なく看護してあげてくれ。軍も、ここに運び込まれた負傷兵を捕虜にすることはしないと約束をする」

「当然ね。はじめからそのつもりよ」


☆★☆ ★☆★


 この世界の戦場で。〝赤十字〟の旗が掲げられたのは、『魔王戦争』に於けるアルバニー戦役が最初だった。

 その旗の(もと)で、敵味方の区別なく、無条件で傷病兵を看護する、非武装の婦人兵団。

 いつしか何処(どこ)の国も、何処の軍隊も。この旗に対して攻撃することは、最大級の不作法として周知されるようになったという。そしてこの〝赤十字の思想〟は、やがて国家を超え、如何(いか)なる組織にも属さず、如何なる思想にも従わない、国際看護団を成立させることとなる。各国は、こぞってこの団体を支援したという。


 また、このアルバニー戦役が、ひとつの伝説のはじまりだった。


 かつて、「下町の聖女」と呼ばれた一人の娼婦が、「戦場の天使」と呼ばれ、〝女王〟〝女教皇〟と並び称されることになる。その伝説の。


★☆★ ☆★☆


 そして、第1,036日目の夜明けとともに。

 アザリア教国軍が、行動を開始した。

 合計十二万の兵を三つに分け、前衛三万は大きく横に広がりながら盆地を囲むように進軍し、中衛五万は前衛を壁にして更に大きく左右に広がった。後衛四万は本営に留まり予備戦力として。


 ()くしてこの世界の戦史の常識を塗り替える、アルバニー戦役の火蓋(ひぶた)が切られたのであった。

(2,520文字:2019/03/09初稿 2020/01/31投稿予約 2020/03/07 03:00掲載予定)

・ 高所に布陣するのは、戦術的優位性を確保する為。けれどその一方で、行動の自由が制限されてしまうという欠点もあります。だからこそ、「高所争い」を演出して、敵の本陣をそこに誘導するという戦略もあるのです。

・ 白衣は、血が飛び散ったら目立ちます。そうなると、〝雑菌の(コロニー)〟を着込んだまま患者の前に出る訳にはいかないので、着替えることが求められます。結果、看護師は常に清潔な服を身に纏っているのです。

・ この世界では、〝十字旗〟に特別な意味はありません。特定の宗教を意味している訳でもなければ、墓標を意味している訳でもありません。だからこそ。ベルダさんをはじめとする、『国際看護団』の旗印として認知された、という性質もあります。なお、〝十字〟の意味は、「〝敵〟(縦棒)も〝味方〟(横棒)も関係無い」と説明されたようです。

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― 新着の感想 ―
[一言] うんうん。 読んで良かった満足。
[一言] アンリ・デュナンまで… まあナイチンゲールにせよデュナンにせよ、あの方たちはリアルチートだからなあ…
[一言] 戦場の天使>もっとも有名な某女史ですが、話に聞くと「超重度のワーカホリック」にして、「ブラック経営者気質」な方だったらしいですが、ベルダさんは大丈夫ですかね? ……はい、そこの「ナース服…
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