第31話 情報の価値
第05節 現代戦〔5/6〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
一日目の日が暮れた。けど、俺たちの戦闘はまだ終わらない。
さて、これからのモビレア軍の行動は。
・ 塹壕を使って迂回した冒険者たちと、真っ直ぐ突き進む騎士たちによる、時間差の夜襲。
・ 空堀(塹壕)に落ちて残留孤立した敵兵の、掃討。
・ 空堀の上に架かる橋を置き換えたり塹壕の一部を土塁で埋めたりすることで、空堀迷路を作り替える。
の、三本だ。
今回の塹壕戦術は、ジョージ四世派・セレーネ派を問わず教国に伝えたくない。そして、聖堂騎士団が〝違約紋〟持ちで構成されていることを考えると、彼らを捕虜にしても教国は身代金を支払わないだろう。そもそもその上前を撥ねている神殿が、彼らの為に財布を開くことなど考えられない。そしてそれぞれの騎士の本国に連行したとしても、人権剥奪の上死刑となるのが関の山。なら、彼らを生かしておいても意味がない。よって、全員殺す。
実は、塹壕地帯の端に、大きめの穴を掘ってもらっている。六千の敵兵全員が入る大きさの、穴だ。死亡生存問わず、聖堂騎士たちはこの穴に放りこみ、後で武田の〔クローリン・バブル〕で始末し、後腐れないように埋め立てる予定になっている。
それはともかく。
夜戦に於いては、全軍で攻撃してもあまり意味はない。むしろ、少数でしかし間断なく攻めた方が、効果は大きい。
手順としては。
聖堂騎士団の野営地の直上に〔光球〕を展開。その明かりを目指して騎士たちが突入する。
騎士たちが離脱すると共に、〔光球〕を消す。その直後、後背から冒険者たちの奇襲並びに焼き打ち。
冒険者たちが引いたら、改めて〔光球〕を展開し、騎士突撃。以下夜明けまでこれを繰り返す。
「聖堂騎士たち、今夜は寝かせないよ♥」という作戦だ。なお、明日の夜も寝かせるつもりはないが。寝たければ遠慮なく永眠してくれ、と。
はじめから『72時間連続攻撃』を予定していたモビレア軍には、だから前夜は48時間の休暇を命じ、英気を養ってもらっていた。その上でローテーションの結果生じる2時間の小休止は福音になる。
けれど、そんな心積もりなく長征してきた聖堂騎士団は。この一晩中続く攻撃と、夜明けとともに再び始まる大規模戦闘で、心身ともに消耗する事だろう。
しかも、冒険者たちが使うのは、武田謹製「火炎瓶」。度数の高い酒を更に蒸留して作ったアルコールを満たしたツボに、布で栓をしてその布に火をつけて投げる。だから彼らはその火を消す為に奔走しない訳にはいかず、火が消えた頃に、また夜空に〔光球〕が煌き騎士たちが突入してくるのだ。
タイミングは読めても、〔光球〕は野営地直上。つまり、騎士たちの突撃は、闇の中からやってくる。これは真正の恐怖だろう。更に、〔光球〕の明るさに目が慣れた頃に〔光球〕が消え、そこに冒険者たちが突撃してくるのだから。
結果、「一晩中の攻撃」といっても、騎士突撃三回と、冒険者による奇襲四回程度でしかない。そして一回の戦闘は、30分も要しない。だけど迎撃と、襲撃の後始末で。字義通り夜寝る暇もないくらい走り回らなければならなくなったという訳だ。「いつ襲撃されるかわからない」という夜襲は恐ろしいが、「夜明けまで夜襲が途切れない」というのも同じくらいやっかいだろう。
◇◆◇ ◆◇◆
戦争で。
指揮官にとっては、戦場の全域を掌握することは、勝敗を分かつ至上の命題だ。
だからこそ、戦場を見渡せる高所に布陣することに意義があり、或いは全域を見渡せる物見櫓を用意する。だから一方、雨や霧、そして夜間などの視界を妨げる環境下での戦闘は、忌避される。
同時に、戦況を把握出来ても、現場の司令官に指示をそれも適時に出せなければ意味がない。だから通信が重要になり、少しでも早く情報を伝達する為に、司令部は前線近くに置かざるを得なくなる。
けど、地球の現代戦は、無線通信技術とレーダー技術の発展、そしてそもそも目視距離に接近する前に戦端が開かれるという事情。つまり、「見える相手としか戦えない」のでは、意味がないという事だ。
武田は、その現代戦の理論、C³Iシステムをこの中世世界で運用している。塹壕迷路や土塁で敵の視界を閉ざし、だけど味方は〔報道〕の魔法で状況が把握出来る。そして塹壕内で戦うのは、急な遭遇戦を日常とする冒険者。ほとんどの冒険者は騎士に対して劣等感を抱いているが、この戦況では冒険者の方が圧倒的に有利なのだ。加えて先方にとっては「遭遇戦」でも、こっちにとっては「カモがネギ背負って罠に掛かりに」来るだけでしかないのだから。
夜間攻撃に関しては。
〔報道〕の魔法も、暗視能力はさすがに無い。けれど正確な戦場地図があり、そして精密な誘導が出来るのなら。あとは目標までの、方向と距離の問題でしかない。無視界環境下で計器誘導に頼るようなものだが、それが出来るシステムを既に構築しているのだから。
◇◆◇ ◆◇◆
「凄い、です」
元有翼騎士、現武官事務員たる、テレッサが呟いた。
彼女は、ゲマインテイルで俺たちに敗北してから騎士資格を剥奪され、その敗因分析の為に俺を公然とストーカーしている。
一度は騎士王国で撒いたのだが、騎士王国の東大陸派遣軍に同行してスイザリアに入り、そのまま司令部で俺の秘書のように振る舞っていた。
「敵が見えていないものが見えているというだけで、これだけ有利に戦闘を展開出来るなんて」
「それが、情報の価値だ。
あの時、ゲマインテイルで俺たちに攻撃を敢行したのが〝テレッサ〟だということがわかったことで、俺たちはあの作戦を決断出来た。他の騎士が相手なら、もしかしたらゲマインテイルまで誘引出来なかったかもしれず、結果苦戦を強いられたかもしれない。
そして今回、塹壕内という視界が利かずまたマップのない迷路の中で、こちらは敵の動きが手に取るようにわかるのに、向こうは足元に転がる石さえ見つけられない。
だから、情報を集める必要がある。情報を秘匿する必要があるんだ。
もっとも、ただ情報を集めても意味がない。集まった情報を適切に分析し、有用な情報と無用な、或いは有害な情報を取捨選択し、それに従って配下の部隊に適切に指示を出す。そうして初めて、機能する。
自慢じゃないが、この戦場で運用されているC³Iシステムは、現在のドレイク王国でも真似出来ない。遠距離通信と映像情報の伝達が出来なければ、C³Iシステムは機能しないからな。
アドルフ陛下は、自分の死後のことも考えて、様々な知識や技術を供与している。だから、陛下なくして再現・運用出来ないシステムは、はじめから公開していない。
対して俺たちは、そんなことを配慮する必要がないから。
遠慮なくそれを投入出来るんだ」
◇◆◇ ◆◇◆
だけど。正直、俺たちはやり過ぎた。
それは二日目の朝、さっそく状況となって顕れた。
(2,745文字:2019/02/27初稿 2020/01/31投稿予約 2020/03/01 03:00掲載予定)
・ 飯塚翔「さ~て、これからのモビレア軍の行動は。(中略)の、三本です」
武田雄二「んっがっぐっぐ」
・ 教国聖堂騎士団が布陣した場所は、ちょっとした丘陵になっている場所でした。そして塹壕迷路は、その丘陵を包囲する形で掘られています。




