第33話 対人戦闘
第06節 法の支配と力の世界〔4/6〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
油断していた、なんて言うつもりはないけど。でもやっぱり、初めての実戦はこちらの想像を上回っていました。
油断していたんじゃない。警戒心が足りなかったんでもない。それ以前。
ただ、真剣味や現実味が足りなかったんです。
どこかまだ、ここを夢の中や物語の世界のように思っていました。
野外実習で、殊更危険と思わしきことに出会わなかった所為もあり、「この程度」と心のどこかで思っていたんです。
その結果が、一本の矢弾。
それが、髙月さんの脚に突き刺さるまで、ボクたちはそのことに自覚出来ていなかったんです。
「あ、ああぁああぁあ!」
悲鳴を上げながら、髙月さんは馬から転がり落ちました。場所は敵弩弓兵の正面。身を隠すものなんかどこにもありません。
飛んできたクォレルは、一本だけではありませんでした。
合計5本。
一本は髙月さんの脚に刺さり、一本は柏木くんの胸鎧に跳ね返され、一本はボクの馬に刺さり、もう一本は柏木くんの馬に。残りの一本は、逸れてどこかに飛んで行きました。
「美奈!」
それを見て、飯塚くんが走る。けど。
「ぼやぼやするな! 次が来るぞ」
エラン先生はこちらを見もせずに、剣を抜きました。
そしてボクらは。
柏木くんは、馬を飛び降り、ボクは転げ落ちました。けど、射貫かれた髙月さんを含め、全員意識があります。だから。
その場で、〔亜空間倉庫〕を開き、飛び込んだのです。
◇◆◇ ◆◇◆
「みな、美奈!」
「莫迦モン、落ち着け飯塚。魔法があるからなんとでもなる。
けど、クォレルを抜かなきゃ治療を出来ない。
美奈、飯塚にしがみついて肩に噛みつけ。何か噛んでないと舌を噛むからな。
柏木、武田。お前たちは美奈の身体を押さえろ。
美奈、かなり痛いが我慢しろよ。幸いこの国のクォレルに〝返し〟は付いていない。一気に引き抜くぞ!
一、二の三!」
「あ、ぐううううううううううううう!」
松村さんが髙月さんの脚からクォレルを引き抜き、髙月さんは飯塚くんにしがみついて呻き声ともとれる悲鳴を上げました。
「よくやった美奈。次は〔再生魔法〕だ。
まず、ズボンを脱がす。血で濡れているから、武田も手伝え」
髙月さんの脚を押さえていたボクが、松村さんとともに血と小便で汚れた髙月さんのズボンを脱がします。
そこには女子のズボンを脱がすという、エッチな雰囲気は一切ありません。字義通りの救命活動だからです。
そして松村さんが魔法を使おうとした時。
「俺にやらせてくれ。俺の魔法で、美奈を助けたい」
飯塚くんが、手を挙げたんです。
◇◆◇ ◆◇◆
「完全に、これはズルだな」
治療が終わり、髙月さんも着替えを済ませてミーティングに参加しました。
けど、飯塚くんと松村さんの厳命で、体を横たえて。
そして、飯塚くんの言う〝チート〟。それは〔再生魔法〕の事じゃありません。
「今まで俺たちは、〔倉庫〕を開くときは目の前の扉をイメージして、そこに入る事を考えた。だから、扉は〝俺たち全員の前〟に現れた。
けど今回は。俺たちは皆、バラバラの方向を向いていた。でも、〔倉庫〕に入れた。
つまり、わざわざ『扉を開ける』なんてイメージせずに、瞬間移動するつもりになれば良かったんだ」
「えぇ。それに先生は『戦闘中の負傷は耐えろ。決着がついてから治療を行え。戦闘中に治療を行おうとしたらそれが致命的な隙になる』って言っていましたけど。ボクたちは、この〔倉庫〕のおかげでいつでも治療が出来るってことになります」
〔再生魔法〕は、〔治癒魔法〕や〔回復魔法〕に比べ、効果が発揮されるのに時間がかかります。けど、〔倉庫〕の中にいる限り、外の世界の時間は動かない。なら、〔再生魔法〕の効果を一瞬にまで縮める事が出来るという訳です。
「むしろ、誰かが怪我をしたら、それが軽傷でも即座に〔倉庫〕を開くべきだな。痛みは集中力を乱すし、流血は体力を奪う。『大丈夫』と『平気』は、意味が違うからな。それに、刃に毒が塗ってある場合もある。だが、〔倉庫〕内で〔病理魔法〕を使えば、それを危惧する必要もなくなる」
松村さんは、飯塚くんが〔再生魔法〕をかけた後、「念の為」と言って〔病理魔法〕をかけていました。それはつまり、そういう事なんです。
「もう一つ、おそらく副産物があるぜ」
柏木くんも、会話に参加する。
「オレたちが〔倉庫〕を開いた時。お互いの位置はどうなっていた?
次に俺たちが〔倉庫〕から出る時。お互いの位置はどうなっていると思う?」
そうか。お互いの視界内、という制約こそあるけれど、短距離の瞬間移動が出来るという事です。
〝斬り込み〟に使えるかどうかはわからない。けど、退却時には間違いなく使える。
そして、それだけじゃない。
「もっと別の効果もありますよ。
今、ボクたちがやっていることです。『接触まで、あと五秒』っていうタイミングで、ミーティングが出来る。呼吸を、装備を整えられる。意志の統一を図れる。その上布陣まで整えられるのなら、これは集団戦に於いて明らかに〝チート〟です」
「そういう訳で、飯塚。お前がリーダーだ。
作戦を伝えろ」
「俺なのか?」
「お前だ。
柏木は脳筋で全体を俯瞰した作戦なんか練れないし、
あたしはそもそも集団戦が苦手だ。
武田は参謀タイプ、と言えば聞こえは良いけど頭でっかちだし、
美奈は、……戦闘方面で期待するのは間違っているだろう。
という訳で、飯塚、お前だ」
「わかった。
なら、基本的には柏木と松村が突っ込んで攪乱しろ。陽動兼主戦力だ」
「OK。で、こういう時のお約束は、『別に、斃してしまっても構わんのだろう?』って言うんだよな」
「柏木がオタネタ言うのは珍しいが、それは負けフラグだ。が、今回に限り遠慮は無用。美奈の弔い合戦だ。情けも容赦も無用だ」
「あの、ショウくん。美奈はまだ生きてるけど……」
生きているからネタに出来るんです。
「武田は、投擲紐だ。ただ、ぶっつけ本番だが、スリングで投げた直後の石に対し、〔赤熱〕を試してみてくれ。成功したらめっけもの、程度のつもりで構わない。
俺は、皆の弩で狙撃する。おそらく、5発以上撃つチャンスはないだろうから、装填係は必要ない。もし必要なら、合図をするから〔倉庫〕を開く。
美奈は、革袋を外してレニガードを両手で構えろ。
レニガードを両手で持って顔を庇えば、腕で心臓も守れる。そして――これは美奈に限らないけど――、即死しなければ〔倉庫〕で治療が出来る。
レニガードは透明だ。つまり、楯の内側から視界を確保出来る。そしてレニガードはちょっとした防弾性能も持っているから、この世界の武具程度じゃ壊れやしない。ちゃんと目を見開いて、自分を守れ」
「うん、わかった。今度は大丈夫だよ」
そして、被弾した馬たちも同様に〔再生魔法〕で治療し。
「開戦の合図は、いつもの通りの美奈の〝10〟コールだ。
被弾して、落馬したはずの美奈が、元気な声でコールすれば、敵はかなり動揺するはずだ。
松村、柏木。その隙を逃がすなよ?」
「当然だ」
(2,953文字:2017/12/18初稿 2018/04/30投稿予約 2018/06/04 03:00掲載 2018/06/09誤字修正byぺったん)
*「ぺったん」は、ゆき様作成の誤字脱字報告&修正パッチサイト『誤字ぺったん』(https://gojipettan.com/)により指摘されたモノです。
【注:「接触まであと五秒」というのは、あるなろう小説に出てくるフレーズを基にした、ある種のなろう小説に対する愚弄表現です。
「別に、斃してしまっても構わんのだろう?」は、PCゲーム〔那須きのこ原作『Fate/stay_night』TYPE-MOON〕に出てくるアーチャーの台詞を原典としています】
・ 「『接触まで、あと五秒』っていうタイミングで、ミーティングが出来る」と言っていますが、武田雄二くん。キミたちは既に、敵と接触した後なのですが。




