第24話 包囲殲滅戦
第04節 リングダッドの夏祭り〔5/7〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
第1,009日目。祭りも三日目になった。
実は、昨日の放送の直後。あたしたちのテントに、たくさんの屋台料理が持ち込まれた。「是非国王陛下にご賞味いただきたく!」と。
もう、機動要塞を親征軍の本陣に転移させる予定はない。今日の戦闘を以て陛下を市内に迎え入れ、そして祭りはフィナーレを、じゃなく、戦争に決着をつける。そういう算段になっていた。
だけど大量に持ち込まれた料理は、今日の夕方、親征軍が市内に凱旋するのを待っていたら、冷めて傷んでしまうだろう。
だから仕方なく、昨日のうちに〔倉庫〕の時間凍結庫で保存し、早朝親征軍野営地にドレッドノートごと転移し、市民から届けられた屋台料理(それは、二万五千の親征軍将兵全ての胃袋を満足させるに足る量があった)を振る舞った。
早朝いきなり押し掛け、戦闘開始前に時ならぬ宴会をし、しかもその情景を王都市内並びに敵陣営に生放送で中継し。
薔薇軍にとって、これは千載一遇の好機だったはず。けど、「報道されている内容が真実とは限らない」という事実を、この二日間で彼らもまた思い知っている。そして、この映像がリアルタイムの事実だったとしたら、これを薔薇軍に見せる意味は?
そう、これが「事実を報じる」、もう一つの意味。飯塚はこれを、兵法三十六計の第七計、「無中生有の計」と言っていた。「何も無いところに、何かあると思わせ、逆に存在しているものを、何も無いと誤認させる」という計略だ。けど、これは情報戦に於いてはむしろ中核となる計略になる。無意味な情報を報じることで、その意味に敵は頭を悩ませ、逆に意味ある情報を、無意味と誤断させてしまう。
今回の、早朝宴会。これに、裏などない。だから、薔薇軍が突撃してきたら、迎撃態勢を採るのが間に合わず、親征軍は壊滅しただろう。けど、昨日一昨日と、敵より詳細な情報を無分別に彼我軍民問わず垂れ流し、王太子殿下の虚実織り交ぜたトークにより、その情報の確度を判断出来なくなってしまったのだ。ましてやそれを確認する時間などあるはずもなく。結果、薔薇軍は。従来なら攻撃開始してもおかしくない、日が昇り霧が晴れた時刻を過ぎてもなお。攻撃を躊躇っていた。
◆◇◆ ◇◆◇
「さあ、両軍とも戦闘展開を開始しました!」
「我が国王陛下の親征軍が、なんとも和やかな朝食会を披露してしまった為、多少緊張感が腰砕けしてしまった部分もありますが、それでもこれからが本番です!」
「ちなみに、どの料理が一番人気があり、どの料理が一番美味しかったか。あとで聞いてみたいですね」
「今夕、彼らが入城した後で、ゆっくり聞いてみると良いだろう。どちらにしても、親征軍将兵に対する報道会見も、四日目の企画のひとつだしな」
「おっしゃる通りです。
……ところで。私はやっぱり軍事には疎いのですが。薔薇軍が小さくまとまっているような気がするのは、気の所為でしょうか?」
「否、気の所為じゃない。理由の一つは、疾風騎士団と、ア=エトの機動要塞だろう。空間を開けておくと、騎士団が切り込み、或いは要塞が転移してくる。それを怖れて、行軍機動速度を犠牲にしても密集陣形を採っているのだろう。
対して、国王の軍は横に大きく広がった。これは、包囲戦の構えだ。
包囲戦に対抗するには、ひとつは包囲させないことだが、もう一つある。包囲が完成する前に、その包囲網を突き破って相手の後背に展開する、〝中央突破・背面展開〟だ」
「成程。奇襲を受ける隙を失くすと同時に、一点突破を狙う為の布陣、という事ですか。それに対して陛下の親征軍は、どう戦うのでしょうか?」
「普通に圧力を受け流しながら、両翼による包囲だろう。
言葉にすれば順当な作戦だが、中央部が敵の圧力を受け止め、受け流しながら後退することが求められる。これは非常に高度な戦術能力が、各指揮官に要求されるという事だ。
包囲する為には後退しなければならない。だが、敵の圧力に屈して退却することは許されない、という事だからな」
「つまり、一瞬のタイミングのズレが、後退が退却に、そして潰走に繋がってしまう、と。これは確かに、戦術の妙が試される、という訳ですね?」
「だが、ここには戦術以上に戦略を得手とする軍師がいる」
「へ? それは一体?」
「それは――」
「あ、ちょっと待ってください。戦況が動き始めました」
「どうした?」
「親征軍、向かって左方向に部隊を動かしています。都市から見て西側に向かっている、という事ですね」
「! いかん! その動きでは……」
「で、殿下。どういう事ですか?」
「陛下は、反時計回りに薔薇軍を包囲するつもりだ。が、あの機動では尻尾を薔薇軍に喰い付かれる。あれでは――」
「それは、我が軍のピンチ、ということでしょうか?」
「そうだ。この動きでは……」
「いえ、ちょっと待ってください。都市の、チャークラの西正門が、開きます!」
「何? いや、そうか! ここで彼らを使うのか!」
「今まで惚け続けてきましたが、惚けたままお尋ねします。〝彼ら〟とは?」
「スイザリアからの援軍、二万だ!」
この放送は、敵軍にも聞かせている。聞きながら、薔薇軍将兵は、「勝った!」と思っていた。が、最後の言葉を聞き。恐慌状態になった。
市中に、既にスイザリア軍が進駐している? それが、ここで戦場に投入された?
単純に、戦力差三万対四万五千。しかも、リングダッド軍はスイザリア軍と連携し、ローズヴェルトをサンドイッチしている! 否、チャークラ市壁を計算に入れれば、既に半包囲が成立しているという事だ!
そしてリングダッド軍はそのまま反時計回りで戦場の西方へ。
スイザリア軍はチャークラ市壁に沿って、薔薇軍と並走しながらその前に回り込み。
リングダッド軍の後背を突こうとしていた薔薇軍は、二重王国軍に挟撃されないように機動したら、どうしても両軍とチャークラ市壁の三角形の真ん中に向かうより他はなく。外に向かえば、そのまま追撃戦が展開され壊乱する未来しかなかったので、反転してリングダッド軍の包囲を突破することを選択した結果。
薔薇軍は、リングダッド軍、スイザリア軍、そしてチャークラ市壁に囲まれてしまった!
『チャークラ夏祭り』と後世呼ばれることになる、その戦闘。その趨勢を決定付けた、〝反時計回りの大機動〟。
それが、この〝祭り〟の前半の終りを彩る、それは戦いとなったのだった。
◇◆◇ ◆◇◆
ローズヴェルト軍・バロー男爵領軍。捕虜、一万八千。包囲網を強行突破して逃走した兵、四千。死者・重傷者、八千。
対するリングダッド軍。死傷者、行方不明者合わせて898名。うち、疾風騎士団の犠牲者、死者0、重傷者12名(これらは籠城戦開始時からの累計)。
スイザリア軍。死傷者、行方不明者合わせて156名。
これが、この戦争の結果だった。
(2,747文字:2019/02/11初稿 2020/01/01投稿予約 2020/02/16 03:00掲載 2021/09/14誤字修正)
【注:「反時計回りの大機動」は、ナポレオン戦争・ウルム戦役に於ける、「時計回りの大機動」をモチーフにしています】
・ この包囲戦に於いて、疾風騎士団は遊撃隊となっています。つまり、包囲を強行突破して離脱する敵敗残兵を追撃する役目。落ち武者狩り、とも言いますが。とはいえ深追いしなかった為、結構な数を取り逃がしています。けれどその逃げた薔薇軍兵は、そのほとんどがバロー男爵領を占領中のリングダッド東部方面軍に捕縛され又は投降しています。




