第21話 戦争報道
第04節 リングダッドの夏祭り〔2/7〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
「さぁ、始まりました。第一回チャークラ夏祭り。
司会は私、商人ギルド窓口担当、ヨハンと」
「冒険者ギルドの唄って踊れる美人受付嬢。マチルダがお送りします」
設置された「〔泡〕」から、声がします。泡同士を同調増幅させるという、音響用の〔泡〕やボクの魔力波長観測用の〔泡〕の性質を応用すると、音だけじゃなく映像も中継出来ることがわかりました。
音と映像、両方中継出来るのなら。軍民問わず、その応用範囲は無限です。それを、今回は祭りの演出の為だけに使用するんです。
本部になる、王宮前庭。それに、音声映像中継用の〔泡〕、名付けて〔報道〕。その魔法を保存した魔石で作ったマイクとカメラを設置した本部席で、司会の人たちが語り始めました。
「って、マチルダさん。〝唄って踊れる〟のなら、舞台に上がっては如何ですか?」
「一応四日目に南会場で、ソロを任されています。皆さん、応援よろしくお願いします!」
「それは楽しみですね。さて、こちらにもう一人。ゲストがいらしています」
「お妃さまご懐妊で将来が楽しみな、王太子殿下、クリストフ様です!」
「こんな形で挨拶をするのは初めてだな。クリストフだ。だが祭りは無礼講。言葉遣いや作法を気にしないで構わない」
「有り難うございます。殿下とこんな無遠慮にお喋り出来る機会なんて、そうそうありませんから。無礼打ち上等で司会を務めさせていただきます」
「無礼打ちなどせぬと言っている。此度の祭りは市民らが主役だからな。余も純粋に、楽しませてもらおう」
「有り難うございます。殿下に見てもらえるとなると、出演者たちも喜びましょう。
ですが、忘れてはならないこともあります。
現在チャークラは、ローズヴェルト王国軍に包囲され、籠城をしているという事です。
皆様、こちらをご覧ください」
画面が切り替わり、ソニアの空撮映像が映し出されます。
「こちらが、昨晩の市外の様子です。大体五つの部隊に分かれて王都を包囲していることがわかります」
「あれ? こっちにも、小さな明かりがありますね?」
「はい、これは伏兵ですね。殿下、宜しければ軍事の素人である我々に、解説をしていただければと思いますが」
「好いだろう。ローズヴェルト軍三万。これが五つの部隊に分かれているというが、うち二つ、計一万の兵は後詰だ。つまり、予備戦力。父上の軍の到着に備えるというよりも、この町を占領した後の戦闘に備えて、戦力を温存しているという事だろう。
そして、残り三つの部隊が、同時に王都を攻撃する。
だが、王都を守る我が軍は、三千しかいない」
「三千、ですか」
「そう、三千だ。それ以上のことは、軍機に抵触するがな」
「失礼しました」
「構わん。三千しかいない守備軍に対し、二万が三方向から攻撃する。我が軍は、これに持ち堪えることは、難しい」
「なんと! では王都は陥落してしまうのでしょうか!(棒)」
「……ヨハンさん、わざとらしいですよ?」
「失礼しました。殿下、続きをお願いします」
「うむ。その為我が軍は、起死回生の一手を狙うだろう」
「それは?」
「今市外で遊撃をしている、〝疾風騎士団〟の戦力を以て、敵本陣への奇襲直撃だ」
「疾風騎士団。たった百で、カナリア公都を沈めたと噂される、リングダッド最速最精鋭の騎士団ですね?」
「そうだ。そして、それは噂ではなく、事実だ。彼らが王都を出立したのは、ほんの二十日前。しかしその後公都カノゥスを沈め、十日前には戻って来て攻囲軍に対して遊撃戦を開始している」
「いやいや、あり得ないでしょう。その強さもそうですけど、その速さはあり得ませんって」
「ほう。王族の言葉を疑うか。これは不敬罪を問うに値するな(笑)」
「ちょ、殿下、さっき無礼打ちはないって――」
「勿論、冗談だ。王族の冗談という奴だな」
「……申し訳ありませんが、笑えません」
「そうか、済まなかった。では話を続けよう。
ともかく、その最速最強の騎士団をして、敵本陣を直撃すれば、その一撃でこの戦争も終わる」
「いやいや、そうしたらこの祭り、戦勝祭になっちゃうじゃないですか?」
「――それ、何か問題あるの?」
「だってマチルダさん。この祭りは五日間続くんですよ? なのに、初日で終わっちゃったら盛り上がりに欠けるじゃないですか」
「一応言っておきますけど、市外で行われているのは遊戯ではなく戦争ですからね?」
「まぁまぁ、それは敵もわかっているようだ。だからこそ、ここに伏兵を配置している」
「あぁ、この伏兵はその為の!」
「そうだ。我が国最強騎士団を迎え討つ、敵軍の最精鋭といったところか」
「成程、お互いがお互いの手の内を読み合い、そして自分の手の内を隠して次の手を打つ。戦争って、奥が深いんですね」
ちなみに、この映像と音声。市外で攻囲しているローズヴェルト軍にも中継しています。まだ深い霧の中、その霧をスクリーンにして投影しているんです。
おそらくは、本陣で。各軍の指揮官・参謀が集まって、同じような話をしているでしょう。けれど、それより詳細な情報が、祭りの余興として、彼我の軍民分け隔てなく報道されてしまっているんです。そう、隠された伏兵の位置まで。
それでいながら、リングダッド軍の詳細は隠されているから始末に負えません。そして現在市内にいる、スイザリアからの援軍のことも。
「ところが。ローズヴェルト軍の伏兵の位置は、この通り明らかだ。対して、疾風騎士団の現在位置は、まだローズヴェルト側に知られていない」
「では!」
「そうだ。疾風騎士団には、北側に回り込んで、この伏兵を奇襲せよと命じた。初手で伏兵たちが全滅すれば、敵は守りに回らざるを得ない」
「すごい、凄いです。流石殿下。〝さすでん〟ですね?」
「……なんだ、それは」
「それはともかく、この伏兵がいなくなれば、最初の敵本陣奇襲という作戦が、現実味を帯びてきますね」
「だから、敵軍は市門への攻撃より、疾風騎士団に対する備えをしなければならない、と。たった百の騎士団が、三万の敵兵を翻弄する、という事ですか」
「そうだ。カナリア公都への奇襲戦は、彼らの純粋な機動力と戦闘力が問われた。
だが、此度の遊撃戦は、戦術を以て百の騎士団で三万の軍と抗するのだ。
正に、最強騎士団の名に恥じぬ、大舞台と言えるだろう!」
ちなみに。
リングダッドの王太子殿下だけでなく、ローズヴェルト軍側もそうですけど。
彼らは、「公開された情報」の取り扱い方を知りません。
〝報道〟というモノ自体に慣れていないのだから当然ですが、言葉の中にある〝嘘〟を警戒することはあるでしょうけれど、〝本当〟に対する調理の仕方を知らないのです。
情報とは、隠すモノ。
そう思っている彼らは、〝情報〟を敢えて敵にも公開する、その意味がわかっていません。
この放送を聞いているという時点で、既に飯塚くんの術中に嵌っているなんて、ローズヴェルト軍は想像も出来ないでしょう。
(2,788文字:2019/02/10初稿 2020/01/01投稿予約 2020/02/10 03:00掲載 2020/02/22公都の名称を間違えていたので修正)
・ 「無礼講」。礼法を無視することと、礼儀を無視することは違います。
・ 王太子殿下の、お妃さまのご懐妊。お腹の子の父親は当然、クズです(王太子殿下は指一本触れていない)。ご懐妊の報は、下手に隠すよりも公表してしまった方が、妃殿下が公式行事を欠席する言い訳になると判断されたのです。もっとも、生まれてくる子は〝死産〟となることが既に決まっているのですが。そしてそれは、また今後数年、王太子妃が表舞台に出ない理由として使われます。
・ 飯塚翔くんの、嫌がらせ〔光球〕。更に進んで、「兵一千につき、〔光球〕ひとつ」という、実に嫌らしい形で敵陣上空に配置しています。ローズヴェルト側にとっては、「大軍野営地ほど明るい」という程度にしか認識出来ていませんが。




