第20話 祭りだワッショイ!
第04節 リングダッドの夏祭り〔1/7〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
第1,006日目。眼下の敵野営陣地には、バロー男爵領軍にローズヴェルト王国軍が合流し、その数三万に膨れ上がっていた。
対するリングダッド軍は、チャークラ市内に防衛隊三千とスイザリア軍二万、そして王陛下の親征軍二万五千が、あと三日の距離まで近付いていた。
そんな時期、王都でひとつの問題が生じていた。それは。
明日から開催する予定の、祭りの主催者が誰であるか、だった。
「いや、普通に軍が主催するつもりなんだが」
「それは困ります。ここは商人ギルドに主催させていただきたい」
「ちょっと待て。この祭りは市民主導だ。なら、市民を代表して冒険者ギルドが主催すべきだ。冒険者たちは、治安維持という名目で、市民に圧力を加えてしまっている。だからここで、それに報いたいんだ」
「いやいや、両ギルドマスター。二人とも、この祭りの趣旨を忘れていないかい?」
「当然理解しております。だからこそ。これは〝戦勝祭〟ではなく、日常の祭りであることに意義があるのです。ア=エト将軍、失礼ですが、ここは軍に引いていただかないと」
「商人ギルドの言う通りです。むしろこれは、王家とも関係なく、市民の祭りでなければ意味がないのです。ですから王太子殿下にも純粋に楽しんでいただきたく、我ら冒険者ギルドが主催する祭りをお待ちください」
「おい、どさくさに紛れて冒険者ギルド主催を既成事実化するな!」
「だが、実際あの時ア=エト将軍閣下はおっしゃった。『チャークラに籍を置く冒険者というのが、か弱い非武装の市民にしか剣を向けられない連中だというのなら。今この町を守る為に、必要ないどころか有害だ』、と。つまり冒険者というのは、市民を守り、その剣となることがその使命だという事だ。なら、ここで冒険者は市民の敵ではなく、安心して頼って構わない者たちだ、と表明することは、今後の〝日常〟に於いて充分に意味がある。
だが当然、冒険者ギルドだけで祭りを執り仕切ることは出来ない。だから、冒険者ギルド主催でも、商人ギルドとの共催という形でお願いしたい」
「……なら、軍は後援、という立場になるのかな?」
「否、祭りに供する食材や物資は、軍から商人ギルドが適価で購入させていただき、商人ギルドから市民に提供させていただきたいと思います。
商人ギルドも、此度の戦争で、閣下から多くのことを学ばせていただきました。ですのでこれ以上、軍、延いては閣下の負担を増やすことは出来ません。
閣下も、一人の〝来賓〟として、この祭りをお楽しみください」
……籠城戦の最中。敵の増援が到着し、味方の援軍はまだ来ていない。
そんなタイミングで、最も重要な打ち合わせは、市内全域で行われる、祭りの企画。
前代未聞も良いところだ。
「それなら、主催は冒険者ギルドに任せよう。
だけど、軍から一つ、祭りについて変更を要請する」
「それは?」
「当初、祭りは三日間を予定していた。が、物言いが付いた」
「誰が、なんと?」
「現在親征中の、国王陛下だ。陛下も是非、参加したいそうだ」
……それ、論点が違うよね?
「よって、祭りの期間は五日間。そして三日後。市の正門を開ける。中から、スイザリア軍が出戦する。
その一撃を以て、ローズヴェルト軍を粉砕し、国王陛下を迎え入れ、祭りは本番に突入する。だが、商人ギルドのマスターが言った通り、この祭りは〝戦勝祭〟じゃない。
日常に行う祭りだからこそ、意味があるんだ」
後の歴史に於いて大陸最大規模の祭りと謂われることになる、「チャークラ夏祭り」。その記念すべき第一回の企画は、そのように進行していった。
……攻囲軍との決戦が、その企画の一つとして論じられているところに、ローズヴェルト軍の悲哀があるな、これは。
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「チャークラ夏祭り」。
リングダッド最大、大陸でもドレイク王国の新年祭と並ぶ、最大規模の祭りである。
その始まりは、『魔王戦争』の最中、ローズヴェルト軍に攻囲され籠城中だったという。
リングダッドでは、「祭りに優先されるものはない」という言い回しもあり(例:重要な企画を進めている最中、それに対する揚げ足取り的な意見を封殺する為に「それは祭りに優先されることなのか?」と言ったり、最重要案件に関して「祭りに優先するつもりで処理しろ」と言ったりという具合に使われる)、また他国からは「リングダッド人は、王家の為に死すことを拒絶しても、祭りの為なら死すらも厭わない」と言われることになる。
戦争よりも祭りを優先し、攻囲軍との決戦さえも祭りの企画の一部としたと謂われ、また後世に於いては輿入れ直前の王家の姫さえ現場のイベントに駆り出された等といった事実から、「祭りの時期のリングダッドには近付くな。祭りの余興にされるぞ」と周辺国家からは恐怖されたという。
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そんな訳で、決戦は。
敵戦力の動向だとか、公国や教国の動きとは一切関係なく、ただ祭りのスケジュールの都合で、その日に設定された。
雄二の〔レンズ・バブル〕で、市内の広場に戦闘の状勢を映し出し、幾つかの見張り台は市民に開放して肉眼での観戦も許可され。それどころか雄二の〔レンズ・バブル〕と美奈の音響用の〔泡〕の併せ技で、市内各所で祭りの様子を放送した。否、市内だけじゃない。市外の敵の眼前でも、その映像は映し出されていたのだ。
そして始まる、夏祭り。
大道芸人だの吟遊詩人だのは、残念ながら今このチャークラにはいない。プロは、軍楽隊だけだ。だからそういったイベントは、市民たちの手作り。素人芸ながら市内各所に用意された舞台で、市民たちがそれを披露する。当然素人芸だから、失敗もあるしくだらないものもある。だけどこの一時、そんなくだらない芸にもおひねりを惜しむ市民はいない。
舞台に上がる素人芸人たちには、出演料はない。だからそのおひねりが彼らの報酬になるはずなのだが、彼らは申し合わせて祭りの実行委員会に全額寄付していた。そしてそれを知るからこそ、市民たちも下手糞な芸にも惜しみなくチップを投げるのだ。
なんだかんだ言っても、現在籠城戦の最中。市民たちは物資に不足がないとはいえ、軍も商人ギルドもぎりぎりまで切り詰めているはず。祭りを開催するのも、余裕があるからではなく市外の敵に余裕を見せつける為。それを知っているからこそ、市民は「チップ」という名目で軍やギルドに支援をしている、ということなのだ。
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この地方、この季節の朝方は、深い霧に囲まれる。その霧が天然のスクリーンになって市内の、悲壮感とは無縁の様子を、侵略軍にまざまざと見せつけたのだった。
霧は、冷たい朝に出る。
戦地で、薄い毛布で冷えた体を包み、乏しい兵糧を齧り、疲労と緊張で充分な睡眠も採れなかったであろうローズヴェルト軍兵は。
明るく賑やかな、チャークラ市民の様子を、そこで見せつけられるのである。
(2,771文字:2019/02/10初稿 2020/01/01投稿予約 2020/02/08 03:00掲載予定)
・ ドレイク王国の二大祭りというと、建国祭と新年祭。ただ建国祭は『国(政府)の行事』の色が濃く、市民が力いっぱい騒ぐ祭りは、新年祭になります。
・ 『夏祭り』。正確には、「夏を招く祭り」です。
・ 大道芸人がいないのは、軍靴の音を聞いて逃げ出したのと、残った連中が間諜である可能性を否定出来なかったので退去を命じられた為です。
・ 出演者さんたちは、報酬の代わりに屋台で使えるチケットを一定額分支給されます。




