第18話 疾風怒濤
第03節 北と東の戦場で(後篇)〔4/5〕
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リングダッド疾風騎士団。
『チャークラ夏祭り』後、隊員全員が騎士爵に叙され、〝騎士団〟として戦史に記録されることとなった、リングダッド史上最速、否、世界最速にして最強の騎士団である。
リングダッド王都チャークラから、カナリア公国公都カノゥスまで、600km超の距離を、僅か一週間で往復し、カナリア公国軍、バロー男爵領軍、ローズヴェルト王国軍の三軍を字義通り蹂躙した。
なお、カノゥスまでの往復に関しては諸説(出発日や帰還日が粉飾されている、出発地点がチャークラではない、など)あるものの、常識的な行程日数、粉飾し得ないスケジュール(命令発令の日付が擬装されていた可能性はあるが、『夏祭り』が始まった時には既に王都に戻っていたことは間違いない)で計算しても、一日平均100km以上走破したことを否定することは出来ず(ちなみに言及通りなら一日平均200km近く走破したことになる)、「史上最速の騎士団」という評価を覆せない。
後世の講談では、その苦難を極めたカノゥスまでの長征、一撃を以て公王宮を焼き払った奇襲戦、そしてその後のバロー男爵領軍やローズヴェルト軍に対する遊撃戦などが語られ、リングダッドの少年たちの憧憬を一身に浴びている。
なお、その騎士たちは全員、「それは自分の手柄ではない」とその偉業を誇らず謙虚な姿勢を崩さなかったことから、〝騎士とは斯くあるべし〟と、リングダッド騎士の規範とさえ謂われている。
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◇◆◇ 雫 ◆◇◆
第997日目。
スイザリアからの派遣軍は王都に入城しており、行儀よくリングダッド王太子殿下の指揮下に入っている。国王親征軍は、こちらを信頼し、対外的には東進を、実際は迂回して男爵領の北側から薔薇軍の後背に展開していた。
一方の薔薇軍は、渓谷南部集落に全軍を集結させ、男爵領内に進軍を開始。北部集落には補給物資を守る守備兵だけが残った形になっている。
そして、男爵領軍は、王都から目視出来る距離まで近付いていた。
とはいえ、あたしたちは、攻城戦・籠城戦の知識は少ない。否、雄二や飯塚なら、相応に知識があるのかもしれないけれど、籠城戦の場合は小賢しい奇策よりも、堅実且つ常識的な行動を採ることこそが、最適な戦術なのだという。
だからこそ、飯塚の〔光球〕と美奈の〔泡〕による索敵、そしてソニアの空撮による戦術支援のみを、この籠城戦に於けるあたしたちの役割とし、あとは物流の確保と市内の治安維持に注力することとなった。
だから、眼下に男爵領軍が迫って来ていても。あたしたちが今すぐしなければならないことはなく。
だからあたしらは、モビレアに〔転移〕し、アドリーヌをネオハティスまで送り届けることにした。
「……籠城戦の最中に、こんなことをする防衛隊司令官は、おそらくショウ兄さまだけだと思いますよ?」
「って言っても、今俺がしなきゃならないことは、実際他にないし、な。これが夜なら、〔光球〕で味方の行動を支援する必要はあるかもしれないけど、日が暮れるまではまだまだ時間があるし。
それに、バロー男爵領軍の数は五千ほど。〝男爵〟領の領軍としては、その規模は桁外れだけど、攻城戦・攻囲戦を考えたら、三千の守備隊が守る王都を落とすには、数が足りない。ましてやスイザリア軍二万を受け入れている以上、高が五千の兵力相手なら、別段奇策を考えなくてもどうとでもなる。つまり、今この瞬間、俺が王都内で指示を出す必要はないんだ」
「だからといって、私みたいな小娘を相手にする司令官はいませんって」
「いや、実は。他にも理由はあるんだ。
ネオハティスで、魚の買い付けをしたくって、ね」
「……籠城戦の最中に、魚の買い付け、ですか? それを使って、どんな攻撃を為さるんですか?」
「いや、チャークラで祭りでも開こうかと。」
「はぁ?」
「籠城戦をしている都市の住民は、鬱屈し絶望して、自暴自棄になり易い。っていうのが常識だ。
なら、籠城戦の最中に祭りを開けるくらい、物資に余裕があり、市民たちがリラックス出来ているとなれば。
攻囲側は、どんな気分になると思う?」
「……虚しく、なるのではないでしょうか?」
「そういう事だ。まぁ、嫌がらせと言ったらそれまでだけどな」
そのアイディアを聞いた時は、あたしたちも絶句した。けど、ある意味効果的ではある。
残念ながらあたしたちにその知識を持つ者がいなかったからお蔵入りになったけど、出来れば花火を上げて、外から見てもその賑わいがわかるくらい盛大な祭りにしたかったようだ。
で、花火が無理なら他のことを、ってことで、鮪の解体ショーを広場でやろうということにしたのだという。美奈が、何尾かのマグロを解体し、ようやくある程度のコツを掴んだのだとか。
ついでに、ブタの丸焼きとか牛の屠殺ショー(野蛮だけど、特に戦争中のこのタイミングでは盛り上がるみたい)などを計画しているのだとか。
現状は企画だけで、実際は薔薇軍の本隊が到着してからになるだろうけれど。
◇◆◇ ◆◇◆
「これが、現在のバロー男爵領軍の配置です。
こちらが、伏兵ですね。
で、こっちで、攻城兵器を作る為の別動隊が作業をしています」
ソニアが空撮した、男爵領軍の様子を、雄二のタブレットに展開して。
それをもとに、飯塚は王太子殿下に説明をしていた。
「……敵の配置が、丸見えだ。これじゃあ、相手の手札を見放題でカードゲームをするようなものじゃないか」
「ちなみに、同等のことをドレイク王国も行えます。彼の国の、強さの秘密のひとつですね」
「……今後の国家戦略を、考え直さなければな。だが、今この状況に於いては。
これを活かすべきだろう」
「カナリア公都を攻めた部隊が、既に王都至近で待機しています。
彼らに、この伏兵を蹂躙させたのち、攻城兵器を組み立てている部隊の作業を妨害させましょう」
「……本気で、ワンサイドゲームだな」
「この戦争の本番は。薔薇軍が王都に進出してきてからです。
さすがに二万五千を数える薔薇軍相手に、たった百の騎兵隊だけでは対処出来ませんから」
「いや、さすがに彼らだけに武勲を独占されたら、何の為の王都防衛軍だと国王に叱責されてしまうだろう。少しはこっちに回してもらわないと」
「かしこまりました。ところで、王太子殿下に一つ、お願いがあるのですが」
「何だ?」
「此度の祭りで解体する、肉と魚。その最上部位を、遊撃隊として活躍している、彼らに振る舞いたいと思いますが、お許し願えますか?」
「私も口にしたいが、確かに彼らの方が優先されるべきだな。
だが、ア=エト。戦後、改めてそれらを余と父上に振る舞うことを、命ず」
「かしこまりました」
(2,687文字:2019/02/08初稿 2020/01/01投稿予約 2020/02/04 03:00掲載 2020/02/22公都の名称を間違えていたので修正 2021/02/18誤字修正 2021/09/08誤字修正)
・ 『十文字戦争』(『呑龍戦争』)時のドレイク王国軍も、かなりの行軍速度でしたけど、やはり数が多かったことと、兵士たちの騎乗技術が劣っていたことから、疾風騎士団ほどの行軍速度には至りませんでした。
・ 「苦難を極めたカノゥスまでの長征」。野営時には酒を振る舞われ、焼き立てパンと熱々煮込み料理は肉増量でおかわりし放題。夜は夜警を考えずに、屋根があって風も防げるコンテナハウス宿舎で、毛布にくるまりぐっすり8時間就寝。朝には美少女(美幼女含む)が洗濯した清潔な着替えを渡され、清涼な水で身体を清め。こんな過酷な行軍、過去に例はありませんwww
・ 籠城戦で奇策を採用すると、それが失敗してそのこと自体攻囲側が付け入ることが出来る隙になる、という事が多々あります。籠城戦で、「お、開いてんじゃ~ん」と施錠を忘れた裏口から攻囲軍が侵入する(史実。「コンスタンティノープルの陥落」1453年)などということにもなりかねませんし。奇策は成功すると心理的効果は絶大ですが、現実的にその奇策で削れる攻囲側戦力は微少。なら、リスクを抱えた奇策より、堅実に少しずつ削って行った方が、結局被害が小さく済むのです。




