第17話 内なる敵と外なる味方
第03節 北と東の戦場で(後篇)〔3/5〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
ショウくんに言われた、市内調査。その為に、美奈とおシズさんは、市街に出たんだよ。
だけど、美奈たちが最初に向かったのは、商人ギルド。
「商人ギルドで、何をしようっていうの?」
「うん、ちょっと考えていることがあるの」
そして、商人ギルドに入って、カウンター越しに職員さんに、こう言ったの。
「このチャークラの町で、家を借りたいと思います。出来れば、商売をすることも考えているんですけれど、いい物件ありますか?」
「えっと、お客さん、余所から来た人ですか?」
「うん、スイザリアから来たの。今日チャークラに着いたばかりだよ?」
「それでは、今この町がどういう状況か、御存じないのではありませんか?」
「戦争のこと? 勿論知っているよ?
そして多くの市民が町から逃げ出しているってことは、優良物件が格安で契約出来るってことでしょ?」
「ですが――」
「って言うか、何? 軍から『戦争が終わるまでは、物件を紹介してはいけません』って通達でも来ているの?」
「否、そういう訳では――」
「だったら、いいでしょう? 居抜きで借りられる物件は、どんなのがあるの?」
職員さんは、しぶしぶ物件のリストを見せてくれた。そして、その中のひとつ。
商店街の中心付近に、それなりの大きな店舗スペースを持ち、二階が居住スペースになる、物件があった。
「あ、これなんか良さそう。
現物の、内覧は出来る?」
「――はい、可能です。今から行きますか?」
「是非!」
その物件の場所は、商人ギルドの建物からそれ程離れていなかった。
そこに行ってみると。
「あれ? お隣の八百屋さん。今日は営業していないのかな?
もしもし? お店の人、誰かいませんか?」
「なんだい、こんな時に!
もう店仕舞いだよ。あたしは今日中にこの町を出て行くからね。
ほしいものがあるなら勝手に持って行きな!」
「え? いいの?
なら、このお店ももらおうよ」
と、おシズさんも、美奈の考えがわかったようで。
「そうだな。どうせなら壁をぶち抜いて、大きく商売をしようか。
商売相手の方がいなくなってくれるなら、利幅が小さくても大儲け出来そうだからな」
「何を言っているんだい、あんたたちは?
これから戦争が始まるんだ。しかも、籠城戦だって謂うじゃないか。なら、商品なんて入ってこなくなるんだよ? それなのに、どうやって商売しようっていうんだい?」
「そんなの、軍から買うに決まっているじゃないですか。
軍では既に、都市が一年間籠城を続けても、市民を飢えさせないだけの物資を用意しているって聞いていますよ? そして、軍政下では不当な値付けも禁止するって。
なら、あたしたちみたいな駆け出し商人だって、損することの方が難しいじゃないですか。
適価で仕入れられて、商売敵は夜逃げしてくれて、こんな市内の一等地で商売出来るんです。本当に、どうやったらこの商売に失敗出来るんですか?」
「だ、だが! ローズヴェルトは三万とも五万とも謂うぞ? 対する王太子様麾下の防衛軍は、三千そこそこだ。勝てる訳がない。そうしたら全て、ローズヴェルトに奪われるだけだ!」
声は、背後から。美奈の狙い通り、市民が美奈たちの言葉に耳を傾けています。たくさんの人たちが、野次馬になって話を聞いてくれているんです。
「でも、リングダッドの兵はつい数日前、たった百で、カナリア公国の公都を沈めたっていうよ? そりゃぁカナリア公国を攻めた騎士たちは、リングダッドの最精鋭だったのかもしれないけれど、百の騎士で一国の首都を落とせるのなら、王太子様率いる守備隊が、高が十倍・二十倍の敵相手に、何を怖れる必要があるって言うの?
長征して疲労の極にあるローズヴェルト軍如きに、王太子様が怖気付くとでも思っているの?」
「カナリア公都が、沈んだ……?」
「それに、公都が沈んだから、カナリア軍は撤退せざるを得ないし。そうしたら遠からず、王様の親征軍も王都に戻ってくるよ。それまで町を守り抜けばいいんだから、現実的にも難しいことじゃないんだよ?」
ここでこの話をするのは、一種の空言でしかないの。でもだからこそ逆に、意味を持つ。
仮に敵の間者がそれを聞いても、信憑性はまるでないけど、チャークラ市民にとっては、縋る一本の藁になるから。あとは、彼らの理性に任せればいいんだよ。
「職員さん。今はお互い、冷静な判断が出来ないと思いますから、今日はこれで帰ります。
明日、また来ますね?」
「お待ちください。お嬢さん方、貴女がたはどちらに宿を取っていらっしゃいますか?」
「王宮に、部屋を用意してもらっています。
『〝ア=エト〟の連れの、ミナ』と言ってもらえれば、わかると思います」
「え? ……王宮、に?」
「それじゃ、明日」
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
「そういう訳で、諸君らにはもう一働きしてもらうことになった。
長駆カノゥスから戻ってきたところ申し訳ないが、一番自由に動けるのは、諸君だ。王都を守る為に、遊撃隊として働いてほしい」
「何をおっしゃいますか、司令官閣下。
こんなにも素晴らしい馬を貸し与えていただき、平時より――軍宿舎より――余程恵まれた野営環境すら提供していただき、我々は、一切の疲労も消耗も致しておりません。
何より、閣下の指揮下、カナリア公国と、逆賊バロー男爵領軍と、そしてローズヴェルト王国軍。この三軍を蹴散らすことになるなんて、末代にまで語り継げる名誉です。
その任、我ら〝疾風騎兵隊〟にお任せあれ!」
それは、公都攻略の為に選抜された、百の勇士たち。王都まで、あと一日の距離まで戻って来ていた。
彼らの隊長の乗る妖馬に魔石を嵌め込み、それの持つ固有魔力波長を武田が記録し、それをマーカーとして転移して、毎晩の野営を行っていた。さすがに復路の夜警は、彼ら自身にしてもらっているけれど。
彼らにとって、当初の任務は既に完了している訳だから、急いで帰る必要はなかったのだが、かなりのハイペースで帰還していた。けれどおかげで、彼らを遊撃隊として期待する事が出来る。
いつの間にか〝疾風騎兵隊〟と自称するようになった彼らの野営準備の傍ら、次の作戦を指示した。
その帰りにスイザリアからの派遣軍の前夜の野営地に〔転移〕し、そこに放棄された物資を回収する。その間、ソニアがボレアスで、商隊の集積拠点として指定された三つの村に、『マーカーダガー』を刺して回る。
そして、そこに転移すると同時に、「コンテナハウス」を、本来の『収納箱』として配置。既に村に到着していた、商人ギルドの職員に、物資を「コンテナ」に収納するように伝えた。こうすることで、コンテナごと〔倉庫〕に運び込み、そして王都で搬出する事が出来るという事だ。
そして、スイザリアからの派遣軍も、無事王都に入城した。
〝内なる敵〟である市民の不安には、美奈が一芝居打つことで、暴発する前に鎮圧出来た。
〝外なる味方〟は、商人たちも軍人たちも、ともに頼りになる。
なら、この戦争、負けるはずがない!
(2,797文字:2019/02/07初稿 2020/01/01投稿予約 2020/02/02 03:00掲載 2020/02/22公都の名称を間違えていたので修正 2021/02/18誤字修正)
・ 「空言」……根拠のない、風説のこと。空言虚説。
「空言」……偽報、虚報、虚説。虚言。
・ なお、髙月美奈さんたちが内覧した物件は、翌日申し訳なくもキャンセルしました。
が、その時には担当した職員さん、ギルマスから話を聞かされた(叱られた)らしく、逆にひどく恐縮していました。
またその物件は、商人ギルドが買い上げ、炊き出しなどの拠点とすることになったそうです。ちなみにお隣さんは、夜逃げするのを止めたそうな。
・ 東西南の集積拠点から、王都への物資の輸送。その為には、コンテナボックスを活用します。物資をコンテナに収納してもらい、そのコンテナごと〔倉庫〕に収納し、また新たに空のコンテナを拠点に置く、という形を採るのです。なお、行軍中の軍隊の野営(予定)地にも、同様に物資を満載したコンテナを持ってくることで、輜重の負担を軽減させます。




