第16話 軍が守るモノ
第03節 北と東の戦場で(後篇)〔2/5〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
男爵領軍と薔薇軍に対し、籠城戦を以て抗する。その為に、スイザリア軍を王都に招き入れる。
この基本方針を王太子殿下に話した時、やはり微妙な表情をされてしまった。当然だろう。主の居ぬ間に他国の軍勢を引き入れるというのだから。ましてや発案者である俺は、そのスイザリアを本拠地にする冒険者、となると、いくらでも疑いようがある。
けれど、では代替案は? という話になった時。男爵領軍だけが相手なら、どうとでもなる。しかし、薔薇軍を相手にすることを考えると、打つ手が限られてしまうのもまた事実。
そして俺たちは、既にカナリア公王並びに先王の二名を捕虜としてチャークラに引き渡している実績もある。リングダッドに対して悪意があるのなら、リングダッドを無視してスイザリアまで両名を連れて行ってしまえば、リングダッドは公王らを誘拐した咎で公国から死ぬほど恨まれることだろう。
ならあとは、引き入れた外国軍が悪さをしないように手綱を執ることを考えて、粛々と籠城戦を指揮していくしかない。
◇◆◇ ◆◇◆
「ソニア。ボレアスは、二人乗り出来るか?」
「え? はい、可能です」
「なら、柏木。ソニアと一緒にスイザリア軍の野営地に向かってくれ。時間との勝負だ。物資は一旦その場に放棄して、身一つでチャークラに入城するように。
ただ放棄する物資のある場所に『マーカーダガー』を刺しておくことを忘れないように」
「わかった」
柏木とソニアには、スイザリア軍との連絡を。
「美奈と松村さんは、市内の状況を調査してくれ。代表的な物資の現在価格、品薄になりそうな気配のあるモノ、既に足りないもの。
あとは市民の表情だな。既に彼らの耳にも軍靴の音が聞こえているはずだ。それで市民が怯えていたり、恐慌状態になる前兆があったりしないか。必要なら、美奈たちの裁量で情報公開を許可する。場合によっては、簡単なカウンセリングも任せる」
「うん、わかったよ」
美奈と松村さんは、市民の様子を。
「王太子殿下、殿下のお名前で、冒険者ギルドと商人ギルドのマスターを呼んでください。此度の籠城戦には、彼らの協力が不可欠です。けど、身元不詳の〝ア=エト〟が呼び出すより、殿下の御名で呼び出す方が、彼らも安心するでしょう」
「わかった、すぐに手配しよう」
「武田は、現在は待機。ギルドの協力を取り付けられたら、忙しいぞ」
「わかってます。輸送計画の策定と、物資の在庫数量の確認、保管と警備の計画、ですね?」
「王太子殿下。残念ながら、我々は殿下から全幅の信頼を得るには、少々時間が足りないかと存じます。ですので、これからしばらくは殿下、或いはその側近の方に、私と行動を共にしていただけるようにお願い申し上げます」
「それは、其方らを見張れ、という事か?」
「そういった意味もございます。また同時に、情報の共有を迅速に行う為の仕儀でもあります」
「よくわかった。そうさせてもらおう」
「エリス」
「な~に、ぱぱ?」
「エリスは、お城の侍女さんたちと一緒にいなさい」
「うん、わかった!」
「殿下、彼女は私の養女であり、ドレイク王国の王女殿下でもあります。
彼女を殿下の翼下にお預けします。人質、としてお使いください」
「! それで、構わないのか?」
「今必要なことは、殿下の信頼を得ることです。行動を共に、と申しましたが、私は何度か市外へと出ます。その際には、身内以外の者を連れていくことは出来ませんから。
そのまま、私たちが逃げ出さないという保証は、このような形でしか担保出来ません」
「……わかった。君たちの誠意を、受け止めよう」
◇◆◇ ◆◇◆
そして、各人が行動を始めて、少し。
両ギルドのマスターが、登城してきた。
「足労、感謝する。
私が、首都防衛軍を指揮することとなった、ア=エトだ。
概要は既に聞いていると思うが、単刀直入に、籠城戦になる。
だが、軍は市民に約束する。
市民の生命と財産、そして〝日常〟を守る、と。
だから、君たちにも協力をしてほしい。市民の〝日常〟を守る為に」
「かしこまりました。ですが、市民の〝日常〟を守る為に、今この時、我々はどういった〝非日常〟を受け入れなければならないのでしょうか?」
「まずは、冒険者ギルド。麾下の冒険者に、依頼を出してほしい。内容は、市内の治安維持だ。暴動等の抑止は勿論のこと、流言蜚語の取り締まりも、その業務に含まれる。
また、スイザリア軍がチャークラ防衛の為に入城する。このことでスイザリア人との間で軋轢が生じないように、調整する任務も同時に任せたい」
「……難しい、依頼ですね。こと籠城戦ともなれば、冒険者たちが真っ先に逃げ出すかもしれませんし、冒険者たちが率先して暴動を起こすかもしれません。それを取り締まるだけで、手一杯かもしれませんよ?」
「なら、話は簡単だ。市内の冒険者、木札から白金札まで、一人の例外もなく市外に叩き出せ。チャークラに籍を置く冒険者というのが、か弱い非武装の市民にしか剣を向けられない連中だというのなら。今この町を守る為に、必要ないどころか有害だという事だからな」
「否、そういう訳では――」
「――ない、と言うのなら。市民からの信頼に相応しい働きを、ここで見せろ。
次に、商人ギルド。今回の会合に先立って、商隊の主たる流通ルートを殿下に見せていただいた。そこから割り出した、三つの地点。
チャークラの西東南の三つの村に、物資の集積拠点を作れ」
「何故、それを?」
「私は、〔転移〕魔法を使える。よって、その三ヶ所の拠点から、市内に物資を〔転移〕により輸送する。
さっき、私は宣言した。『市民の〝日常〟を守る』とな。
この籠城戦の最中。市民に、食料はおろか物資の不足を嘆くようなことには、させない。
だから。さっきの冒険者の話と同じだ。市中で流言蜚語の源泉となり得る商人たちは、全員市外に叩き出せ。また、時勢を読んで、物資の値を吊り上げるような商人も、此度の戦争では必要ない。
私は、〔転移〕が使えるが。それ以上に自慢出来るのは、〔収納魔法〕の容量だ。
噂くらいは聞いたことがあるだろう? スイザリアに、戦略級の〔収納魔法〕の使い手がいる、と。その通り、チャークラが一年くらい籠城出来るだけの物資は、既に私の〔収納魔法〕に備蓄されている。
それを放出しないのは、市民の〝日常〟を守る為だ。そして、私たちが守る〝市民〟には、商人も含まれている。私が物資を放出してしまったら、商人が仕事を無くすからな。
籠城戦をする以上、商人たちもチャークラに出入り出来なくなる。だから、三ヶ所の集積拠点までの仕事に専念してもらう、という事だ。
ギルドは、その職分を弁え、為すべきことを成してほしい」
こうして俺たちは、チャークラ籠城戦の準備を着々と進めていった。
(2,727文字:2019/02/07初稿 2019/11/30投稿予約 2020/01/31 03:00掲載予定)




