第32話 魔王の爪痕
第06節 法の支配と力の世界〔3/6〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
皆は、〝魔王の爪痕〟を見せられ、大きな衝撃を受けていた。
けれど俺は。
衝撃を受けなかったと言えば嘘になる。でも、同時に疑問もあった。「何故、ここなのか?」と。
〝魔王〟は城を焼き、軍を掃ったという。その、「軍を掃った」場所がここなのだろうけれど。この威力なら、城ごと王都を消し飛ばすことも出来たはず。なら何故この力を、城で解放しなかったんだろう?
そして、〝爪痕〟の位置。
確かに、その一部は市壁にかかっているけれど、逆に言えば一部しかかかっていない。それは、この力が文字通り「軍を掃う」為に使われたという事。それどころか、市民に被害を出さないように力を発現させる場所・発現させる方向をギリギリまで調整して、その力を放ったという可能性も出てくる。
また、それなら王都でこの力が解放されなかった理由としても説得力がある。
そう。〝魔王〟が、市民に被害を出さないように配慮した結果だ、と考えたら?
そうなってくると、〝魔王〟の人物像も、従前の印象からかなり変わってくる。
わざわざ敵国にまで踏み込んで来て、この国の王と向き合ったにもかかわらず相手を殺さず、城を焼くに留め、ここまで引き、そして軍を掃った。
〝魔王〟がこの国に来た理由は、「精霊神の御加護が篤き陛下を弑し奉らんとしたが為」だと魔術師長が言っていたが、この〝爪痕〟を見れば、どれほど篤き加護があっても無意味だろう。なら、〝魔王〟がこの国に来た理由は王を殺す為ではなく、また殺さなかった理由も「殺せなかった」のではないだろう。
多分。この国の王なんか眼中になかったんだ。
「この国に来た理由」と「王の眼前に立った理由」は多分同じ。だけど、それは「王を殺す理由」とは無関係だった。だから、一応の手続きとして王の前に立った。だけどその後戦闘になったから、撤退の為に城を焼いた。
そして、マーゲートは「海の玄関口」。だから〝魔王〟はここに来ない訳にはいかず、だから王国軍もここに集結した。そして、王国軍はマーゲートで籠城するのではなく、野戦で〝魔王〟軍を迎え撃った。その結果が、この〝爪痕〟、と考えれば、一応のストーリーが成り立つ。
「ってことは、〝魔王〟さん、善い人?」
マーゲートの町に入り、宿の一室にて。
正確には、エラン先生が町役場の方に向かったので、早速〔亜空間倉庫〕を開いて、〝魔王の爪痕〟についての考察検討会。
「善人か悪人か、の答えにはならないと思います。殺戮を最小限にしようという努力の跡が見られませんから。けど、飯塚くんの仮説の通り民間人に被害を出さないようにする努力をしたというのなら、軍指導者としては随分近代的な考え方の人のようですね」
「どういうこと?」
「中世では、民間人はむしろ軍兵の主要攻撃対象でした。女子供がいれば獣欲を満たせますし、食糧や物資、財貨などを得る事が出来るかもしれません。無抵抗の男を殺すことで、自身の強さを自惚れることも出来ますし、戦場で武勲を上げられなかったとしても憂さ晴らしが出来ます。たとえ戦働きが充分ではなかったとしても、収奪物を上長に献上すれば、その後の処罰を軽減されるかもしれません。
逆に国としても、褒賞の少なさを略奪物で補うことが出来ます。また、奴隷にも出来ます。〔契約魔法〕による奴隷化は、本人の合意を必要とするでしょうけれど、そんなもの無くても暴力と脅迫と物理的拘束で奴隷にすることくらい出来ますし。
何より、敵国の国力を削り取る絶好のチャンスなんです。国や軍司令官にとっては、積極的に兵たちを煽るでしょう。ただ一方で、略奪は進軍速度にブレーキをかけますから、『電撃戦』などの最中には略奪を禁じることもありますが」
美奈の感想を切って捨てるのは、武田。
「じゃあ、〝魔王〟さんは、その『電撃戦』の最中だった?」
「否。そもそも撤退行動で『電撃戦』という言い方はしませんし。
あと考えられる理由は、この国に上陸した〝魔王〟軍が極少人数で、それゆえ町に浸透した方が正面戦闘より安全だった、という可能性です」
「いや否、これだけの攻撃力、殲滅力があるのなら、正面戦闘の方が安全だろう?」
武田の新たな仮説に、松村さん。
「そうとも言えません。確かに、一撃で〝爪痕〟を残せる魔王軍は脅威ですが、同じことは時間と手間を掛ければ王国軍だって出来るんです。
例えば、囲い込んで火を放つ。町や森ごと焼き尽くすつもりになれば、如何な〝魔王〟でも逃げ場所がないかもしれません。
ただそうする為には、その場所に一般市民がいてはなりません。最終的には居ても無視するとしても、建前上は退避させるでしょう。なら、そこが動けない町の場合は? 或いは、国にとって価値ある港湾施設があれば?」
「それは〝魔王〟側にも町を壊せない理由になる、か」
「そうです。今ボクたちが追撃している横領脱走兵にしても同じですが、補給を受けられるか否かは進軍、撤退を問わず軍にとって重要な問題になります。脱走兵は横領をしていたそうですから、その『取引相手』になる仲間なり商人なりが補給を担当している可能性がありますが、完全な敵地である〝魔王〟にとってはどうだったでしょう?
大軍の場合、物資の補給にも一苦労ですが、少人数であれば、町の商人から買い付けることは可能でしょう。勿論、正体を知られていない、という前提ですけど。そしてその為には、町の商業活動が停止していては困るという事になります。
そういう、商業活動が停止することのデメリットまで踏まえて戦略を決定する、という点が、近代的だと解する所以です」
◇◆◇ ◆◇◆
正直。現時点では〝魔王〟の為人は想像することしか出来ない。けれど、少なくとも理性的な人物であることだけは間違いなさそうだ。
どっちにしても、正面から戦いを挑んで勝てる相手でないことだけは間違いない。そのことはしっかり憶えておかないと、いざという時にまた間違ってしまうかもしれない。
さて。俺たちはマーゲートの宿で一泊し、馬を交換して(俺たちの馬は疲れていなかったけど、それを証明するのは俺たちの〔亜空間倉庫〕を知らせる必要がある。だから隠す)、更に南方に馬を走らせた。
どうやら脱走兵には、少なくない人数の外部協力者がいるらしく(マーゲートの協力者と目される商人は捕縛された)、交換用の馬はともかく食糧等の物資の補給は受けられているようだ。だから俺たちも、その後町や村に立ち寄らず、保存食のみ補給して、マーゲートを離れたのであった。
そして、自由都市ラーンまであと一日程の距離まで来た、街道の途中。
不意に飛来した矢弾が、美奈の右足を貫いた!
(2,989文字:2017/12/18初稿 2018/04/30投稿予約 2018/06/02 03:00掲載 2018/06/09衍字修正byぺったん)
*「ぺったん」は、ゆき様作成の誤字脱字報告&修正パッチサイト『誤字ぺったん』(https://gojipettan.com/)により指摘されたモノです。
・ 王都に〝魔王の爪痕〟が穿たれなかった理由。可能性のひとつとして、「騎士王陛下の守りの加護が王都全体を覆った為、〝魔王〟の力を行使出来なかった」という解釈もあるでしょう。もっとも、それなら何故「城を焼く」ことを許したんだ? という話になりますが。




