第12話 疾風《しっぷう》のごとく!
第02節 北と東の戦場で(前篇)〔3/5〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
後で知ったんだけど。
確かに、カナリア公国軍は、ローズヴェルト王国軍と結託していた訳じゃなかったの。
けれど、アザリア教国(ジョージ四世)軍とは、結託していた。
その意味で。これは、リングダッドに対する挟撃戦だったの。
◇◆◇ ◆◇◆
その日、第989日目の早朝、リングダッド王都チャークラ近衛軍練兵場。
軍服に護身用の小剣のみを持った、リングダッドの精兵たちを前に、ショウくんは挨拶をしたの。
「俺の名はア=エト。今回諸君らをまとめる司令官に任ぜられた。
スイザリア人で、冒険者上がりの若造に指揮されるのは気に喰わないかもしれないが、今だけは従ってほしい。
全員騎乗せよ! これより出撃する」
「お待ちください、司令官殿。我々はまだ、任務を伺っておりません」
「わかっている。だが、口で色々説明するより、取り敢えず走った後の方が納得出来ると思う。ただ、行く先だけは示しておこう、東だ」
「東、……ということは――」
「その先の話は、後程ゆっくりしよう」
そんな訓示とも言えない訓示を垂れている間に、近衛軍の従卒たちが連れてきたのは、妖馬。美奈たちは、いつもの通り一角獣だよ。
「一角獣騎兵。ア=エト殿、司令官閣下は、ドレイク王国のかたなのですか?」
「俺はスイザリア人だ。が、リングダッドでも軍籍を持つ。同様に、ドレイクにもだ。
今、諸君らが考えることは、祖国を守ることであって、過去の感情を引き摺ることじゃない。ドレイクだろうがローズヴェルトだろうが、使えるものは何でも使って国を守れ。行くぞ!」
◇◆◇ ◆◇◆
それから二時間。通常の軍隊で、「騎乗して出撃」といっても、それは常歩(時速6.6kmほど)で進むもの。最初から駈足(時速20kmほど)で走ることは誰も想像していないよ。ましてや、そのまま二時間走り通しなんて。
そこで小休止。早速〔倉庫〕から「コンテナハウス」を取り出して、あらかじめ中に収納しておいたタオルと軽食を全員に振る舞ったの。また、飲料水の入った樽も出して、全員が飲めるようにしたよ。さすがに皆、かなり疲れているみたいだから。
「この、規格外の〔収納魔法〕。そういえば、スイザリアの冒険者に戦略級の〔収納魔法〕の持ち手がいるって聞きましたが……」
「そうだ、俺たちだ。だから君たちには、装備は必要ないと言った。全て俺たちが現地まで運ぶ。そして、俺たちの目的地は、カナリア公国公都カノゥス」
「! カノゥス。この数で攻めようっていうんですか?」
「そうだ。現在、カナリア公国軍がリングダッドに侵攻を開始したという第一報が入った。東部方面軍が既に迎撃の為に展開しているが、陛下が親征なさる王都直轄軍が侵略者を粉砕すべく、これに合流する。
そして、敵本隊を陛下が引き付けてくださっている間に、俺たちが空になった公都を攻め、公王の身柄を抑える。
時間の勝負だ。俺たちの行動が敵に知られたら、侵略軍が取って返すし、またそれが遅過ぎると、敵本隊がリングダッド国内を蹂躙し、且つ陛下率いるリングダッド正規軍と交戦することになる。
更に、もう一つ問題がある。実は、ローズヴェルトがゲマインテイル渓谷に侵攻を開始している」
「何ですって?」
「ただその情報は、まだ陛下の耳には入っていない。ということになっている」
「……どういう事、ですか?」
「簡単なことだ。陛下はローズヴェルトの侵攻を知らない。だから、カナリアの侵攻に対し、全軍を東に向けた。結果、北と王都周辺は、戦力の空白になる。ローズヴェルトにとって、この状況はどう思う?」
「……絶好の、攻め時でしょう」
「そうだ。だが実際は、陛下はそれを承知している。陛下の親征は、つまりローズヴェルトを引き摺り出す為の、偽計だ」
「そういう、事ですか」
「だからこそ、俺たちは急がなければならない。俺たちが疾風の如くカナリア公都を攻略し、そして戻り、進発したカナリア軍を追い払い、そして正規軍全軍を北に備える。それが出来なければ、リングダッドはカナリアとローズヴェルトに挟撃される」
「わかりました。たった百で、カノゥスを陥落する。それが出来たら、歴史に名を残す快挙になりましょう。なら休んではいられない。すぐにも出発しましょう!」
「慌てるな。無理をして走っても、疲れて現地で戦えない、というのでは意味がない。充分に休みながら馬を走らせる。だがその代わり、日が暮れるまで走り続けることになる。
見ての通り、野営地の設営も必要ないからな。そんな余計なことに時間を費やすくらいなら、その分馬を走らせる。
二日で国境を越え、三日目に公都に肉薄し、四日目に公王の身柄を確保する。はじめから長期戦は想定していない。仮に俺たちの進発を、王都に潜むカナリアの密偵が報告をしようにも、早馬より速く俺たちは公都を攻め、公王を捕らえる。
そう、疾風の如くに!」
「疾風の如く!」
「疾風の如く!!!」
兵たちが唱和している。けど、うん。武田くんは微妙な表情。〝疾風〟は別の読み方しちゃいけないんだよ? 借金抱えたスーパー執事さんになっちゃうから。
◇◆◇ ◆◇◆
と、ここで空から有翼獅子が。兵たちは剣を構えようとしたけれど。
「ソニア、哨戒ご苦労。状況は?」
ショウくんが警戒する様子もなく、それどころかその姿を見て安心した表情を見せるので、ソニアとボレアスは敵じゃないってみんなもわかってくれたんだよ。
「目視確認出来る範囲に、敵影無し。魔物も、小型のものしかいません。妖馬なら、文字通り歯牙にもかけずに蹂躙出来る程度の相手だけです」
「OK、進路クリア。次の休憩は2時間後、だから、お昼前、か。
ソニアは済まないが、引き続き哨戒任務に当たってくれ」
「かしこまりました」
ソニアは、水を一杯飲んでから、再び空に上がったんだよ。
「あの、有翼騎士。あれも閣下の――」
「ああ。俺たちの、頼りになる仲間だ。特に今回は、敵と交戦する暇はないからな。進路上を確認してもらっている」
有翼騎士団は、二十年前の『十文字戦争』以来、リングダッドでも「空を駆け死を運ぶ、有翼の魔女」と呼ばれて怖れられているって聞いたことがある。正確には、それを聞いたのはスイザリアで、だけど、だからこそ、リングダッドではその脅威は現実のものなんだろう。
けれど、その脅威が今、味方になって道案内をしてくれる。それは、彼らにとって心強いものになっている、と良いんだけど。
(2,587文字:2019/02/03初稿 2019/11/30投稿予約 2020/01/23 03:00掲載 2020/02/22公都の名称を間違えていたので修正 2021/09/02衍字修正 2022/06/25衍字修正)




