第09話 ボレアスの気持ち
第01節 公女殿下の里帰り〔9/9〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
「ところで、ソニアにちょっとお願いしたいことがあるんですが」
オレたちは別に、ドリーと遊んでばかりいた訳じゃない。当然仕事もある。
けれど、国の端から端まで早馬でも一ヶ月かかる距離を考えると、〔転移〕で瞬間移動出来るオレたちは、かなり時間に余裕があった。
ましてや、外界時間では〔転移〕の最中である〝一瞬〟は、オレたちにとっては無限の時間なのだから。
そういう訳で、転移の為に〔倉庫〕を開扉したら、武田が。
「お願い、とは一体何でしょう?」
「実は、ボレアスくんに、〔魔物支配〕の魔法を使わせていただきたいのです」
は?
「えっと、それは一体……」
ソニアも困惑している。確かに、一体何の為にそれを求める?
「理由は二つあります。
一つ目は、〔魔物支配〕の魔法の有効性の確認の為です。
ボクは、仔魔豹以外の魔物に、この魔法を使ったことがありません。一応他の魔物に対しても、この魔法の効果が発揮されるであろうことは確信していますけれど、その確証はありません。
魔法の開発期から試していたから効果を発揮したのか、或いはまだ幼く自我が確立していないから上手くいったのか、そういう可能性も否定出来ないんです。
そういう意味では、既に自我が確立し、立派な成獣であるボレアスくんは、試験対象としては最適なんです。
勿論、確認すべきことを確認出来たら、すぐに魔法を解除する予定です。けれど、第三者的にこの魔法の効力を観察出来ない以上、その辺りは信じてもらうしかないんですが」
武田の言いたいことはわかる。けれど、ソニアにとってみれば、ボレアスを奪われるかもしれない訳だから、素直に頷けないだろう。
「二つ目の理由は、〔魔物支配〕でリンクを繋ぐことで、〝多分、だろう〟ではない意思疎通をボレアスくんと行いたいからです」
何故?
「どうもボクが仔魔豹をお披露目してから、ボレアスくんの機嫌が宜しくないような気がして。先日冗談で『ボレアスくんが妬く』って言いましたけど、どこまで冗談かを察するには、有翼獅子の生態に詳しくありません。
獅子は、ハーレムを作ります。が、鷲は、生涯唯一の番と共にあると謂います。だから、鷹匠は複数の鷹を飼う事が出来ない、と。
……グリフォンは、どちらだと思います?」
「グリフォンが、ハーレムを作るという話は、聞いたことがありません。雄を巡って、雌同士が殺し合うという話はあり、その一方で外因的に、強制的に番わせると仔を産むことはないとも言います。その為繁殖期の個体の管理が、グリフォンの牧場では重要なんだそうです。
けど、グリフォンと人間の関係では――」
ソニアの困惑は、よくわかる。そもそも騎手と騎獣の関係は、夫婦関係のそれとは違う。なら、それに当て嵌めて考えていいものか。
「だからこそ、〔支配〕のリンクが必要なのです。
仮に、ボレアスが人間の言葉を喋れるようになったとしても、その思考経路や感情の在り方を、人間が理解出来るとは限りません。
けれど、〔支配〕のリンクを繋ぐことが出来れば。魔力波長の同調は、思考の同調に近似します。つまり、〝理解〟出来るんです」
そういう、ことか。それなら。
そう思い、ソニアの方を見ると。ソニアもオレの方を見て、ひとつ頷いた。
「わかりました。お任せします」
そして、武田は魔法を発動させ、少しすると。
武田自身、頭を悩ませているような表情になった。
「どうした? 何かわかったか?」
「一応、わかりました。思考の翻訳も、出来ました。
けれど、ボクの方の経験値不足で、理解するのが難しい、というのが本音です」
「それは、もう少し人生経験を積むべき、という意味か?」
「どっちかって言うと、ベルダに話を聞きたくなるレベルです」
「はぁ?」
ここでベルダが出て来るってことは、恋愛関係?
「まず、ボレアスにとってソニアは、当然ですが恋愛対象ではありません。主従関係、が一番近いのですが、同時に『ソニアは俺がいないと何も出来ない』っていうような、そうです、シスコン兄貴みたいな感情ですね」
「シ、シスコン兄貴――」
ソニア、ショックを受けてる(笑)。
「だから、ソニアが人間と恋愛をすることは、むしろ積極的に応援するって感じです。もっとも、『俺が納得出来ない相手を連れて来るんじゃねぇ!』って思っているみたいですけど。その点、柏木くんは最初のハードルをクリアしているみたいですけど」
……これは、ボレアスに礼を言うべきか? ってか、ソニアとのことはまだオレ自身結論を出せていないけど、一度ボレアスとゆっくり酒を呑みたい気分だな。
「そしてボレアス自身、好い雌がいれば番って仔を持ちたい、と思っています。自分の仔が、ソニアの子のパートナーになれれば、最高だ、と」
「ボレアス、貴方――」
確かに、これは恋愛感情とは違うな。シスコンは言い過ぎだけど、妹の幸せを願う兄貴、というのはこういうものかもしれない。
「だからこそ、ソニアがうちの仔魔豹に興味を持っていることに関しては、うん、これは確かに嫉妬に近い感情ですね。それでいながら、自分もまたチビたちを構いたいという気持ちもあり、それはそれで、複雑なようです」
ソニアと、有翼獅子と、仔魔豹の、種族を超えた、三角関係、と。確かにその辺りは、ベルダの出番かもしれないな。恋愛無関係だけど。
「それなら、構えばいいじゃないですか。私のことは気にせずに。
エリスさまが、ショウさまのことを〝ぱぱ〟と呼んでも、そんなことは気にせずに、私たち皆がエリスさまを可愛がるように。ボレアスも含めて、皆で仔魔豹たちを可愛がればいいんです」
その、ソニアの言葉を武田が伝えたのか。ボレアスくんは、ちょっと躊躇ったような表情で、ソニアとチビたちを交互に見ていた。
と。
「み~」
チビたちの方から、ボレアスくんの方に歩み寄り、ある仔はその背によじ登り、ある仔は翼の下に潜り込み、ある仔はボレアスの爪に自分の爪を立て、そしてギンはボレアスの尻尾にじゃれついた。
「ボクの、〔支配〕のリンクを経由して、チビたちにもボレアスくんの気持ちが伝わったようです。まぁチビたちは、そんな恋愛感情や兄妹愛の感情はまだ芽生えていませんから、単純に『一緒に遊ぼ?』って感じですけど」
ああ、成程。オレたち人間は「言葉にしなきゃ伝わらない」けど、それ以前に「伝えなければわかり合えない」ことも、確かにあるんだ。
ボレアスくんの、ソニアに対する感情は明らかでも、その〝色〟や〝形〟までは区別し難いし。
「ところでソニア。もしソニアが望むのなら、ギンとドリーのように、〔契約〕を以て〔支配〕のリンクをソニアに移譲することも可能ですが、どうします?」
「いえ、その必要はありません。今のままで結構です。
けれど、今後も時々、ボレアスの気持ちを聞かせてください」
(2,743文字:2019/02/03初稿 2019/11/30投稿予約 2020/01/17 03:00掲載予定)
・ 武田雄二「主従関係、が一番近いのですが」
柏木宏「一番近いも何も、ソニアとボレアスは主従関係だろうに!」
・ ギン「ぼくは、ドリーを守るんだ!」
ボレアス「そんな台詞は、もっと大きくなってから言え」
ギン「何だと~」ボレアスの尻尾かじかじ
ボレアス「ふんっ」尻尾ひと振るい
ギン「キャンッ」




