第08話 お姫様、冒険者になる!?
第01節 公女殿下の里帰り〔8/9〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
ドリーが、仔魔豹『ギン』と〔契約〕し、ギンの主となった後。
ドリーを冒険者として登録する、という話になったの。
というのは、魔物を従魔とするのは、冒険者だけ。貴族や兵士は勿論のこと、商人の中にも、魔物を従えている人はいない。ペットとして魔物を飼っている貴族や商人はいない訳ではないけれど、基本的に檻の中に入れ、外へは出さない。観賞用に過ぎないの。当然だけど、檻の外に出して、もし〝事件〟が起きたら、その〝所有者〟たる貴族や商人が全責任を負わされるから。
だけど、冒険者が従魔としている場合、大抵はその〝事件〟は被害者と従魔の主の関係性の中に原因があるんだって。主人である冒険者と敵対した、とか。それが市内で起こった〝事件〟なら、主人である冒険者は相応に責任を問われるけれど。
だから、ドリーとギンのように、放し飼いに近い形で従えているのなら、冒険者として登録しておいた方が、何かと便利。
そういう訳で、翌日。美奈たちはドリーと共に、冒険者ギルドに行くことになったの。
だけど、ドリーは「どうせ冒険者登録をするのなら、ウィルマーが良い」と言い、そっちへ。
「こんにちは。って、アドリーヌさま? どうなさいましたか?」
ドリーは、頻繁に冒険者ギルドに遊びに来ていたから、受付嬢とも顔見知り。
「えっと、ギルマスに会いたいんですけど、だけどその前に。
貴女は確か、ネオハティスの出身でしたよね?」
「はい、正確には旧ハティス、ですが」
「今、私はネオハティスに留学しているんです。モビレアやウィルマーとは全然違うあの町で、結構刺激的な毎日を過ごしているんです。
一緒についていったうちの侍女たちは、最近自家製魚醤に挑戦しているみたいです」
「自家製魚醤ですか。うちも自慢の魚醤があります。では姫様の次の里帰りの時に、一瓶交換しませんか?」
「それは、とても面白そうです。ミナ姉さまの作る魚醤も、ネオハティスで市販されるものとは味わいが違うから、色々比べてみたいです」
受付嬢とドリーが、何とも田舎臭いやり取りを。でもそういう話なら、美奈は負けません。サケやマス、イワシやサンマ、ホッケやアジ、フグやクジラ、カレイやアンコウ、イカやタコなんかを原料とした魚醤作りに挑戦しているんだよ? もっとも、成功率は3割未満。イワシやホッケ、アジのように熟成期間と塩分量の調整で味が整うものから、フグやクジラのようにそれだけでは上手くいかないものまで、色々。ちなみに、マグロを使った魚醤作りも試したんだけど、これは失敗しました。やっぱり麹を使う必要があるのかな? でも、〔時間加速庫〕のおかげで、トライアンドエラーが簡単に出来るのが、美奈の強み。うん、半年後の品評会では、二人を唸らせる魚醤を作ってみよう。
さて、それはともかく。
プリムラさんの時間を割いてもらう事が出来、美奈たちは応接室へ。うん、美奈たちは白金札冒険者だし、ドリーに至っては(現)領主様の御令嬢で(未来の)領主夫人だから、格別の配慮が求められるの。
「アドリーヌさま、どうなさいましたか?」
「はい、実は、冒険者登録をしたいと思いまして」
「冒険者登録? 姫様が? ……ショウ、ミナ。貴女たち、一体何をしたの?」
確認もせずに、犯人認定。ちょっと傷付きます。
と、武田くんが。
「実は、〔魔物支配〕の魔法の開発に、成功したんです。その実験で、魔豹の仔を4匹、支配しました。
うち一匹を、アドリーヌさまにお譲りしたんです。
けど、従魔を連れるとなると、逆に冒険者として登録した方が、法的な問題が減ると思いまして、形式上の冒険者登録を希望している、という訳です。
活動の本拠はネオハティスになりますので、すぐ出向手続きをお願いすることになると思いますが」
「……〔魔物支配〕。此度の戦争の鍵となる魔法を、あっさり開発した挙句、それで従えた魔豹の仔を姫様に譲渡、ですか。何処まで規格外なんですか、貴方がたは。
ですが、わかりました。そういう事情なら、姫様を冒険者として登録することに異存はありません。
けれど、アドリーヌさま。冒険者には、一定の義務が課せられます。
ランクが上がった後の徴兵義務などもそうですが、それ以前に。
移民や流民が、最も簡単に身分証を手に入れる手段が、冒険者登録です。その為、冒険者は特例がない限り一定期間冒険者としての活動をしていないと、その登録を抹消されることになります。そして、その〝特例〟が認められるのは、銀札以上です。
おおよそ、十日に一回。月が巡る間に、三度の依頼を受けることが最低の義務として規定されています。
これはご領主様にも理解していただいた上、従っていただきます」
十日に一回。つまり、約二週間のドリーの春休み期間中に、最低一回はクエストを受件しなければいけないってことです。そして、木札のクエストは、町の人たちの信用を得る為に行う、下働き。〝お姫さま〟であるドリーには、ちょっと大変かもしれません。
「はい、わかりました」
ドリーは真面目に良い子のお返事。実は、ギンにはドリーの護衛役としても期待されているんです。だから、ある程度大きくなったら、狩りの仕方を教えよう、という話になっています。
食材となる小動物の狩猟は、木札のクエスト。その意味では、野外活動がドリーの冒険者としての本領になるのかもしれません。
◇◆◇ ◆◇◆
本名ではなく、「ドリー」の名で冒険者登録をして、けど名前だけの冒険者であることを嫌がったドリーは、早速クエストを受件しました。請けたのは、薬草採取。
新人冒険者が、先輩冒険者に教えを乞うことは、別に反則じゃありません。ドリーは、素直に薬草の見分け方とその群生地(そう足り得る環境条件)を美奈たちに聞いてきました。美奈たちも、ウィルマー周辺の薬草の群生地なんかは知っていますけど、でも敢えてそれを教えず、見分け方と環境条件だけを教えました。
ハラハラドキドキしながら、ドリーの初クエストを見守り、そして無事、目的の薬草を注文通りの数だけ採取することに成功しました。
考えてみれば、ドリーが初めて労働で対価を得たという事です。だから。
「あのね、ドリー。美奈たちの故国では、初任給は、両親への贈り物に使うのが、一種の風習になっているんだよ?」
そう、教えてあげた。それが、必ずしも普遍の風習って訳じゃないことは知っていたけど。
そうしたら、ドリーは、それほど高価ではない、けれど趣味の良いアクセサリーを買って、領主夫妻に贈ったのでした。
ちなみに、未来の話だけど。ドリーはウィルマーでもう一度クエストを請け、その報酬はネオハティスにいる侍女さんたちのお土産とすることになるのでした。
(2,704文字:2019/02/02初稿 2019/11/30投稿予約 2020/01/15 03:00掲載 2020/01/15後書のてにをはを修正)
・ 「ドリーは『どうせ冒険者登録をするのなら、ウィルマーが良い』と言い、そっちへ」。モビレアギルドのマスター・マティアス氏、涙目。
・ 「しょっつる」は、秋田地方の魚醤で、ハタハタベース。ネオハティスでは、昔から森妖精が作っていた、藻塩ベースの魚醤を「しょっつる」と言っています。
尚ネオハティスの魚醤は、基本〝雑魚〟(対象外で網や針にかかった魚。〝外道〟ともいう)の有効利用法として発展していますので、複数の魚種の混合です。単独種の魚醤は、高級調味料。髙月美奈さんは、単独種の魚醤のブレンドを考えています(その為失敗作と認定されたものも、ブレンド原料の一種と捉えている)。
・ 「一瓶交換しませんか?」。壺(陶器)ではなく瓶(ガラス)であるという事実を意識せず、自分の価値観が狂っていることに気付かない、ドリー。うん、モビレアでは、ガラス器はとても高価なんだよ?
・ フグを捌く、美奈さん。自分で食べてみて、毒の含有部位を模索しています。いくら〔病理魔法〕があるからってムチャシヤガッテ。
ってか、今気づいたけど、石川県の郷土料理「河豚の子糠漬け」。フグの有毒部位である、卵巣を塩漬けした後糠漬けして、無毒化したものですが、これってフグの魚醤作りに挑戦した副産物だったんじゃ? あの地方はイワシベースの魚醤「いしる」が生まれた土地だし。ちなみに同地方のイカのわたベースの魚醤は「いしり」といい、別物だそうです。また北海道には、鮭(鱒)ベースの魚醤「魚々紫」(商品名)もあるそうです。
・ 「〝お姫さま〟であるドリーには、ちょっと大変かもしれません」。どっちかって言うと、大変なのは依頼主の方。何処の町民が、領主の姫様に依頼を出して、ふんぞり返っていられるのでしょう(笑)。
・ ギンは人間より鼻が利きます。だから薬草採取などに於いて、目的の薬草の匂いを嗅がせれば、それこそ警察犬のようにそれをあっさり見つけ出すでしょう。ネオハティス周辺の、希少魔法草の位置を、だからドリーたちはすぐに丸裸に。余計な依頼を受注しなくても、それだけで結構な稼ぎになります。
・ それほど遠くない未来の話。ギンが魔羆を狩って来て、ネオハティスの冒険者ギルドをパニックに陥らせることになる、とか。ちなみに魔物としての格は、魔豹より魔羆の方が上なんですが。そしてその魔羆は、ネオハティスの森の主で、地元の猟師たちにこう呼ばれていたに違いありません、「アカカブ」と。




