第31話 装備と行軍
第06節 法の支配と力の世界〔2/6〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
突然降って湧いた、横領脱走兵の追撃任務。オレたちにとっては、初めての対人戦闘になる。
だから急いで装備を整えた。とは言っても、基本的に必要なものは全て〔亜空間倉庫〕にあるから、用意すべきものは武具と防具、そして日用雑貨だけになる。
まず防具。
これは、冒険者として長い経験を持つエラン先生の助言を得ながら選んだものだ。冒険者が〝依頼〟を請けて行動する場合、その行動時間の9割以上は移動の時間。なら、金属鎧に身を包んで、その重量で疲労してしまったら、その方がクエストの成功率が落ちることになる。
〝旅団〟で役割分担をし、〝盾役〟に重装備をさせその代わりそれ以外の装備は一切持たせない、なんていう場合もあるらしいけど。
ちょっと話が逸れるけど、〝依頼〟〝旅団〟〝盾役〟という言葉。これはこの世界では、昔からそういう言い方をすることになっているそうだ。もっとも、それを言いだしたら「特定の技能・知識を持たなくても、誰でも仕事を請けまた報酬を得られる」という、オレたちの世界で考えたら派遣業のような職業を〝冒険者〟と呼ぶこと自体、本質的には意味不明だ。
特に、〝盾役〟。〝エスペラント〟の中には〝タンク〟という韻を持つ言葉は他にない。またこの世界に、「戦車」という兵器もない。もともと地球で「戦車」を「tank」と呼ぶようになったのは、その新兵器を隠す為に「貯水槽だ」と言ったのが始まりだという。が、そもそも〝エスペラント〟で「貯水槽」は「tank」とは発音しない。
ここまで来ると、そこに地球から知識(それも昭和後期から平成にかけてのオタク知識)を持ち込んだ転生者なり転移者なりの関与を疑うのは、間違っているとは言えないはずだ。
閑話休題。
そういったことから、オレたちの防具は動き易さと通気性を優先し、厚革製の胸鎧と手甲・脚甲のみとした。
その上で、飯塚は腹に戦闘投網を巻き、武田は腰に微塵を提げ、また男子三人は投擲紐の籠の部分で手甲を覆い、紐の部分を上腕に巻き付けた。
松村は胸鎧の下に胸当てを付け、髙月は左手にレニガードを装着しその上から鹿革で作った袋をかぶせ、革楯に偽装した。
そして日用雑貨をリュックに押し込んで、武器類を手に取り城の中庭に出ると、そこでエラン先生は馬を引いて待っていた。
「遅い。すぐに出るぞ」
◇◆◇ ◆◇◆
ちなみに。オレたちの中で最も馬の扱いに長けるのは、当然松村。騎射の経験もあるそうだ。
残り四人は、ドングリの背比べ。まぁここしばらくの練習で、乗れるし歩けるし曲がれるし停まれるけれど、早駆けとか障害物回避とか、騎乗のまま戦闘するなんて夢のまた夢。
だから、今回の追撃行は、スピードを上げるより休息時間を減らすことで、平均移動速度を上げる選択をしたそうだ。
勿論、馬だって生き物だ。休まず走れば潰れる。が、各地で補給の出来るオレたちの場合、次の〝駅〟まで馬が持てば、そこで潰れても代わりがいる、という事になる。
「まずはマーゲートまで突っ走る。強行軍になるが、マーゲートで宿に入れるから、そこでしっかり休憩を取れ。行くぞ!」
そう言ってエラン先生は馬首を返したが、オレたちがまずやったのは〔亜空間倉庫〕の扉を開くこと。そして騎乗のまま〔倉庫〕に入り、髙月がイライザ姫からもらった葉でお茶を淹れてくれたので、皆で飲んでいた。
「……良いのかな? なんか先生に申し訳ない」
「良いんだよ。先生だって、俺たちはそもそも足手纏いなんだから、俺たちのパフォーマンスが上がれば先生の方こそ助かるはずだ。
それに、今のこの休憩が先生にばれなければ。
今後、一時間おきに〔倉庫〕を開いて馬たちを休ませる。そうすれば、俺たちの馬は表の世界では長時間潰れずに走れることになるからね」
そう、これは飯塚の発案。板書している教師の背後で放課後遊びに行く場所の打ち合わせをする生徒のように、気付かれないように〔倉庫〕に入り、そ知らぬふりしてまた戻る。先生がその違和感に気付いても、〔倉庫〕を開閉する〝1秒〟を見咎められなければ何とでも言い訳出来る。
果たして。優雅なティータイムを終え、騎乗して、心機一転〔倉庫〕から出たところ、エラン先生は全く気付いていなかった。
その為、マーゲートに着くまでの二日間、エラン先生とその馬は最小限の休息しか取れず、また食事も短い休憩時間に干し肉や干し芋を齧るだけだったのに対し。オレたちは一時間おきに充分な休憩と髙月手製の料理を口にし、馬たちも汗を拭いてやったり充分な量の飼葉と水を与えたり。
先生は経験と鍛え抜いた体力でこの二日間の強行軍を駆け抜け、オレたちは余裕を残したままマーゲートを視界に納める高台に辿り着いた。
マーゲート。
そこは、この王国の海の玄関口と謂われ、また自由都市ラーンが独立してからはこの王国随一の港町になった都市である。
湾を囲うように町が広がり、その町を守る壁が……
北西の一角を挟んで、二つになってる?
「エラン先生。あの場所、何故壁が無いんですか? あれじゃあ町に侵入しようとしている悪人は、あの場所からいくらでも入り放題じゃないですか」
「そう言えば、お前たちは〝魔王〟と戦うんだったな。なら見ておくといいだろう」
そう言って、先生はオレたちをその場所へと誘った。
その場所。市壁を二枚に分断しているその場所は、地面が何故か黝ずんでおり、その一帯だけ草が生えていなかった。
「ここは、〝魔王の爪痕〟と謂われている。
約20年前にこの国を襲った〝魔王〟は、この地で我が国の陸軍師団を文字通り一瞬にして滅ぼした。
そして、その後20年近く経っても、この場所には草の一本も生えなくなっている。また、この地に一歩でも足を踏み入れた者は、遠からず精神を病んで死に至るという。
これが、お前たちが戦う〝魔王〟の力の一端だという事だ」
……いくら何でも、規格外過ぎるだろうよ。
こんな相手と、どうやって戦えっていうんだよ?
(2,639文字:2017/12/16初稿 2018/03/31投稿予約 2018/05/31 03:00掲載予定)
・ 前作関係者「違うから。それ〝魔王の爪痕〟ぢゃなく、〝邪神の爪痕〟だから。さすがにアレの所業の責任まで問われたら、うちの王様可哀想過ぎるから。ちゃんと訂正してね?」




