第05話 お披露目
第01節 公女殿下の里帰り〔5/9〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
ドリーの通信簿には、他にも「貴族の令嬢でありながら、一般庶民である級友とも分け隔てなく語り合い、遊び、よく笑う彼女は、編入して日が浅いにもかかわらずクラスの人気者です。けれど目的意識が強過ぎるのか、向学心が旺盛過ぎるのか、放課後に友人とすごす時間が少ないように見受けられます。もう少し余裕を持った学習スケジュール(留学期間)を検討為されると良いのではないかと愚考致します。 ――クラス担任:ルーナ・フェルマール侯爵」と担任教師からの所見が認められていました。その辺りは、スイザリア国内の政治事情と外交事情が両方関わってきますから、何とも言えないのが残念です。
さて、ボクらはモビレアに帰るのに、〔ポストボックス転移〕を使います。それには、転移先は限定されますが、出発点はどこであっても構いません。
けれど。ボクは敢えて、寮の庭から転移することを主張しました。
「ドリー。太陽の位置、高さを憶えてください。先程の、『世界が丸い』という話が、実感出来るようになりますから」
「えっと、眩しいですけど、大体憶えました。けど、これで実感出来るんですか?」
「はい。では、行きますよ。〝0〟!」
そして、〔倉庫〕を経由して、モビレアに。領主様に、「000-0002」のポストボックスを、領主様の身内で使う応接間に置いておいてもらっています。また、〔転移〕を行う大体の時間も告げてあります。
転移が完了して。
「おお、アドリーヌ。戻ったか」
「え? あ、はい。お父様、ただいま戻りました」
「フム、ちょっと見ない間に、随分大人びた表情をするようになったな。成程、『可愛い娘には旅をさせろ』、か。その通りだったな。
どれ、アマデオ殿下もいらしている。すぐに――」
「領主様、申し訳ありませんが。その前に、ちょっとお時間を戴いても、宜しいでしょうか?」
「ユウ、何があった? 問題でもあったのか?」
「否。ドリー、アドリーヌ公女の、勉強の続きです」
「? わからぬが、わかった。どうするんだ?」
領主様も、訳が分からないなりに同意してくださいました。
「ドリー。庭に出て、太陽の高さを確認してください」
「はい。って、え?
さっきより、太陽が高いです」
「そうです。それが、世界が丸い証拠です。
ネオハティスでは、今は14時30分。けれど、モビレアは13時30分。1時間の時差があります。厳密な経度から計算する時差は、おそらく1時間20分ほどでしょう。
つまり、それだけ太陽が高いんです。角度にして、おおよそ20度。これが、世界が丸い証拠です」
「……吃驚しました。こんなにはっきりわかるなんて」
「もし、〔転移〕したのが、ネオハティスで日没直後だったら。もう少し面白いモノが見れましたね。具体的には、沈んだはずの太陽が、モビレアではまだ沈んでいないという事実です。
ちなみに、今日のドリーの一日は、25時間あります。時計の針が戻ってしまっていますからね。逆に、ネオハティスに帰るときは、一日が23時間しかありません。
体内時間が狂わないように、今夜はよく眠ってください」
一時、ドリーの勉強の為に、〔転移〕のタイミングを日没直後にまでずらそうかとも思いましたけど、待たせている領主様やアマデオ殿下に申し訳ないので、太陽の高さで説明することにしたんです。
そして、何を話しているのかわからないという領主様に対しては、後でドリーが説明すると言い置いて、アマデオ殿下に会いに行きます。
「アドリーヌ姫、お久しぶりです。
どうやらたくさんのことを勉強して来たようですね」
「否、全然。ネオハティスで学んだ半年より、今日の数時間、ユウ兄さまたちに学んだ内容の方が、深くて濃かったです。
ネオハティス留学に際して、それまでどれだけ凄い先生たちに学んでいたのか。痛感しました」
「そうですか。……ショウ。以前キミに、『キミのような平民が増えたら、王族の居場所がなくなってしまう』と語ったことがあるのを、憶えているかい?」
「はい、そんなこともありました」
「あの時キミは、北の町には、そんな平民がいくらでもいる、と言っていたね。その意味を、最近では痛感するよ。
アドリーヌ姫がその手紙に書く内容が、どんどん高度になっていって。それが、あの国の平民の普通の教育内容だと思うと、空恐ろしく感じてしまう。しかも、まだ勉強は始まったばかりだというんだからね。
三年後。アドリーヌ姫がどれほどの女傑になっているか。ワクワクするけどドキドキするな」
「そこで、『ワクワクする』とおっしゃる殿下なら。きっと未来のアドリーヌ公女に負けることはないでしょう」
そして、お茶を喫しながら。ドリーはその勉強の成果を父親と婚約者に語ります。
「……魔法で出来て、技術では出来ないこと、か。
たくさんあるように思えるが」
ドリーの宿題の話に至った時。それを聞いたアマデオ殿下は、そう応えます。
「否。それが、驚くほど少ないんです。
むしろ、ユウ兄さまの話を聞いて、それはごく一部の最高位魔導師の領域だけでしかないのでは、と思うようになりました」
「最高位魔導師の領域。例えば、〔魔物支配〕とか、か?」
「そうですね、あのクラスの魔法なら、科学技術で再現することは不可能でしょう」
アマデオ殿下は、やはり直近の脅威なだけに、〔魔物支配〕のことを意識しない訳にはいかなかったようです。そして飯塚くんも、それを肯定し。
だから。
「アマデオ殿下、そして領主閣下。いきなりですが、今ここで、新しい魔法を披露したく存じますが、お許し願えるでしょうか?」
ボクの、新開発の魔法を、発表することにしました。
「ユウの、新しい魔法、か。それは、危険なものなのか?」
「否。全く危険ではない、と断言出来るほどに、その魔法は安定しています」
「そうか、では、是非見せてもらおう」
「雄二、それはどんな魔法だ?」
雫も、興味があるようです。
「披露する魔法は、合計三つ。うち一つは、既知の魔法です」
「それは?」
「それは、御覧じろ」
そして、最初の魔法を発動させます。
「え?」
「これ、あの時の仔魔豹?」
「でも、どこから?」
皆も、吃驚しています。
そして、召喚された仔魔豹たちも、落ち着かない様子であたりを見回しています。
「〔取り寄せ〕、です。特定の魔力波動を登録しておくことで、いつでもそれを〝召喚〟出来ます」
「それは、確かにすごいな」
「でも、それだけじゃありません。この仔魔豹たちは、〔魔物支配〕でボクが支配した上で、〔契約魔法〕で縛ってあります」
「何だと!」
そう。此度の戦争の、ひとつの鍵である、〔魔物支配〕。ボクはそれを、再現することに成功したんです。
(2,686文字:2019/01/30初稿 2019/11/30投稿予約 2020/01/09 03:00掲載予定)
・ ルーナ・フェルマール侯爵。その名を知る人は、「ルーナ・フェルマール王女」と読み換えます。今は亡きフェルマールの第一王女、その人の名と。彼女は普段、署名に爵位を付すことはしません。相手が他国の王族の婚約者であり高位貴族の令嬢だからこそ、その保護者向けに敢えて爵位を付しました。「平民が貴族にアドバイスするなど、不敬だ!」と言う貴族もおりますので。もっとも、そんなことをしなくても、東大陸で「ルーナ・フェルマール」の名を知らない貴族など、辺境の田舎貴族か勉強の足りない若造貴族かのどちらかでしかないのですが。




