第04話 アドリーヌのつうしんぼ・後篇 ~西から昇る太陽~
第01節 公女殿下の里帰り〔4/9〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
「さて。この通信簿で、あまり成績のよろしくないのは、国語と社会、ですか」
武田くんが、評定を続けます。
「はい。国語は文章の読解で躓きました。『作者の考えを読み解きなさい』って言う問題です。
社会は、歴史も討論も、散々でした」
「国語と社会は、どっちも根は同じみたいですね。ちなみに社会の方は、具体的にどう躓きましたか?」
ドリーの言葉を聞いて、武田くんは更に突っ込むの。
「何故リーフ王国は、フェルマールの支配に抵抗したのか。何故フェルマール滅亡の際、王都フェルマリアの市民が王城を襲撃して国王の首を晒したのか。そういった問題です。
そもそも、市民が王に刃を向けるという状況で、彼らの立場で考えろ、と言われても。
それから、ディベートは、そのテーマからして私をピンポイントで狙い撃ちした酷いモノでした」
「ディベートの、テーマは?」
「『今年中にも始まる、アザリア教国内戦の、ジョージ四世とセレーネ姫双方の主張』というテーマです。私は、ジョージ四世の立場で弁論しろと言われました」
「うわぁ、本気で狙い撃たれたな」
柏木くんも、同情的。美奈も、そんな問題出されたら泣いちゃうんだよ?
「うん、やっぱり国語と社会の問題は、共通してドリーの欠点が出てきた結果でしたね」
「私の欠点、ですか?」
「これは、ドリーが悪い、と言い切ってしまっては流石に可哀想ではあるんですけど。
貴族社会、そして宗教。封建社会の悪弊と言うべきです。
『神の教えは正しい。王の考えは正しい。領主の言葉は正しい』。だから、庶民はそれに従うべき。それが当然、という社会です。
〝正しい〟はずの結果が、国家の滅亡なら。市民は王に責任を取れと言うでしょう。王侯貴族に市民の気持ちがわからないように、市民も王侯貴族の気持ちはわからないんですから」
「……私は、それをわかりたい、と思います」
「そうですね。ドリーは結構その辺り柔軟になってきています。けれど、まだ〝わからなくて当然〟という感覚から逃れられていませんね。
現教皇の主張については、髙月さんならどう答えます?」
「うう、難し過ぎるよ。それってつまり、ジョージ四世の正当性の主張、でしょう?
向こうが正しかったら、セレーネ姫が間違っているってことになっちゃうから」
「飯塚くんなら?」
「取り敢えず、手続き上の問題。ジョージ四世が間違いだというのなら、正規の手続きを踏んでそれを主張すべきだ。いきなり他国の王宮を借りて、そこで演説をするのは卑怯だ。国内でそれを出来なかった時点で、セレーネ姫は自説の論拠の薄弱さを自覚している証拠だ、って感じかな?」
「だけど、その『正規の手続き』が、セレーネ姫には採れなかったはずだ。そもそも未成年でしかも女である姫の言葉には、誰も耳を貸さなかっただろう。国内に発言の場が無いにもかかわらず、国内で発言しなかったのは卑怯、というのは、詭弁も過ぎるというべきじゃないか?」
いきなり、ショウくんとおシズさんの間でディベートが始まりました。
「善神は、法を司る神でもある。その代弁者である教皇に異を唱えるというのなら、法手続きに則って、それを行うべきだ。それをしないということ自体、不当にして非合法。それを聞かなければならない理由は、教皇にはない」
「神の言葉は正しく、常にそれは正義だ。けれど、それを聞く人間には誤解をしたり間違えたりするリスクが常にある。神は完全であっても、人間は不完全なのだからな。なら、人間に過ぎない教皇が、神の代理人を騙っても。その言葉は、必ずしも真理であり正義であるとは限らない。そして、法を司るのは神であっても、法を定めまた執行するのは人間だ。なら、間違った法が施行されていたら、糺すことこそが神の子としての正しい行いではないのか?」
「人の子は不完全であり、だから間違える。しかし、だからこそ。より敬虔に神の言葉に耳を傾け、より正確にそれを受け止めることが出来ると認められた者こそが、教皇の位に就く。そこに疑いを挟むという事は、神を疑うという事だ」
「そこに、詭弁がある。教皇を選ぶ、高位神官たちの利害が一致すれば、神の意思とは無関係に教皇位に就ける。それは政治であって、正義ではない」
うわぁ。どんどんヒートアップしていく。でも。
ショウくんがジョージ四世の言葉を、その思考を代弁して見せてくれたことで、今度の戦争の思想的側面がよく見えるようになったんだよ。
「はい、お二人ともそこまで。
ドリー、わかりましたか?」
「よくわからない、というのが本音です。けど、敵である相手の正義をそこまで主張出来るショウ兄さまが、凄いと思いました」
「〝遠い国の言葉〟に、『盗人にも三分の理』というのがあります。また、『理屈と膏薬は、何処にでも付く』とも。『ああ言えば上祐』というのもありますね。
どんなものにも、理屈は付けられるんです。だから、話し合いで解決するのが最善でも、ある一定の線を越えてしまったら、逆に話し合いに意味はなくなります。
そうしたら、あとはぶつかるしかないんです」
武田くんの言葉を聞いて、だからドリーも考えます。
「でも、だけど。
ううん、だからこそ、ですね。
『話し合う』ことを、諦めてはいけない、という事なんですね」
「そうです。その足掛かりは、『自分に疑問を持つ』ことと『自説を否定する』ことです」
「疑問を持つことと、否定すること、ですか」
「そう。これまで〝当たり前〟だと思っていたことを疑って見ること。
これまで〝正しい〟と思っていたことを否定してみること。
それこそ今、飯塚くんがやってみせたように。『相手が正しい、自分が間違っている』という前提で、論拠を組み立て直してみるというのも、ひとつのやり方です。
相手が正しいという前提で論理を組み立てて、それでもなお矛盾があったり、主張に無理があったりするのであれば、それは間違いなく〝間違った〟ことですから。
それは、さっきの理科の話にも通じます。
ドリーはもう、どうして太陽が東から昇って西に沈むのか、理解していますよね?」
「はい。あまり実感はありませんけれど」
「世界が丸い、という件に関しては、今日すぐにでも実感出来ますから、それは脇に置きます。
そして世界の自転に関しては、それに付随して納得出来るようになるでしょう。
けれど、その上で。『太陽が西から昇って東に沈む』情景を、見ることが出来ると思いますか? その為には、何をすればいいと思いますか?」
「た、太陽が西から昇る、ですか? それは、あり得ないと思いますけど」
「そう、それが常識です。だけど、例えば。
世界の自転速度より速いスピードで、西に向かって飛んで行くことが出来れば。
西の地平線から昇る太陽を、ドリーは目撃するでしょう」
「……」
「これは、極端な例です。けれど、考え方の基本は同じです。
自分の、立ち位置を変えるんです。今まで当たり前だと思っていたことを、まず否定してみるんです。
そうすると、もしかしたら。
『西から昇る太陽』を、その目で見つけられるかもしれません」
(2,848文字:2019/01/30初稿 2019/11/30投稿予約 2020/01/07 03:00掲載予定)
・ ディベート実習に於いて、留学生を狙い撃つのは、ネオハティスの学校の恒例行事です。留学生に対する洗礼みたいなもの?
・ 歴史の講義では、『魔王陛下がフェルマールの王として立てば、その後の悲劇は回避出来たのではないか?』といったテーマでのディスカッションもされています。騎士時代の彼は、その地位さえ「押し付けられた」程度にしか思っていなかったけど、もっと積極的に国政に関与していれば、違った結果が得られたのでは? と。
・ 以前(第六章第07話後書)、「松村雫さんはディベートが苦手」と言いました。彼女は自分の主張を表明することには自信がありますが、自分とは立ち位置の違う立場で弁論することは苦手なんです。その意味では、アドリーヌと同じ。ある種の「貴族病」です。
・ 相手の主張を否定する事なんか簡単。聞かなければいいのですから。だけど、相手の主張に則って、自分の主張を否定するのは、結構大変です。けれどそれを出来るようになれば、かなり柔軟な発想が出来るようになるでしょう。
・ 今回の戦争の、教皇側の思想的側面:「俺たちの定めたルールに従え。さもなくば異端と看做す」。〝間違っている〟のが教皇ひとりというよりも、教国のシステムそのものであるなら、教国内でそれを主張したって何も変わりません。
・ 時事ネタ(令和弐年正月):
松村雫「姫は、楽器ケースに隠れてスイザリアまで逃げたんだ。そうしなければ自らの正当性を主張することが出来なかったから。父である教皇猊下には、国外脱出しないから、って約束して神殿内の監禁状態から解放されたんだ」
飯塚翔「国外脱出、それも非合法手段を利用しての。その時点で、セレーネ姫は自身の罪状を自覚していたことになる」




