第01話 名前を呼んで
第01節 公女殿下の里帰り〔1/9〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
ゲマインテイル渓谷の峠。それを見下ろす山の中腹に作られた、あたしたちの拠点「レオパルド・ヒル」。……だから何故ドイツ語と英語を混ぜる? 『豹の丘』なら「パンサー・ヒル」か「レオパルド・ヒューゲル」で良いだろう?
と思っても、何故か飯塚と美奈、そして雄二には、こだわりたい理由があるようだ。全く無価値なこだわりでも、それを否定する程の理由もないから別に構わないが。
それはともかく、このレオパルド・ヒルに攻城櫓を置き、その上に三軸のスマホスタンドで固定したスマホで監視をする。デジタルズームの場合、ちゃんと固定しないとぶれてまともに映像を確認出来ないから。
また、このレオパルド・ヒルに平衡錘投石機も配置してある。戦闘が始まった時、これで峠を抜けようとするローズヴェルト軍を粉砕する為、ではなく、その退路を断つ為に。あたしらがここに陣取るのは、ここを戦場とする為ではなく、侵入してきた敵軍を二重王国側に閉じ込めると同時に、本国との連絡を遮断し、且つ増援を足止めする為なのだから。
とは言っても、あたしたちは一日中レオパルド・ヒルを占拠していた訳ではない。
季節は旧暦の睦月初め、新暦で言えば1月末。山の上では、まだ暖かくなるには気が早い季節だ。そんな時に標高1,300m弱の吹き曝しの高台に居続けたら、すぐに雪ダルマになってしまう。その一方で、ちょっと目を離したら雪に埋まる場所でもあるから、こまめに除雪。その雪は〔倉庫〕に仕舞い、これもまた峠を封鎖する時には渓谷に投下する予定。
それ以外には、スイザリア王都スイザルやリングダッド王都チャークラに行って、面倒くさい政治の話を(飯塚が)したり、モビレアで領主様と食事を共にしたり、ウィルマーのギルドにある本部で収集した情報の整理をしたり、或いは温泉に浸かったり。
そして今日、983日目。
あたしたちは、ネオハティスのアドリーヌ姫の寮にお邪魔していた。
「こんにちは、アドリーヌさま」
「こんにちは、シズ姉さま」
訪問は、事前に〔ポストボックス〕で告げ、時間を予告して〔ポストボックス転移〕。
今時計は、〔ポストボックス〕を持つ4王家2領主2機関の下に、アドルフ陛下から譲渡されている。けれど、ネオハティス市内の中流以上の家庭には、普通に時計が備置されいてる。……各王家に譲渡されたモノより精度は低いが、同時に市内では時鐘も使われているから、時間認識に違和感がないはず。
なのに何故、アドリーヌさまはあたしたちが転移する目標になる〔ポストボックス〕を、その時間帯に自室に置いておくんだ? まぁ前回のように着替え中、という事はないようだから、あまり五月蠅く言う必要はないのかもしれないけれど。
今日ここに来たのは、アドリーヌさまの学校の終業式の日だからだ。9月始業で1月までが上期、3月始業で7月までが下期。間にそれぞれ休みが入る。
アドリーヌさまは結局10月からの入学だった為、上期の授業は途中参入、となっている。その分どの程度授業について行けているか、実は不安だった。手紙では、授業内容に関する不安は一切書かれていなかったから、余計に。
「今日アドリーヌさまがもらってくる通信簿、楽しみですね?」
「……あまり、楽しみじゃぁありません。姉様はご存知ですか? アレ、座学の定期考査の点数だけじゃなく、課題の評価や出席率、その他授業態度まで評価の対象にされるんですよ?
おまけに先生から保護者への言付けまで書かれているっていうんです。一体何を書かれているのか」
「あはは。難しく考える必要はありませんよ。
というか、姫様の場合。身分や立場を度外視して、ただの一人の〝少女〟として、その生活態度や学力を評価されるって、初めてのことでしょう? だから素直に、それを受け止めればいいんです」
「ううっ、だから怖いんじゃないですか」
……もっとも、姫様の気持ちはよくわかる。あたしたちだって、年三回、同じ気持ちになっていたのだから。
「それはそうと、シズ姉さま。そろそろその『姫様』って言うの、止めませんか?」
「どうしてです? 姫様は『姫様』に違いないじゃないですか?」
「シズ姉さまたちは、『騎士爵様』です。ショウ兄さまに至っては、『公子様』であり『子爵様』であり、『王太子殿下』でもあります。一介の『公女』に過ぎない私より、皆様の方が身分は上なんですよ?」
「確かに、身分の上では『公女』より『騎士爵』の方が上です。けれど、貴族の令息・令嬢に対しては、父君の身分を尊重するのが通例です。
『公女』が『騎士爵』に命令するのは立場が違いますが、『騎士爵』が『公女』に礼を尽くすのは、常識です」
「でもシズ姉さまたちは、『騎士爵様』であり、私の『先生』であり、そして大切な『兄様』『姉様』です。そんな姉様たちに、『姫様』なんて他人行儀な呼び方、してほしくありません」
身分制度の在り方としては、あたしたちの振る舞いは間違っているとは思えない。けれど。
彼女は、ただの友人として、或いはもっと親しい〝家族〟として、あたしたちに接したいと言っている訳だ。なら。
「……公的な場では、『姫様』とお呼びします。
宜しいですね、アドリーヌ」
彼女の礼法の師としては、釘を刺さなきゃならないけれど、公私の別を使い分けられるのなら、あたしたちの方から一歩踏み込もう。
「――! はい! シズ先生」
◇◆◇ ◆◇◆
そしてアドリーヌが学校へ行っている間。
あたしたちは、侍女さんたちとこの春休みの話をした。
「姫様は、あたしたちの〔転移〕でモビレアまで連れて行きます。そして、それに貴女がたは同行出来ません。ご理解ください」
「わかっております。姫様のお留守をお守りするのも、我々の使命ですから」
「姫様の〔ポストボックス〕は、寮に置いていきます。でないと、戻ってくるときにまた大変な思いをすることになりますから。一日最低二回、中を確認してください。連絡は、それを通じて行います」
「かしこまりました」
「逆に言うと。それ以外の時間は、お二人は羽を伸ばしてくださって構いません。オンとオフを切り替えてこそ、しっかりお勤め出来るようになると思いますので」
「確かに、モビレアにいた頃もたまには休暇を戴いておりました。本国に戻る事が出来ないのは残念ですが、この休暇を堪能させていただきたいと思います」
「あとは、そうですね。
今日姫様がお持ちする通信簿。一番に、お二人が目を通してください」
「否、まずは領主様が――」
「お二人に対する連絡事項も、書かれているかもしれないからです。もしかしたら、この休みの間にその内容に対する準備も必要になるかもしれません。
そして、成績内容に関しては。良い成績の科目は、その場で褒めてあげてください。悪い成績の科目に関して叱るのは、あたしたちの役目ですが」
「かしこまりました」
そして、仕事関係の話はそこらで切り上げ、お茶を飲みながら雑談に移行したのだった。
(2,806文字:2019/01/29初稿 2019/11/30投稿予約 2020/01/01 03:00掲載 2020/01/19日数カウントを間違えていた為、設定一部修正)
・ 松村雫「だから何故ドイツ語と英語を混ぜる?」
髙月美奈「ドイツ語の響きはオタクっぽくって格好いいんだよ?」
雫「だったらドイツ語で統一すればいいんじゃないのか?」
武田雄二「混在させるのが通なんです」(キリッ!)




