第42話 魔力波動
第07節 英雄への一歩〔6/6〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
洞窟の奥にいた、魔豹の仔。
これを見た時、ボクはあることを考えました。
「うわぁ、可愛い!」
「美奈、遊びじゃないんだぞ?」
「うぅ、わかっているけど、でも――」
「……真面目な話、この仔らをここに放置する訳にはいかない。どっちにしても、親を殺してしまった以上、この仔らは、この先生きのこることは、不可能だろうしな」
確かに、この仔魔豹たちは、キノコる、じゃなくて生き残る為には誰かの保護を必要とします。そして、それは残念ながら髙月さんでは力不足でしょう。
「でもでも、殺しちゃうのはやっぱり可哀想だよ。なら、〝森〟に放してあげようよ。
あそこなら。……生き残れなくっても、やっぱり自然の掟だと思うから、仕方がないと諦められるんだよ?」
ここで殺すなり放置するなりしたら、ボクらが「見殺し」にした、という罪悪感から逃れられない、という訳ですか。〝森〟の中なら、姿が見えなくなっても、「もしかしたらどこかで生き延びているかもしれない」、と勝手な妄想に縋ることも出来る、と。
その、髙月さんのアイディアを聞いて。飯塚くんも他の皆も、そちらの方向に傾いていった時。
「もしよければ、この仔ら、ボクに預けてもらえませんか?」
考えていたことを、口にしました。
◇◆◇ ◆◇◆
「武田、どういう事だ? 飼育することなんか、出来ないぞ?」
「わかっています。どっちかって言うと、ボクの魔法研究の素材として動物実験に供したい、というのが本音です」
「動物実験? 何するつもりだ?」
それは、以前から進めていた研究の、実地試験です。
ボクが以前から進めていた研究。それは、「魔力の波動について」、でした。
そのきっかけは、シンディ妃殿下と初めてお会いした時に伺った、〔神鉄炉〕の魔法のことでした。
〔神鉄炉〕の魔法は、神聖鉄の魔力波長に合わせることで、ヒヒイロカネの不壊の属性を解除し、結果ヒヒイロカネを加工出来るようになる、と。
ボクは、その「魔力の波動パターン」こそが、〝属性〟の正体ではないかという仮説を立てていたんです。
けれど、それを測定する方法がなく、また記録する手段もありませんでした。だから、それを証明することも出来ません。が、「魔法を〝魔法〟として研究する」のであれば。客観性なんか、必要ありません。ただ再現可能性だけが求められるんです。
そして、魔力波動を観測する方法のヒントをくれたのは、髙月さんでした。
音響用の、〔泡〕。表面の空気の振動を、別の〔泡〕が同調して再現する。それが、あの魔法の原理です。なら、〔泡〕の表面の魔力波動を、増幅して再現することも、出来るんじゃないでしょうか?
けれど。
〔神鉄炉〕の魔法。これは、ヒヒイロカネの魔力波動に干渉する魔法です。なら、この魔法自体は直接波動を生み出す種類のものではない(受動的な魔法)でしょう。
魔石。これは、魔力波を発する(能動的)でしょうけれど、常に発している訳ではありません。魔力を励起して、初めてアクティブとなります。
〔契約魔法〕。常時魔力が励起され、アクティブとなっています。けれど、それは術者の内面に向かい、外部からその波動を測定出来るとは思えません。
これらのことから、一時は研究が止まってしまいました。けれど、ある時、ひとつのブレイクスルーがあったんです。
それは、〝イェン紙幣〟。その、真贋鑑定に使われる、呪文でした。
おそらくインクとして使われている、魔石の魔力を励起する始動キーが、その呪文でしょう。一方で、誰が唱えても紋章を発動するということは、呪文自体に意味はなく、魔石側がそれに呼応してアクティブになる、っていう事。
なら、その時の魔力波動の測定が出来れば。
その実験は、言うまでもなくSAN値を削るような内容でしたが、充分な成果はありました。
魔力波動の観測に成功し、次いで自分の魔力の波動を特定の波長に合わせて調整することが、出来るようになったのです。だからボクは、〔神鉄炉〕の魔法も我流ながら再現出来るようになっています。
そして、現在の研究テーマは、〔魔物使役〕。
仮説としては、使役者の魔力波動を従魔のそれと同調させ、従魔側の意思をジャミングするモノ、だと思います。従魔は、だから使役者の思考を、自分の考えだと誤認してしまい、それに従って行動するようになる、と。
この考えが正しければ、何故これまで〔魔物使役〕の魔法が存在せず、けれど今になってそれが出現したのか、その答えになります。
人間は、魔石を持ちません。そして、〝固有の魔力波動〟というものが存在しません。否、存在するのかもしれませんが、意思や感情でいくらでも波動が変化する以上、それを見出すことに意味がないのかもしれません。
固有の波動を持つ、魔石。それを体内に持つ、魔物。ゴブリンが、自分の魔石の固有波動を基準に、相手の魔石の固有波動に干渉する。それが、〔魔物使役〕の正体。
これが正しいのであれば。従魔とされている魔物の、固有魔力波動を検出し、その波動で使役者の魔力波動を上書きすれば、〔使役〕状態から脱する事が出来るはずなのです。そこまで行かなくとも、使役者の魔力波動に干渉をする事が出来れば、従魔は命令を受け付けられなくなる、という事です。
ジョージ四世派の高位魔術師が、魔物を使役している以上。その仕組みを読み解き対処法を研究することは、決して無意味とは言えないでしょう。
その為に。ボクは研究中の魔法〔魔物支配〕を、この仔魔豹たちに対して使いたいのです。
成功すれば、ちゃんとペットとして飼うことも出来ましょう。失敗したら、諦めても損はありません。
◇◆◇ ◆◇◆
説明し、理解を得ました。そして、この仔魔豹たちはボクの保護下に入りました。
ちゃんとペットとして、改めて皆に紹介出来るようになるか、それとも諦めて〝森〟に放つことになるのか。それは現時点ではわかりませんが。
でも、ボレアスくんを羨ましがり、この仔らをモフリたがっている髙月さんの為にも。頑張って魔法を完成させましょう。
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彼らが、ゲマインテイル渓谷に監視所を作ってからおおよそ一ヶ月後。
大陸の西、マキア港には、騎士王国からの兵士たちが到着しようとしていた。
けれど、マキア王国は彼らの入港・上陸を拒絶。そしてはるばる海を渡ってきたその船――巨船ながらもたった一隻だった――を沈める為に、軍艦並びに武装商船を出撃させた。
世に謂う、第二次マキア沖海戦。或いは、
騎士王国の軍旗を掲げた帆のない軍艦が衝角戦で、しかもたった一隻でマキア艦隊を全滅させた、『海上騎乗突撃事件』であった。
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(2,672文字:第七章完:2019/01/27初稿 2019/10/31投稿予約 2019/12/30 03:00掲載 2019/12/30後書蘊蓄修正)
・ 平成31年1月、野生の仔熊をペットにしようとしていたロシア人男性とその飼い犬が、骨だけになって発見されたという事件がありました。野生動物(それも猛獣・野獣の類)は、子供であっても危険であることには変わりありません。一方で、子供の頃から飼育されていたライオンを野生に返した一年後、様子を見に行ったら、元飼い主にじゃれついてきた、なんていうエピソードもありますから、動物好きは夢を見てしまうのかもしれませんが。
・ 「この先生きのこる」は、所謂「ぎなた読み」ネタ(「弁慶が、なぎなたを持って」⇒「弁慶がな、ぎなたを持って」)で、2002年のネット掲示板が原典と言われています。また、小説家・奈須きのこ氏の持ちネタとも。
・ 〔泡〕が伝達・増幅する魔力波動(振動)を、微弱であっても物理振動に変換出来れば。物理的にそれを測定出来るでしょう。そうすれば、機械的に測定出来るようになる訳ですから、科学的に分析することが出来るようになるかも。
・ 魔石動力・プロペラスクリューの全通甲板鉄甲艦 vs. 木造帆船。帆船側にとって最大の攻撃力を誇る、投石機でさえ掠り傷一つ付けられず、弩や火矢では賑やかしにもならないことを考えると、衝角戦が一番効率的。何しろ数十倍の質量を持つ鉄甲艦が、数倍の推力で風下から突撃してくるのですから。
・ 邪女神「雄二は、確かに御屋形様の弟子じゃの」
魔王「……何のことだ?」
邪女神「あ奴は、遠からず〝全ての魔導を極めし者〟呼ばれるようになろう。魔法に関する理解は、既に御屋形様を超えておる」
魔王「そう、か」
邪女神「嬉しそうじゃの?」
魔王「当然だろう? 弟子が師匠を超える。師匠冥利に尽きるじゃないか」




