第40話 先住者
第07節 英雄への一歩〔4/6〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
飯塚は苦労して登ってすぐ下りてきたけれど、あたしらは〔倉庫〕経由で転移したから一瞬だった。そのついでに色々話をして。
だから逆に、緊張感に欠けていた。
だから、それに気付いたのは、単に偶然。運が良かっただけだった。
「! 〝0〟!」
峠から、更に崖を登って、山の中腹にある平坦な場所。
その奥にある洞窟の中から、白い影があたしたちに襲い掛かってきた。
「な、何が起こったんだ?」
「何かあったんですか?」
「え? え? え?」
事態が把握出来ていない連中も。
「あれは、動物?」
「ネコ科の、豹、か?」
「肩のあたり。鎧のような光沢が見えました。魔獣でしょうか? 皮膚の硬質化、という事ですか?」
その一瞬、運よくその姿を捉えられた者も。
取り敢えず、〔倉庫〕内で、改めて情報交換することになった。
「美奈たちと、豹?」
何故「&」だけドイツ語だ?
「鎧を着込んだ豹の魔獣。〝アーマード・パンサー〟、否、〝装甲魔豹〟、か?」
だから何故ドイツ語?
「パンツを穿いているようには見えませんでしたね。という事は――」
だから! 韻を踏む必要ないだろうが!!!
「お前らが共通理解出来ている、てことは、何かのオタネタだと思うけど。今はそんなこと論じている場合か?」
少しはTPOを弁えろ!
って言いたいところだけど、逆に言うと、それが〔倉庫〕の戦術的優位性でもあるんだ。
本来、こういった奇襲では、何が起こったのかさえ理解出来ずに、連携を取る間もなく崩されていき、態勢を整える前に戦闘継続不可能なほどに被害が蓄積する。
けど、あたしらの場合。
六人の内、誰か一人でも事態を把握出来れば、外界時間で一瞬未満のうちに情報を共有出来、戦術を考案し、態勢を整えて迎撃出来る。その最中にジョークや戯言を飛ばして緊張を解し、必要なら食事や休憩を取って、精神的にも肉体的にも最良と言えるまでパフォーマンスを整えてから行動に移れる。
今だって、そうだ。柏木と、ソニアと、美奈は、その魔豹の姿を見ておらず、何故〝0〟のコールがかかったのか理解していなかった。
にもかかわらず、美奈はもうそれに関連したネタを飛ばせるほどに、リラックス出来ている。柏木とソニアも、パニックを起こしかけていたはずなのに、この状況でオタネタを飛ばし合える飯塚たちに苦笑している。完全に平常通りだ。
「ともかく。ネコ科の大型獣と、山の中で戦う。それだけで本来は、自殺行為だな」
「そうだな。兵法三十六計の第十五計にも、『調虎離山の計』って言うのがあって、要するに『敵にとって有利な場所で戦うな。自分に有利な、少なくとも対等に戦える場所まで敵を誘引してから戦え』っていう戦略論なんだけど、そもそもの字面の意味は、『虎と山で戦っても勝てるはずはない。戦いたいのなら山から引きずり出した後に考えろ』ってことなんだ。それだけ、勝ち目のない戦いってことになる」
「その上、雪が積もって足場は悪く、更に一歩足を踏み出したら崖の下。対して魔豹にとっては、岩壁や洞窟の壁、そして天井も使えて三次元戦闘が可能。普通に考えたら勝ち目はありません」
あたしの問題提起に、飯塚と雄二。すぐに戦闘モードに入れるってことは、意識しての戯言、だったという事か。
「ソニア。箒の穂先に、薙刀のようなものはあるか?」
「はい、あります。その他にも、両刃の穂先も」
「なら片刃の穂先は松村さん、両刃はソニアが使え。柄は無しで、ナイフとして。長柄武器じゃぁ、パンツァー・パンサーには勝ち目がないからな」
ジョークはジョークとして、コードネームはそれに決定、か。
「柏木は、武田の微塵」
「豹のスピードを想像すると、投げても当たるとは思えないが」
「投げるんじゃない。連接棍として近接戦で使用しろ。
事実上、相打ち覚悟の近接戦しか、勝ち目はないだろう」
飯塚の判断に、おそらく間違いはない。
「そして、ネコ科の獣は、真直ぐ最弱の部位を狙う。
身体では、喉笛。集団では、最弱個体。
だから、俺がどうヘイトを取ろうと、PPは美奈を狙ってくる」
遂に自分で付けたコードネームさえ、省略するか。
「だから美奈は、レニガードで首を中心にガード。それ以外の場所は、狙われても無視しろ。噛み付かれたら、〔倉庫〕で治療すればいい」
「そう言えば、爺さんが言っていました。ネコ科の動物は、その牙の構造上、ただ噛み付かれただけだとその傷は大したことがないって。だけどそこから逃れようと引っ張ったりすると、傷が広がるんだって。だからネコ科の動物は、噛みついてから自分の首ごと引っ張って、その傷口を引き裂くんだって。
昔のアニメ映画で、ヒロインが小動物に噛まれた時。特に抵抗もせず、逃げもせず、『怖くない、怖くない』ってやったじゃないですか。あれ、実は正しい対処法なんだそうです。
爺さんも、ノラ猫に腕を噛まれた時、ノラ猫の頭の後ろを抑えて、腕をノラ猫の喉奥に押し込んでやったら、ノラ猫は自分から口を離したそうです」
「……あの人の、前世でも変わらない変態エピソードは、今はどうでもいい。実際、PP相手にそんな対処が出来るとは思えないからな。
だけど、今の武田の言葉は。首以外は噛み付かれても、むしろ避けようと思わなければ傷口が広がらない、ってことになる。
美奈、怖いだろうけれど、頑張ってくれ」
「うん、わかったよ。興奮している大きなネコさんだと思えばいいんだね?」
……間違っちゃいないけど、何かどこかが大きく間違っているような気もするが、気の所為だろうか?
「あと、武田。PPの動きが止まったら、その鼻先目がけて極小の〔クローリン・バブル〕を撃ち込んでやれ。
万一美奈や俺たちがそれで塩素ガスを吸い込んじゃったとしても、〔倉庫〕で〔病理魔法〕を掛ければ何とでもなる。原因が明らかな中毒なら、治療も簡単だしな。
まともにやったら、絶対勝ち目がない戦況で、絶対勝ち目がない相手だ。
多少の被害、多少の誤射は気にするな」
「……了解しました」
飯塚の、思い切った作戦。だけど、この場では、おそらく最良。
「だけど飯塚。お前の武器は?」
あたしとソニアは、箒の穂先。柏木は微塵。雄二は〔クローリン・バブル〕。美奈はレニガード。
だけど飯塚だけ、武具の指定がない。
「俺は、『バルディッシュ』の〝とんでもアタッチメント〟特集。砲弾と、傘刃。
豹の毛皮って言えば、高級素材だけど。そんな贅沢言っていられないからな」
柏木の、工具用ボディにまず砲弾型アタッチメントを装着し。
「それの反動、莫迦にならないぜ?」
「想像がついている。反動軸線に対して均等に保持し、鎧の上で押さえておけば。
まぁ肋骨折る程度で済むはずだ」
半ば自爆攻撃だけど、すぐ治療が出来る、あたしららしいやり方かもしれない。
「では、行くぞ!」
(2,726文字:2019/01/26初稿 2019/10/31投稿予約 2019/12/26 03:00掲載予定)
【注:PPに纏わるオタネタは、全て〔ひびき遊原作アニメ『ガールズ&パンツァー』〕関係です。
「昔のアニメ映画で(以下略)」は、〔宮崎駿監督アニメ映画『風の谷のナウシカ』〕のワンシーンのことです】
・ 武田雄二「ノーパンツ・パンツァー・パンサー」(ボソッ)
髙月美奈「武田くん、さすがに盛り過ぎ」
・ 「爺さんも、ノラ猫に腕を噛まれた時、ノラ猫の頭の後ろを抑えて、腕をノラ猫の喉奥に押し込んでやったら、ノラ猫は自分から口を離したそうです」。実はこれ、筆者のエピソード。その時の、そのノラ猫は。筆者の膝の上にいて、口を離した後も変わらず膝の上から降りませんでした。ちなみに「ノラ猫に噛まれたら、細菌に感染する」と謂われますが、この対処法の場合はそちらの心配も(ほぼ)無用。実際、ネコの場合〝ただ噛んだだけ〟では皮膚を貫通する力はないんです。ネコ科の大型獣の顎の力は、皮膚どころか骨を粉砕する力があるでしょうけれど。
・ (前話後書より):
スイザリア武官貴族「仔猫よりか弱き敵兵相手に、再起不能なレベルで敗北全滅潰走してご覧に入れましょう!」
ゲマインテイルの魔豹「いいの? 全滅させていいの?」(尻尾ふりふり)




