第39話 英雄の条件
第07節 英雄への一歩〔3/6〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
「それにしても、敵を撃退して怒られるってのも、どっか納得がいかねぇよな」
柏木くんが、先日のスイザリアの将軍さんたちとの会議のことを思い出して、愚痴っています。うん、美奈もそう思う。味方を守れたんだから、褒めてくれてもいいのに。
「その辺りは、完全に〝バトルロイヤルの論理〟ですね。
強敵を倒すまでは、味方には強くあってほしい。そうすれば、自分の身は危険に曝されないで済むから。
だけど強敵を倒した時には、充分に疲弊し弱体化していてほしい。そうすれば、労なくしてさっきまでの味方に勝てるから。
その意味で、ロージスにもリングダッドにも、出来ればドレイクにも。スイザリアにとっては一定の被害が生じてくれた方が有り難かったんです。
ボクらは、〝昨日の敵は、今日の友〟と考えます。けれど、
政治の舞台では、〝今日の友は、明日の敵〟と考えなければならないんです。
『同盟』と言葉では言っていても、その実態は『自分にとっての盾』であってほしいから。用が済んだら捨てても損にならないくらい、被害を受けていれば言うこと無いんです」
まだまだ使える〝盾〟なら、次もまた使おうと思ってしまうけど、その〝次〟の機会には〝盾〟だと思っていた同盟者が敵に回ることもある。だけど、捨てても惜しくないほどボロボロになった〝盾〟なら、仮令敵対されても脅威にならない。ってこと?
「『狡兔死走狗烹』という言葉があります。中国の『史記』という書物に出てくる言葉で、『優秀な将軍は、敵がいなくなれば用済みになり、(謀叛を予防する為に)処分される』と言ったような意味になります。漢の高祖・劉邦が、宿敵たる楚王・項羽を降し漢の国を興した後、同盟者にして臣下であった斉王・韓信を謀殺したとき、韓信はこの言葉を劉邦に投げたと謂われます。
二重王国は、セレーネ姫を担いでいます。けど、これはある意味セレーネ姫が教皇位に就いても、二重王国の脅威になるとは思われていないから、という事情もあるんです。ジョージ四世という〝狡兔〟を追い詰めるのには必要な〝走狗〟でありながら、ジョージ四世を排除した後も煮る必要がない程度に無能な猟犬、と認識されているという事ですね。
一方ボクらは、現在四つの国から爵位を与えられており、それらの国々とは敵対しないことを、事実上の反対給付として求められています。が、同時にスイザリア国内貴族の勢力図を考えると。
他国でも爵位があるという事は、容易にスイザリアを捨てられるという事です。ましてや飯塚くんは、ドレイクの王太子殿下(笑)でもあらせられますから。それをスイザリアで権勢を誇る為に利用すると、現在某伯爵様の下に嫁いでいる王女殿下(王太子殿下の姉上・御年34歳)を無理矢理離縁させて自分の正妻に据え、公爵位を賜った挙句現王陛下並びに王太子殿下を謀殺し、スイザリアとドレイク両国の王を兼ねる、なんてことを飯塚くんが目論まないとは断言出来ないのです」
「……いや、無理だろ? そもそも俺は、ドレイクの王になるつもりも――」
「飯塚くん自身がどう思うかとか、何と発言しているかなんて、彼らにはどうでもいいことです。男子として生まれたからには、より上を目指すのは当然ですし、一国の王位に手が届くのなら、別の国の王位も欲しくなるものですし、最終的には世界を統べることを求めるものなのです。それが貴族の常識ですし、それ以外の考えを持つ人間がいることなど、想像することも出来ないんです。
だから、飯塚くんの失敗――戦争全体から見た、ではなく、あくまで彼らの論理に於ける、ですけれど――は、針小棒大に取り沙汰され、けれど責任を伴う権限は留保されたまま、責めと罰だけは降りかかってくるように誘導するんでしょうね」
武田くんの分析。確かに、こういう時に、〝気持ちを束ねて〟なんて言っていられるのは、一昔前のアニメの中だけ。最近じゃぁラノベの中でも平然と味方同士で足の引っ張り合いをするもんね。
だけど、この分析に、柏木くんがツッコミを入れます。
「権限は留保されたまま、か?」
「そうです。立場的にも因縁的にも能力的にも、この大連合を成立させ、この戦争を指揮出来るのは、飯塚くんだけです。飯塚くんを引き摺り下ろすという事は、この戦争に勝ち抜けなくなるという事になります。
戦争それ自体が劣勢であれば、飯塚くんとセレーネ姫をジョージ四世に売って自分の地位を買おうとする貴族は必ず出て来るでしょうけれど、今はまだ戦争自体が始まったばかりですし、いみじくも飯塚くんの、というかボクらの、大規模戦闘能力を『ロージス一夜戦争』で披露してしまいましたから。
彼らが今最も恐れていることは、飯塚くんがこの戦争の後、善神の代理人として、セレーネ姫と結婚して、世界を差配することでしょうね。セレーネ姫の聖性と、此度の戦争を終わらせた飯塚くんの武勲が合体したら、貴族たちにとっては脅威という言葉では収まらなくなりますから」
「だとすると、場合によってはそれこそスイザリア王家を生贄に捧げてでも、飯塚をスイザリアに縛り付けた上で、自分たちが飯塚に対して優位に立てるカードを保持することを考えている訳か」
「雫の言う通りです。『王を傀儡とする佞臣』なんて珍しいものでもないでしょうし、頂点に至れないのならそれを目指すのは、現代日本の黒幕を気取る自称経済人と同じでしょうから。
飯塚くんが、そしてボクらが『四つの国から爵位を』というのは、それぞれの国の王家にとって、ボクらが離反することのないようにという〝錨〟の意味があります。けれど、それぞれの国の貴族にとっては、嫉妬の根拠にしかなりません。
だからこそ、今回のような、『失敗じゃないから罰を与えるには至らないけれど、それでもイヤミを言うチャンス』を、彼らは逃さないのでしょうね」
……なんか、化粧室内での女子高生の方がまだマシってくらい、陰湿なことを考えているってことだよね? 権力を使ってやることがイヤミを言う事だ、なんて。
「でも、だからこそ、なんでしょうね。
昔、モビレアのマスター・マティアスが言っていたじゃないですか。
『複数の国家の上に立ち、それぞれの国家の政略を超えた判断をし、敵味方の別なく民衆を導く。それが出来る者のことを、人は〝英雄〟と呼ぶ』、と。
そんな、政略も、権力闘争も、全て超えた上で、正しい道を選ぶ。
それが、今の飯塚くんに。そしてそれを支えるボクらに求められていること、なのかもしれませんね」
さすがにハードルが高過ぎるけど。
でも確かに、それは美奈たちの理想でもあるんだから。
(2,672文字:2019/01/26初稿 2019/10/31投稿予約 2019/12/24 03:00掲載予定)
【注:『狡兔死走狗烹』は、正しくは「蜚鳥盡、良弓藏、狡兔死、走狗烹」で、文章の意味は「鳥を捕り尽したら、良い弓は蔵に仕舞われ、手強い兎を狩れたなら、良く走る猟犬は煮て喰われる」です。なお『史記』(前漢時代に司馬遷により編集された歴史書。特に楚漢戦争時代の記述が充実している)に於いてこれは引用されたものであり、原典は『韓非子』(戦国時代から秦朝成立期に韓非によって著された書物)の「内儲説下」です】
・ 武官貴族「ア=エトよ。ローズヴェルトを瞬殺するとは、一体何を考えていたのかね?」
ア=エト「勝てる戦い、勝てる敵を相手に敗走するには、自分の指揮能力は未熟過ぎました。宜しかったら次なる機会は、将軍閣下に用兵の手本をお見せ戴きたいと存じます」
武官貴族「宜しい。国王陛下、次はワタクシめに出撃の命令を戴きたい。
このワタクシが指揮するならば、スイザリア屈指の精鋭一個師団を率いて、
仔猫よりか弱き敵兵相手に、再起不能なレベルで敗北全滅潰走してご覧に入れましょう!」
国王陛下「頼むからヤメテ。」
・ そもそもア=エトを連合軍総司令としようとしたのは、他の将軍だと、自軍を温存する為に他国軍を囮なり犠牲なりにする可能性を払拭出来ないから。それを警戒して、有機的連動が不可能になるから、です。なら他国民を守る為に全力を尽くす、彼の決断は、正しく連合軍総司令に相応しい行い、のはずです。




