第38話 次なる戦場は
第07節 英雄への一歩〔2/6〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
『ロージス一夜戦争』。
戦略的には、この上なく成功と言える。
たった一度の戦闘で、民間人に一人の犠牲者も出さずに侵略軍部隊を壊滅させた。それも、迎撃に向かった天空騎士団だけでは不可能な戦果でありながら、では? という疑問に答えがない。その答えは秘することが出来た。
その時点で、ローズヴェルトがロージスルートで侵攻することは、事実上不可能になった。ローズヴェルト側からロージスを侵攻しようとしたら、そのルートが限られる以上、何度やってもどれだけの兵力を投入しても、同じ結果になることが素人目にも予想出来てしまうからだ。
けれど政略的には、失敗だった。
ローズヴェルトの侵攻は、はじめから想定されていた。
ロージス侵攻を口実にして、ジョージ四世が二重王国に出兵し、
それを名分としてセレーネ派がアザリア教国に攻め上る。
それが、事前に想定していた今回の戦争の展開だった。
にもかかわらず。
「近隣諸国はおろか、当事国でさえ数日の間を置かなければ事態を把握出来ないレベルで瞬殺しておいて、どうやって離隔国であるアザリアが、その戦争を口実に出来るのか?」
スイザリアの武官貴族である将軍の言葉。まさしくその通りだ。
「そして、スイザリアのア=エトが介入していることがローズヴェルトに伝わってしまっている。なら、それこそがローズヴェルトがスイザリアとの間で戦端を開く口実になろう。『先に手を出したのはスイザリアだ』とな。予防進軍の口実を、与えてしまったんだ。
ローズヴェルトが、だがどこから攻めてくる? ゲマインテイルか? ハティスか? それともマキアか?
最も可能性の高いロージスルートが、貴官によって潰されてしまった以上、次の手を予測するのは困難になっている。どうしてくれるのだね?」
おまけに。此度の一件の戦果が圧倒的だった所為で、逆にローズヴェルトの本隊がほとんど無傷で保存されている。つまり全体的に見ると、ローズヴェルトのダメージは軽微、と言わざるを得ないのだ。
また、ドレイクの有翼騎士団は、ローズヴェルト各都市から引き揚げた。つまりローズヴェルト側の情報は、各国の密偵の情報に頼らざるを得なくなっている、という事であり、当然情報の伝達速度と精度は低下する。
付け加えるなら。ロージスルートでローズヴェルトが侵攻していたら。当面の戦場はリングダッドになる。つまり、スイザリアは戦禍を免れるという事だ。が、それ以外の地域からの侵攻となれば、スイザリア国民並びに国土に、一定の損害が生じることを覚悟しなければならない。
「当面は、ゲマインテイルにヤマを張ります。ハティス方面にはカラン王国が、マキア方面にはマキア王国がある以上、第一撃を受けてから対処をしても間に合うと思われます。が、ゲマインテイル地方は、抜かれたら後は二重王国両王都まで、障害がありません。そしてリングダッドのバロー男爵は、ローズヴェルトに寝返る可能性も否定出来ない以上、あの地が最も危険だと断ずることが出来ます」
「バロー男爵が寝返る。その根拠は?」
「ドレイクから、有翼獅子の調教法を持参して離反した有翼騎士がいました。そのメイドが潜伏した土地が、バロー男爵領でした。男爵は、グリフォンの調教法をそのメイドから学んでいたようです。
とはいえそのメイドは既に逮捕され、その後男爵領に残った資料だけで、グリフォンの調教が可能かどうかは不明です。
しかし問題になるのは、この事実を、バロー男爵はリングダッド王家に報告していない、という点です。
また、ゲマインテイル地方の特異性を考えると、ローズヴェルト側と一定の情報交換をしていることもまた想像出来ます。
この、『王家にも秘密を持つ』という事と、『ローズヴェルトとも情報交換をしている』という事。
この二点から、バロー男爵はローズヴェルトに心情的親近感を持っている、と想像出来ます」
「成程、その通りだ。
では、その情報をリングダッド王家に通達し、ゲマインテイルからのローズヴェルト侵攻を未然に防ぐか? そしてまた、スイザリアが直接戦禍に呑まれる可能性を高めるか?」
「否。リングダッド王家には通達すべきでしょう。が、これを以て、バロー男爵の、リングダッド王家に対する忠誠心を験すべきです。
具体的には。ゲマインテイル方面からローズヴェルトの侵攻があった場合、バロー男爵領軍単独でその第一撃を受け止めてもらいます。その際、領内で調教中のグリフォンを戦力に組み入れるというのなら、それも良いでしょう。また、力足りずリングダッド本軍に援軍を求めるのも構わないでしょう。
けれど、戦わずローズヴェルトに与することになれば、それを想定して陣を布くスイザリア軍並びにリングダッド軍が、バロー男爵領軍諸共に、ローズヴェルト軍を撃破しましょう」
「……次の戦いに於いては、アザリア教国が侵攻の口実に出来る程度の遅滞戦術を期待しよう」
「そう考えると、実際にバロー男爵が寝返っていてくれると良心が咎めずに済みますね。男爵領内で遅滞戦闘を行えますから」
◇◆◇ ◆◇◆
自分で始めた戦争ながら。
「民間人を守った」ことを責められる、戦争というモノの悪弊に吐き気がする。
確かに、ジョージ四世軍が進軍を開始しないと、セレーネ軍が行動する名分が立たない。そしてジョージ四世にとっては、〝現教皇〟という肩書がある分、世論戦はセレーネ姫に対し有利に展開出来るのだから。
だから、ジョージ四世軍が蠢動を始めるまで、ローズヴェルトによる侵略行為を、完全に撃退すべきではないという事なのだ。
もっとも、スイザリアやリングダッド、ドレイクなどは今回の戦争の当事国だが、ロージス領はそうじゃない。ただの〝通路〟だし、ローズヴェルトにとってはただの口実だ。なら、「俺の戦争」に彼らを巻き込むのは、俺の矜持が許さない。
……それが、自分のしたことに対する正当化作業でしかないことはわかっていても、そう思わずにはいられなかった。
◇◆◇ ◆◇◆
ゲマインテイル渓谷は、グリフォンの飛行限界高度より標高が高い。それを利用して、俺たちはテレッサ率いるドレイク有翼騎士団を誘引撃破することが出来た。
だけど今回は、それが裏目に出る。ソニアをはじめとするメイドたちの、上空監視が通用しないという事だから。
また、『ロージス一夜戦争』で陰の主役となった、武田の〔クローリン・バブル〕。けれど塩素ガスが空気より比重が重い以上、高標高地帯では、味方にまで被害が出る恐れがあり危険だ。
だから。
「……俺は、ロッククライミングの経験はないんだがな」
渓谷の、峠に当たる場所。そこから更に、上を目指して登る。せめて、この渓谷の全貌を視認出来るくらいの標高の場所まで。そして、そこで雨風凌げる場所を確保して、そこにマーカーダガーを打ち込む。これにより、俺たちはいつでもこの場所に〔転移〕出来る訳だ。
現状の俺たちの〔転移〕は、五人全員で行わなければならない。だから、ダガーを打ち込んで、もう一度崖を下る。そして改めて、全員で〔転移〕。
「うわ。寒」
ここが、次の戦いの監視所になる訳だ。
(2,871文字:2019/01/25初稿 2019/10/31投稿予約 2019/12/22 03:00掲載予定)
【注:「予防進軍」(予防的先制攻撃)については、前作『転生者は魔法学者!?(n7789da)』第八章第13話(第333部分)の本文並びに後書を参照してください】
・ 飯塚翔くんは、手持ちのカラビナとパラコードベルトを解いた紐を使って岸壁登攀を行っています。が、「文房具」「アクセサリー」としてのカラビナを登山に使用してはなりません。生命を託する程の強度は、そのカラビナは保証されていないのですから。またパラコードを登山用のザイルに使ってはいけないという事は、第三章第21話後書の通りです。翔くんは、万一の時には髙月美奈さんの〔泡〕が守ってくれるから、そう信じられるから、これらを使った。それだけなんです。




