第37話 夜が明けて
第07節 英雄への一歩〔1/6〕
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リーフ天空騎士団は、ただ一回のみの奇襲で終わらせるつもりはなかった。この一晩で、三度の攻撃を予定していた。
けれど、一度目の攻撃を完了し、自軍の被害を確認し、態勢を整え、再度攻撃を、というタイミングで。
敵の野営地が、炎上していることを、知ったのだった。
光の尾を曳き飛来する、大きな火矢。それは、野営地の上空で分裂し、幾多の火の雨となって野営地に降り注いでいた。
そして、ローズヴェルト軍がその火矢の射点を特定して、そこに向けて進撃すると。
攻撃は止み、けれど別の場所から再び攻撃が始まった。
「火中のドングリを拾う」という言葉はあるが、今あの野営地に突撃するというのは、文字通り火の中に飛び込むこと。戦術的に、何の意味もない。だから、その様子を見ていることしか出来なかった。
そして、その砲撃は、夜を徹して行われた。一晩中火の雨に曝された、ローズヴェルトの兵士たちは。夜明けには、最早ただの落ち武者の群れと化していたのであった。
それを見ていたリーフのサイラ王妹殿下は。スイザリアの〝ア=エト〟の戦術能力、対軍戦闘能力を、再評価する必要に駆られたのであった。
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
この期に及んで、人を殺したくないだなんて戯言を言うつもりはありません。というか、〔クローリン・バブル〕を開発した結果、ボクの殺人数は既に飯塚くんの10倍以上になっているはずだからです。
でも、だからこそ。可能な限り、〝効率的に〟敵を殺したい。『殺一儆百』という言葉もありますが、この戦場で発生する死者が、他の戦場での無謀な突撃を抑止出来るのなら。ボクはこの地で、ただ無機質に、積み上げる死者の数を、数えることにしたんです。
射点を特定されること自体は、実は警戒する必要がありませんでした。何故なら、敵は、こんなところに要塞が存在していることを、想定していないでしょうから。
その一方で、ドレッドノートは、対地・対人攻撃を、現状考慮していません。だから、地面に〔クローリン・バブル〕を敷き詰めました。この暗さでは、塩素ガスの色は識別不可能でしょうから、射点に辿り着いた敵兵は、何故自分たちが死ぬのかも理解せずに、もだえ苦しみ死んでいったのです。
それに罪悪感を覚えること自体、最早自己慰撫でしかありません。そんな自己憐憫に浸る暇があるのなら、『この戦場の死者』ではなく、『この戦争の死者』を減らす為に、残酷にして原因不明の死を演出しなければなりません。
また、リーフの天空騎士団。夜間飛行と夜間索敵に慣れている、天空騎士。その助勢があれば、此度の戦争は、かなり有利に進められます。ええ、行軍中の敵の野営地を捕捉出来るのなら、今回のようにボクらは一方的に敵を鏖殺出来るのですから。
けれど残念なことに、彼女らに参戦を求めるだけの手札がありません。なら、実際のカナリア公国がどう動くかわからない以上、ロージスの守りを任せるべきなのかもしれません。
◆◇◆ ◇◆◇
「号外! 号外!!
ローズヴェルトとロージス、ついに激突!!!
と思ったら戦争が終わっていたよ?
何を言っているのかわからねーと思うけど、本紙記者も何が起こったのかわからなかったんだ! 頭がどうにかなりそうだったんだ。
電撃戦とか速攻とか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ!
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったんだよ。
詳細は本紙を参照してくれ!」
ドレイク王国ネオハティスの町で。スイザリア王国モビレア公女アドリーヌは、困惑していた。
町で新聞が売られ、平民でも政治や軍事の情報を気軽に入手出来る。
そんなこの町の異常性には今更慣れたけど。今日の号外売りの口上は、聞いていて意味が解らなかった。
ローズヴェルトによる、ロージス侵攻。
これは、既に想定されていた軍事行動だった。〝ショウ兄さま〟たちが中心となり戦う事となる、アザリアの内戦に、ローズヴェルトが介入する。その為の第一手として、有力視されていた戦場が、ロージス領だったのだから。
にもかかわらず、始まった時には終わっていた? 言葉の時節からしてあり得ないでしょう?
そう思い、号外を手に入れてその記事に目を通した。
ローズヴェルトの軍使が、ロージス伯爵領に宣戦を布告した。
その軍使が、領主館を出る前に、リーフ王国が急襲し、ロージス領を占領した。
そしてリーフ天空騎士団が即座に出撃し、軍使がローズヴェルトの野営地に帰還した時には、もうローズヴェルト軍が壊滅していた。
時系列的には確かに、ローズヴェルトの軍使が宣戦布告したことで戦争が始まっていた。
けれど、その軍使が宣戦布告を終えて野営地に戻って来た時には、戦争が終わっていた、という事だ。
確かに、これを読んだ人々は、頭を抱えたくなるだろう。けれど。
アドリーヌには、こういった異常事態に耐性があった。そんなことをしでかしそうな人たちに、心当たりがあったのだ。
「アドルフ陛下も、似たような特異性があると聞きましたけど。
……ショウ兄さまは、本当に陛下の実子ではないのでしょうか?」
アドリーヌにとって、伝聞でしかない「アドルフ王の特異性」より、〔契約〕してまで守秘を義務付けられた、「彼らの特異性」の方が、リアリティがあった。
そしてアドリーヌが登校すると。学校ではやはり、その話題一色だった。
ドレイク王国もアプアラ王国(ロージス領)もローズヴェルト王国も、もとはフェルマール王国。アドリーヌたちの世代ではもう関係ないのかもしれないが、親世代ではそれは他人事ではなく。そしてリーフ天空騎士団のサイラ王妹殿下は、この学校の卒業生。となると、それこそ「親戚同士の喧嘩」みたいな雰囲気になっていたのだ。
それでも。質・量ともに豊富な情報公開が、生徒たちにも正確な事情を認識させていた。勿論誤解や曲解で偏った分析をする生徒もいない訳ではなかったし、新聞自体も親ローズヴェルト的な記事を書く新聞社、反リーフ的な記事を書く新聞社などもあり、どの新聞社の記事を読んだのかで印象は大きく変わってもいたけれど。それでも、概ね公平な評価がなされていた。
もっとも、だからこそ。「天空騎士団だけでは、一夜でローズヴェルトを壊滅させることは不可能」「そこに別のファクターがあったに違いない」「でもそれは一体?」と、そちらの方の推理で盛り上がっていたようだが。
「ねえドリー。貴女はどう思う?」
「私は、よくわかりません」
……そう、答えるしかなかった。〝誓約の首輪〟を弄りながら。
〝ショウ兄さま〟のことは、まだほとんど知られていない。ア=エトの事を知っている人も、カケル=リンドブルム子爵の事を知っている人も、アドリーヌほど彼らの事を知りはしないのだから。
だから、アドリーヌは。
ちょっとした優越感に浸りながら、クラスメイトの話を聞いていたのであった。
(2,749文字:2019/01/24初稿 2019/10/31投稿予約 2019/12/20 03:00掲載予定)
・ 『殺一儆百』:「一人を殺して百人に警告する」。「一罰百戒」とほぼ同じ意味です。一説によると、平成11年に東京都世田谷区の某グラウンドで某ラノベ主人公がラグビーの試合で(「二子玉川の悪夢」と呼ばれたとか)、平成30年に東京都調布市のアミノバイタルフィールドで■本大学アメフト部がアメフトの試合で、それぞれこれを目的とした暴力行為を行っていたと謂われています。
・ 多分。ネオハティスの号外売り。その名前は「ポ○ナレフ」さんというのではないでしょうか。
・ ドレイク王国の通貨「YEN」。二十年前の建国時は、全ての通貨が紙幣でしたが、現在は利便性を考えて、小額通貨は硬貨となっています。ちなみに、「1 YEN硬貨」を500枚揃えて呪文を唱えると、紋章が浮かび上がります。「合計500 YEN」が紋章を浮かび上がらせる最小単位金額で、100 YEN硬貨4枚と10 YEN硬貨10枚でも紋章を呼び出せます。500 YENは紙幣と硬貨両方あり。500 YEN・1,000 YEN・5,000 YEN・10,000 YEN・50,000 YENが紙幣になります。なお物価的には、ネオハティス市では市民一人が一日生活するのにおおよそ1,000YEN必要になります。ドレイク王国の物価は、他国に比して1.4-1.8倍と高くつきます。
・ ドレイク王国の新聞記事。政治(内政・外交)、軍事(定期訓練、民間を含めた戦時避難訓練、観艦式等の公告)、経済(ネオハティス、コンロンシティ、オークフォレスト、シュトラスブルグの各町の、幾つかの品目の値段表)、そして市民への通達事項(貴族による馬車の行進や災害備蓄に対する情報共有)や娯楽記事(連載小説や四コマ漫画、料理の「ちょっとひと手間」レシピ、そして連載「今日の魔王様」)等。
・ 『ロージス一夜戦争』。これは、この世界の戦争が、従前のタイムスケールでは認識出来なくなる、一瞬ごとに判断しなければならなくなる。その予兆だったのかもしれません。
・ 実は。『ロージス一夜戦争』の情報は、ドレイク王国でさえ、その詳細が判明したのは終戦から3日程経ってからでした。ちなみにその時には、〝ア=エト〟はもうスイザリアに戻っています。




