第36話 一夜戦争
第06節 開戦〔7/7〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
「……で? オレの質問にはまだ答えてもらってないが。
天空騎士団は、ローズヴェルトに勝てるのか?」
飯塚が、ロージスの領主と今後の領地経営について話し合っているけど。
悪いが、オレは政治や外交のことなんかわかりゃしねぇ。説明してもらっても、眠くなるだけだ。そんな話は後にしてほしいってのが、本音だ。
「ドレイクの有翼騎士団と、リーフの天空騎士団。
対比させると、天空騎士団の特性がよくわかる」
「いや、対比させるほど、天空騎士団の事を知っちゃいないと思うけど」
「そうでもないさ。現時点で、結構見えて来てる。
まず、ドレイクは、さすがにリーフに箒の秘密までは提供していないはずだ。という事は、天空騎士団には遠距離攻撃手段はない。
そしてサイラ殿下は短槍と脇差の二刀流。テレッサと違い、近接戦闘を前提にした戦技を嗜んでいるってことだ。
つまり、天空騎士団は、有翼獅子をただの移動手段として認識しているってことになる。
次いで、ドレイクもさすがに夜光照準器の類は持っていないはずだ。となると、遠距離攻撃が前提の有翼騎士団は、――拠点襲撃戦を例外として――夜間戦闘を考慮していない。
一方で天空騎士団は、もう日が暮れたというのに躊躇いもせず出撃した。つまり、夜間飛行や夜間索敵に慣れているってことだ。
これらを合わせると、天空騎士団の戦法は、夜襲・奇襲による一撃離脱戦」
短槍と脇差の二刀流という事は、防禦を一切考えないという事。つまり、一方的に攻撃が出来、反撃を想定する必要のない戦況。すなわち、奇襲戦、という事か。
「だけど、それだけでは敵を削ることは出来ても、撃破することは出来ない。
結果、サイラ殿下の目的は、徹底した遅滞戦術。リーフ陸戦騎士団たる〝煉獄騎士団〟と、アプアラ本領の〝楯乙女騎士団〟の到着を待つことが、その戦略という事だ。
その上で、俺たちの戦略を考えると。
言っちゃなんだが、ローズヴェルトは此度の戦争では、徹底的に部外者だ。舞台に上がってくること自体が烏滸がましい。ましてや時世に便乗してロージス侵攻なんて、図々しいにもほどがある。
だから、彼らには早期に退場してもらう。悪いけど、明日の朝日を拝ませるつもりはないよ。今夜のうちに、撃退する」
◇◆◇ ◆◇◆
オレたちのスマホの時計で、18時30分(現地時間だと、19時30分頃)。ソニアから、メッセージが入った。
それを受けてその場で〔マーカー転移〕。現地に着くと、既に天空騎士団は、ローズヴェルトの野営地に対して進撃を開始していたようだった。
すぐにソニアを〔倉庫〕に引き入れ、作戦会議。
「正直言って、俺たちは文明人の、現代っ子だ。刃物を振るっての集団戦、なんて野蛮なことはするつもりはない。
戦闘を〝殺し合い〟と定義するのなら、風上に回って〔クローリン・バブル〕を放流すれば事足りる。この世界にはハーグ陸戦協定もジュネーブ条約もない以上、野営地に塩素ガスを流し込めば、鏖殺出来る。
だけど、それじゃぁ武田の負担が大き過ぎる。それに、天空騎士団が空気を攪拌した後だと、効果が充分に発揮出来るとは思えない。
だから、戦術は遠隔砲撃による空襲だ。
ソニア、現地点から野営地までの距離は?」
「はい、目算で500mです」
「それは、理想的だな。
ならソニア。敵野営地を中心に、ここと、それから120度ずつ角度をずらした計三ヶ所に、マーカーダガーを設置しろ。
それが完了したら、野営地直上で遊弋。着弾観測をしてくれ」
飯塚の作戦。それは、機動要塞の大型弩砲を最大仰角にして、火矢を打ち上げるという事だった。
この距離なら髙月の〔泡〕で通信が可能。風や空気抵抗で着弾点が多少ずれても、充分効果がある、という事だ。
「ソニアの着弾観測で照準を修正して、とにかく撃ち続ける。
敵が火矢の射点を特定し攻勢に出たら、〔マーカー転移〕で退避して、また砲撃を続ける。
敵兵は攻撃行動に移れても、物資を運ぶことは出来ないからな。そして、夜通し砲撃を続けたら。
兵士たちが無事で、仮に物資も無事だったとしても、少なくとも明日の進軍は阻止出来る。そして固定目標である物資集積地には、砲撃の回数を重ねれば精度も上がる。
本来、夜通しの砲撃なんてこっちの気力と体力が続かなくなるけど、一定のタイミングで〔倉庫〕で休息を取れば、その不安もない。
今夜中に、ローズヴェルトの継戦能力を、根こそぎ剥奪する!」
◆◇◆ ◇◆◇
その夜の出来事は、ローズヴェルトの歴史に深い教訓と共に刻まれることとなった。
その場所は、かつてリングダッドを招き入れようとした売国奴、旧フェルマール王国メーダラ伯爵の私兵が、落星に撃たれて全滅した場所だった。
〝明星の窪地〟と名付けられた、それゆえ見通しの良い盆地。その中央に陣を布き、野営をしていた。
その南方。ローズヴェルト本領の方角から、リーフ天空騎士団が奇襲してきた。
時刻も方角も、ローズヴェルトの想定に無い奇襲。それ以前に、リーフによる宣戦布告を受け取った軍使は、まだ野営地に帰還していないタイミングだけに、攻撃があること自体想定していなかったのだ。
とはいえ、その奇襲に対して第一撃を受け止めれば、あとは迎撃態勢を布ける。被害は小さくはなかったものの、行軍を断念せざるを得ないほどの被害ともいえず。
だが、奇襲してきた天空騎士団が撤退した直後。
天空から真の絶望が降ってきた。
それは、超大遠距離からの火矢(というには大型の矢弾だが)による、空襲。
最初の一撃は、野営地からかなり離れた場所に着弾したものの、だんだん野営地に、物資集積地に着弾点が近付いてきた。
とはいえ、それが火矢である以上、射点の特定も難しくはなかった。直撃弾を喰らう前に、その射点を襲撃したところ。
そこには何もなく、しかし反対方向から砲撃が継続されることとなった。
それを、幾度繰り返したことか。
夜通しその射点を追って影を踏み、疲労困憊になっても敵の姿を捉えることは出来なかった。否。もしかしたら敵を捕捉出来た部隊もいたのかもしれない。「かもしれない」というのは、その兵たちはその場で全員事切れていたから。外傷はなく、けれどもがき苦しんだ様子だけはわかる。どのようにして殺されたのか。それだけは、全くわからない。
一方で一射ごとに精度を増す砲撃は、本営を打ち貫き、物資を焼却し、派遣軍の士気を粉砕した。
『ロージス一夜戦争』。開戦から終戦まで、史上最短と謂われる、それは戦争だった。
(2,616文字:2019/01/23初稿 2019/10/31投稿予約 2019/12/18 03:00掲載予定)
・ ローズヴェルト軍は、ロージス領占領の為には速攻あるのみ、とばかりに、二千程度の兵が高速機動の為に先行していました。だからこそ、ドレッドノートの砲撃だけで充分な戦果を出せたんです。万単位の兵の野営陣地相手だったら、さすがに焼却し切れません。ちなみに、天空騎士団の派遣数は30そこそこ。遅滞戦闘は出来ても、決戦力には足りません。そして本来であれば、占領の為の戦力としても圧倒的に数が足りません。




