第34話 リーフ天空騎士団
第06節 開戦〔5/7〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
リーフ王国。ドレイク王国の藩属国と一般に謂われるけど、国体としてはドレイクと敵対しており、けれど経済的にはドレイクに依存しているという、二面性を持つ国家ね。
その本質は、カナリア公国と並ぶ軍事国家で、建国以来伝統的にフェルマールと戦争をしていたのだという。
その一方で、王妹サイラ殿下はドレイク王国有翼騎士団に名を連ね、本国では有翼獅子の人工繁殖さえ行っているという。
その、リーフ王国が。アプアラ王国ロージス領を、占領した?
「何を呆けたことを。リーフと言えば、ドレイクの藩属国のひとつではないか」
「リーフは、ドレイクに膝を屈した覚えはありません。
確かに二十年前の『十日間戦争』では、ドレイクに敗北を喫し、私自身も長きに亘る人質生活を強いられました。
けれど、その屈辱を忘れたことは、一日たりともありません。
……それはともかく、それで貴方がたは、どうなさる、と?
いえいえ遠慮なさることはありません。我がリーフ王国〝煉獄騎士団〟は、かつての『フェルマール戦争』に於いて、ビジアを抜き、ローズヴェルト本領を蹂躙したる、最強最速の騎士団です。現在の、規模の小さな派遣軍程度では、対抗し切れないでしょう。
そうです。逃げることは恥ではありません。勝てない戦いに身を投じ、屈辱に身を焦がすよりは、余程良いことでしょう」
「我が軍の、目的は変わらぬ。リーフとて、我が国の仇敵のひとつであれば、これと戦うことに何の躊躇いがあろうか。
わからぬと思ったか。其方らは大軍を率いてロージスに来ている訳ではあるまい。
内にロージス領民、外に我がローズヴェルト軍と、更に問答無用で領土を切り取られたアプアラ軍も、其方らの敵に回ろう。
これらを前に、どこまで戦い続ける事が出来るか。見物させてもらうとしよう」
そう言って、ローズヴェルトの使者は退出していった。
「さて。貴方がたははじめまして、ですね、ア=エトとその仲間たち。
私はサイラ・リーフ・ラクストレーム伯爵夫人。
リーフ国王レーヴィ・リーフの妹でもあります。
そして、ソニア。久しぶりですね」
「サイラ先輩、お久しぶりです。ですが……」
「そうね。再会を懐かしむ前に、政治の話を詰めましょう」
この方が、サイラ殿下。リーフの、有翼騎士姫。
「繰り返して言いますが、このシュトラスブルグは、リーフ王国天空騎士団が制圧しました。よって、ロージス領は今この瞬間からリーフ王国領となることご理解願います」
「……サイラ殿下。我が国、我が領は、リーフとは友好的な関係を築いてきたと思っていました。しかし――」
「個人の友情と、国家の友好は、また別の話。私が問うのは、貴方が私に膝を屈すれば、引き続きリーフ王レーヴィの名の下に、この地の統治を委ねましょう。
如何です?」
「私一人の問題であれば、それでも宜しいでしょう。
しかし。
先程の使者の言葉もまた、事実です。
サイラ殿下。貴女がた有翼騎士による奇襲制圧戦。
その機動力で、一気にシュトラスブルグを制圧した。その手腕は見事です。
しかし、それだけではこの領を支配し続けることは不可能でしょう。
リーフの煉獄騎士団の機動力・突破力と。
アプアラの〝楯乙女騎士団〟の堅牢な防御力。
どちらが勝るか、試されますか?
そして煉獄騎士団が足止めされている間に、貴女がたの天空騎士団だけで、この地の統治を続けられるとお思いか?」
「……難しい、でしょうね。けれど。
煉獄騎士団が楯乙女騎士団を釘付けにし、天空騎士団の相手がローズヴェルト軍だけとなれば。これを討ち破ることは、可能でしょう」
……なんか、あたしたちを置いてきぼりにして、話が進んでいるようですが。
けど、サイラ殿下の最後の一言が、気になります。
「それはつまり、ロージス領をリーフ王国天空騎士団が占領したことで、ローズヴェルトからの派遣軍はまず天空騎士団と戦わなければならなくなった。
そしてローズヴェルト軍を撤退させたら、アプアラ正規軍の前にロージス占領を続けることは出来なくなるから、天空騎士団も撤退せざるを得なくなる、という事ですか?」
雄二の言葉。でもそれって!
「何を言っているのかわからないわ。リーフにとっては、アプアラも、ドレイクも、ローズヴェルトも、変わらずに敵国です。
そして敵が隙を見せたのなら、その地に攻め上り占領するのは、どこの国でも同じ事でしょう。
ただ、まぁ天空騎士団は奇襲力には優れていますけど、残念ながら防衛戦を得手とする戦団とは言えませんから、占領を維持するのは大変な苦労があるでしょうね」
……何のことはない。『敵対』という建前で、防衛戦力を派遣してくださった。そういう事?
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シュトラスブルグ、ロージス領という土地は、近隣諸国によって仰ぐ旗が頻繁に変わる地でもあった。30年以上同じ旗を仰ぐことはない、とも言われている。
だからこそ、この地の領主は、次の侵略に備えて防備を固めるのが常だという。
しかし、二十年前の『十文字戦争』に於いては、たった一夜にしてドレイク王国軍により陥落し、この『魔王戦争』に於いてもまたリーフ王国軍により数刻の間さえ置かず制圧された。恰も、シュトラスブルグを攻略する為に要する時間を競い合うかのごとく。
もっとも、ロージス領がリーフ王国領となっている期間は、ごく短い日数であったことも、周知のことだが。
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「とにかく。この地の支配権に関しては、アプアラとリーフで話し合えばいい。
今しなければいけないことは、ローズヴェルトを撃退することだ。
ちなみに、サイラ殿下。どのようになさるおつもりですか?」
飯塚の問いかけに、サイラ殿下は。
「手の内を晒すつもりはないわ。……と言っても、そちらにソニアがいる以上、隠しようもないのでしょうけれど」
「はい。サイラ先輩は、短槍と脇差の二刀流で戦われます」
「短槍と脇差の二刀流。その戦技は、超攻撃型、か。
それにグリフォンの機動力を加味すると。
敵陣の後背に回っての、一撃離脱戦。……俺たちの戦略方針に、がっちり適合するな」
本来、二刀流では。脇差や小太刀は、楯代わりに使われる。けれど、それが刃である以上、それで攻撃してはいけないという理由なない。
一方で、長刀二本の二刀流、となると、お互いの刀が邪魔になり、振るう太刀筋が限定されてしまう。
だけど、短槍と脇差の二刀流。〝刺突〟と〝斬断〟の分業という、かなり凶悪な攻撃が可能になる。一方で、受け身に回ったら碌に対処が出来なくなるという欠点もあるけど。
けれど、防衛戦闘を想定する必要のない、奇襲戦。夜襲のような形であれば、その欠点は無視出来る。またグリフォンのおかげで簡単に敵陣の後背に回れるのなら。その突破力は、シャレにならない!
「わかりました。では俺たちも天空騎士団の作戦に、同行させていただきます」
(2,755文字:2019/01/22初稿 2019/10/31投稿予約 2019/12/14 03:00掲載 2019/12/14誤字修正 2021/08/27脱字修正)
・ 『十日間戦争』は、ドレイク側の名称です。リーフ側では本来、『第二次アプアラ独立戦争』と言います。『十日間戦争』という言い方は、「リーフがたった10日(正確には移動日を含めて11日)で敗北した」とその日数を強調した言い方な訳ですから。
・ アプアラ王国楯乙女騎士団は、別に女性騎士団という訳ではありません。ドレイク王国ビジア領から戦技指導を受けた、防衛特化の騎士団です。ビジア領とアプアラ王国の戦争(『賢人戦争』)で、字義通りビジアの〝盾〟となった部隊名に由来します。
・ サイラ王妹殿下曰く、「長きに亘る人質生活を強いられました。けれど、その屈辱を忘れたことは、一日たりともありません」。その屈辱の具体例:百姓の息子や職人の娘に多くのことを教えてもらい、獣臭い魔獣の世話を任ぜられ、フェルマールの(元)王女と共に畑仕事に駆り出され。うん、この屈辱は生涯忘れません。忘れられないから、今でも手紙の遣り取りをしていますし、百姓の息子と職人の娘が結婚する際には、王族として祝いの品を贈っています。また二人の新婚旅行先として、リーフ王国に招待しています。




