第33話 シュトラスブルグ、陥落
第06節 開戦〔4/7〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
後の世に、『魔王戦争』と呼ばれることになる、その一連の戦争。
その本戦の最初の戦場となった、アプアラ王国ロージス領。
ボクらにとってこの戦争での緒戦で、けれど。
まさか、刃を交えることなく、ボクらに出来ることが何ひとつなく、あっさりと。
この領地が陥落することを。
ボクらは誰一人、予想することは出来なかったんです。
◇◆◇ ◆◇◆
第960日目。
ボクらの〔マーカーダガー〕のポケットに、メッセージが入っていました。
ダガーナンバー06、シュトラスブルグに駐在している有翼騎士さんからでした。
ローズヴェルト王国、ロージス方面へ進軍中。
これは、予定されていた展開のひとつでした。けれど。
何とアドルフ陛下が、下手を打っていたこともわかりました。
売り言葉に買い言葉で、ドレイク軍はロージス地方に進軍することが、出来なくなったのです。
ドレイク軍の陸軍が、ロージス地方に進軍出来ない。そこに何の問題がある?
はじめから、今回の戦争に、ドレイク王国は(表立っては)参戦しないことになっています。だから何も変わらない、はず。
ですが、「ロージス領防衛」という大義名分を振るうことさえ、今回は不可能になってしまったのだそうです。他でもない、アドルフ陛下とロージス王の、レベルの低い言い争いの所為で。しかも、外交書簡の上でそれを行ってしまった為、しっかり言質を取られてしまいました。
飯塚くんの戦略は、基本その地の戦闘は、その地の兵力に依存する、というものです。結果、他国の軍隊が〝白馬の騎士〟宜しく現地の兵や領主に恩を売れない形になっています。
だけど、ロージス伯爵領。この地方の特殊性を考えると、どうしても領兵だけでの防衛戦には、無理があるのです。アプアラ本国、或いは近隣諸国。この場合はドレイク王国のことですが、その援軍なくしては、領土の防衛が出来ないんです。
最悪の場合は、ボクら六人だけで、ローズヴェルト軍と戦闘しなければなりません。アプアラ本国の正規軍がロージス領に到達するまで。
「だけど、鉄道網のおかげで。アプアラ本国の正規軍の進軍も、早いだろう。輜重を考えないで良い分、集結に早くて三日、遅くても一週間と看て取れる。そして移動で二日。つまり、十日間を凌ぎ切れば、対等に戦える、という事だ」
「逆に言えば、十日間、最短でも五日間は、私たち六人で、ローズヴェルト軍の進軍を押し留めなければならない、という訳ですね?」
飯塚くんの言葉に、ソニアが。そう、今回の戦術の基本は、「遅滞戦術」。進軍速度を遅らせることこそが、求められるという事です。けれど。
「ソニア。ローズヴェルト軍は、今どのあたりまで進軍しているんですか?」
「それはまだ不明です。『マーカーダガー』のポケットを介して伝えられる情報には限りがありますし、先方の有翼騎士も細かく説明している余裕が無かったのかもしれません」
つまり、最悪の状況を想定すると。
明日にもローズヴェルト軍が、ロージス領内に侵入するかもしれないのです。
「仕方がない。まずはシュトラスブルグまで飛ぼう。
現地の状況を確認し、余裕があるのならローズヴェルト軍に対する兵站破壊戦。補給物資を収奪乃至は焼却する。可能なら、機動要塞で砲撃戦だ。余裕が無ければ、一旦シュトラスブルグは放棄して、ロージス領全体を使った、ゲリラ戦、だな」
「だけど、ゲリラ戦は時間がかかります。その間に他の戦場が動きはじめたら……」
「むしろゲリラ戦の場合。司令官が直接指示を出さなきゃならない局面の方が少ない。そして最長でも十日待てば、アプアラ本国の正規軍が到着する。
つまり、最短五日、最長十日。この間に、可能な限りローズヴェルト軍を足止めし且つ混乱させ、到着する正規軍に対する防禦陣形を取らせない。
そして、鉄道を死守すれば、あっさり戦況がひっくり返るだろう」
それが、今回の飯塚くんの戦略です。いつもに比べて、受動的というか、消極的とならざるを得ないのは、この地方の特異性ゆえでしょう。
◇◆◇ ◆◇◆
〔マーカー転移〕して、シュトラスブルグに。そして、有翼騎士さんに話を聞いたところ、ローズヴェルト軍は、領境まであと三日、という位置まで進軍してきているのだそうです。
領境まで、あと三日。これを以て「間に合った」と言うか、「遅かった」と言うか。実は、微妙なラインです。
何にしても、まずは領主様にご挨拶を、と思って領主様が今いらっしゃる応接室まで足を運びます。本来なら、案内役の使用人さんの後についていくのですが、今はそんな余裕はないので、メイドさんに場所を聞いて。
そして、目的となる部屋を見つけると。
「領主殿は近くのモノしか見えておられぬようだ。我が軍は、より遠くまでを見通す〝眼〟を持っている。
領主殿。貴殿の目に敵の姿が映ってからでは、もう間に合わないという事も、あるのですよ?」
そんな声が、聞こえてきました。おそらくは、ローズヴェルト軍の使者。
だから、問答無用で踏み込み、飯塚くんは声を発します。
「カナリア公国は、まだ動きませんよ」
これは、事実。
軍の編成を始めているのは間違いありませんが、出陣までは、あと一ヶ月ほどはかかるでしょう。
「何者だ!」
その軍使(らしき、〝首輪〟をした人物)が誰何します。
「アザリア教国神聖騎士、〝ア=エト〟。そう名乗れば、わかってもらえますか?」
まるで、正義の味方の言上のような、飯塚くんの名乗り。もしかしたら、彼の背後には、幻の五色の爆炎が上がっているのかもしれません。
「ア=エト、だと?」
「ええ。ローズヴェルト軍の使者の方、ですね?
貴方がたの行動は、アプアラ王国ロージス伯爵領に対する侵略行為と断ぜざるを得ません。
今、大陸は大きく揺らいでいます。こんなタイミングでの軍事行動は、〝魔王〟に与する行動だと思えてしまいます。宜しければ、一旦軍を引き、交渉の場を設けてはいただけないでしょうか? もし貴国にその意志がおありなら、私はア=エトの名に於いて、カナリア公国の代表者も、外交のテーブルに着かせると、お約束致しましょう」
「ふんっ。つい先日まで冒険者をしていたお前如きに、それだけの事が出来るとは信じられぬ。どうしてもというのなら、カナリア公王の身柄を我らが前に持ってくるのだな。
だが、それが成し得ない限り、我が軍は歩みを止めぬ。
それを、武力で押し留めるか? だが、それは。ア=エトよ。其方はスイザリアの将軍であろう。つまり、それはスイザリア軍が我が軍と交戦するという事になる。
其方は、ロージスの為に、自国を戦禍に叩き込む覚悟があるのか?」
それは、正論です。だけど。
と、口を開こうとした直前。女性の声が、聞こえました。
「何をおっしゃっているのかわかりませんね。
この地方は、既に我々の占領下にあります。貴方がたこそ、武器を捨てて投降してください」
ボクらの、更に背後から現れた、武装集団。
全員が女性のようですが、全員が武装しています。
「我々は、リーフ王国天空騎士団。
ロージス領都シュトラスブルグは、我が騎士団の手によって、既に制圧されております」
(2,868文字:2019/01/21初稿 2019/10/31投稿予約 2019/12/12 03:00掲載予定)
・ 武田雄二「まるで、正義の味方の言上のような、飯塚くんの名乗りです」
髙月美奈「かっこいいポーズを伴っていたら、全力で他人のフリをするんだよ?」
柏木宏「あれが格好いいと思っていたりして」




