第32話 ロージス領 ~流れを止めるな!~
第06節 開戦〔3/7〕・第01節 国際情勢〔6/6〕
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始まりは、ローズヴェルト王からドレイク王への書簡だった。
《 我らが仇敵、カナリア公国に北上の気配有り。
防衛の為、我らは出陣せり。
ドレイクも従軍せよ。 》
対するドレイク王は。
《 我が〝眼〟には、その気配を認めず。
よって派兵の大義無し。
再考せしことを進言する。 》
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《 であればドレイクに従軍を求めぬ。
されど妨害することは許さぬ。
また戦後、貴国の背信行為を強く糾弾すること覚悟せよ。 》
《 我が国に貴国の軍事行動を妨害する意図はなし。
然れども、我が国の民、並びにその財産に損害を与えしとき、我はこれを守る為に剣を抜くこと、覚悟されたし。
また、貴国の戦争に我が国が帯同せぬことを批難されし故無きこと、ご理解召されよ。 》
《 我が軍の目的はカナリアにして、貴国に非ず。
されど侵略者より我が国並びに我が翼下にありし国々を守る為、貴国の藩属たるアプアラ王国ロージス領にて我が軍は進駐せり。
貴国は我が軍の進駐を是認せしこと、文書にて確約されたし。 》
《 アプアラ王国は独立した国家にして、我が国に従属するものに非ず。
よって我が国が許可する理由もまた無し。
ロージス領への進駐は、アプアラ王国に問い合わせしこと進言する。 》
《 貴殿は悉く我が意に背かれる。貴殿は我が妹を娶りしとき、時の王たる我が父に膝を折りしこと亡念するべからず。貴国は我が国の翼下にあり、その証として妹を貴殿に託せしことの意味、熟慮為されよ。 》
《 妃の父上に礼を尽くすは、王としてならず、人として、男子として当然のこと。そして我も、義父殿も、妃を政治の駒として捉えしこと、一度たりとも非ず。
義兄殿は義父殿の気持ちを学び、人との交わりを学ばれることを、老婆心ながらも助言申し上げる。 》
……書簡はそのうち、レベルの低い言い争いに堕したが、ローズヴェルトとドレイクが、事実上決裂したことだけは、確かなことだった。
それに伴い、ドレイク王国有翼騎士団が、本国からの帰還命令を受けてローズヴェルト領内から一斉に撤収することとなった。
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「ローズヴェルトの使者が来た、と?」
アプアラ王国ロージス伯爵領、領都シュトラスブルグ。
その領主館で、領主は部下からの伝言を受けていた。
「はい、我が領内に軍を進駐させるとのことです」
「カナリアの侵攻に備える為に、か。だが、それを口実とした、軍事占領としか思えぬな」
「というよりも、そちらこそが彼の国の真意でしょう」
部下は、ローズヴェルト王の目的を、正確に理解していた。否、この領主館の者であれば、下女であってもこの程度の予想は出来たであろう。頭を使わずに過ごすには、ほぼ毎日何かが起こる、このロージス領都シュトラスブルグという町は、活気があり過ぎるのだから。
「まずロージスを占領し、恒久的な拠点とし、その上でカナリアを侵攻する、か」
「ついでに大陸北部で最大の、経済の結節点となったこの領の、財貨を接収することもその目的の一つかと」
「調子のいい考えだな。我が国の経済が、ドレイクによる鉄道網と、同じくドレイク王アドルフ陛下が定めた自由通商協定によって成り立っていることさえも理解出来ぬと見える」
「というよりも、この期に及んでドレイクはローズヴェルトに従属する、と考えているところこそ、現実が見えていない証でしょう。
昔ながらに、占領した国家がこの地の富を総取り出来ると考えているのでしょうから」
「現ローズヴェルト王は、まだ五十に達していないはず。なのにその頭は四百年前から一歩も進んでいない、という事か」
「ローズヴェルトが、フェルマールの化石の国と言われる所以ですね。古き良き伝統を維持していれば、国家の平穏が保たれる、と。
そんなものは、既にアドルフ王の手で破壊されているというのに。
それに縋っていたからこそ、フェルマールは滅亡したというのに」
昔は。町を、土地を占領したら、その地の富は占領者のモノとなった。
けれど、今のシュトラスブルグは。『街道の町』という名のとおり、商人と商品、そして資金が行き来することで、初めて富が集約されるのだ。その流れを止めることは、今のこの町の息の根を止めることに他ならない。
軍事占領すれば、総取り出来る。そう考える程度の君主の妄想で、維持出来る街ではないのだ。
「だが、建前というものがある。
此度の戦争に、ドレイクは表立って参戦出来ぬ。
我々は、我々の力だけでローズヴェルトを撃退せねばならないのだ」
しかし。ロージス伯爵領は。
〝来る者を拒まず、去る者を追わず〟という主義の為、逆に常設軍を持つことが出来ないでいた。せいぜい、治安維持の為の警備隊までだ。
万一戦争、という事になった場合、その兵士の故国と戦わなければならないかもしれない。その国から逃げてきたといっても、その国に残る家族や隣人と剣を交えなければならないかもしれない。
それ以上に、流れ者たちが集うこの領地に、市民はどの程度愛着を持っているというのか? 逃げ流れてこの領に来た者たちは、この領地が戦禍に呑まれるというのであれば、またどこかに逃げ流れて行くのではないか? そんな者たちに、〝領の防衛〟を任せることは出来るのか?
だから、この地に領軍はない。だから、今、彼らは独力で、この領を守らなければならなかった。
「私に一つ、考えがあります。
スイザリアの、ア=エト。冒険者出身で、先年の末にはシュトラスブルグにも立ち寄っております。
スイザリア、リングダッド、ドレイク、そしてアザリア。四ヶ国から爵位を叙された、〝女教皇の聖騎士〟。彼に力を借りましょう」
「だが、その者がこの領を守る理由も無いはずだ」
「彼は、〝善神の使徒〟であり、正義の騎士でもあります。相手が誰であれ、一方的な侵略を認めるとは思えません。そうでなくば。
彼の掲げる〝正義〟は、ただの外交上の方便に過ぎないと宣言するに等しい事でしょう」
シュトラスブルグに駐留する有翼騎士を介し、ア=エトの下に親書が発せられたのは、カナン暦726年春の二の月の下旬のことだった。
しかし、親書を送り出したその日の夕刻。ローズヴェルトの軍使は軍の進駐に関する事実上の最後通牒を行った。
「カナリア公国は、北方へ進軍する意図はないようです。よって、貴国の軍が我が領内で展開する理由も又ありません。
どうぞこの場は退かれよ」
「領主殿は近くのモノしか見えておられぬようだ。我が軍は、より遠くまでを見通す〝眼〟を持っている。
領主殿。貴殿の目に敵の姿が映ってからでは、もう間に合わないという事も、あるのですよ?」
そうかもしれない。だが、しかし。
そう言い返そうとした時だった。
「カナリア公国は、まだ動きませんよ」
後ろから、声がした。
「何者だ!」
「アザリア教国神聖騎士、〝ア=エト〟。そう名乗れば、わかってもらえますか?」
白銀の鎧を身に纏った、六人の男女が、そこにいた。
(2,772文字:2019/01/21初稿 2019/10/31投稿予約 2019/12/10 03:00掲載予定)
・ 「貴殿は悉く我が意に背かれる(以下略)」。対等な国の国王に対する呼称は、「貴君」です。貴殿は目下(従属国等の国主或いは王権のない貴族)への呼称。
・ 今更ながら。「ローズヴェルト」と「ロージス」で似通った名称ですが。ローズヴェルトは〝Roosevelt〟(「ルーズヴェルト」とも:語意は「薔薇畑」:原語はドイツ語)、ロージスは〝Roadies〟(正しく発音するのなら「ローディース」、かな?:語意は「運び屋たちの土地」:本来は音楽用語)、です。
・ 軍使「何者だ!」
ア=エト「ふっ、話は聞かせてもらった。シュトラスブルグは陥落する!!!」
ΩΩΩ「な、なんだって~~~」




