第30話 戦争準備と魔術師の事情
第06節 開戦〔1/7〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
セレーネ姫の演説。
それにより、今日開戦してもおかしくないほど、国際情勢は緊迫している。
その一方で、今日の明日ので状況が動くほど、国際情勢は不安定とも言えない。
そうなると、当然ながら各軍は招集され、飯塚が提供した情報とそれに対応する戦術を前提とした訓練が開始された。
各地の鍛冶師たちに武具の増産が指示され、また飯塚は特に「円匙」を大量に発注した。
「今回は戦術に塹壕戦を組み込んでいる。『最も多くの敵兵を殺傷した武器』としてじゃなく、効率よく塹壕を掘る為に、シャベルの運用を習熟してもらいたい」
飯塚はそう言っていたが、当然戦闘での使用も想定されている。軍の訓練に『円匙戦闘術』が組み込まれていた。
また、国内の年貢率が引き上げられた。当然、兵糧としての使途で、だ。ドレイクや騎士王国に輜重を委ねていると言っても、それだけでは賄い切れない。国民の不満は高まっているけど、これだけは仕方がない。
同時に、〔倉庫〕には既に大量の兵糧となる穀物や、肉類・魚類などの蛋白質、野菜類や果物類などが運び込まれている。数量を記録している武田に言わせると、「全軍を半年程度維持出来る量」とのこと。これだけで戦争は可能だけど、焼き払われた戦地の町村に提供することを考えると、まだまだ足りないらしい。
ドレイク製の戦闘糧食も試食させてもらった。正直、あまり美味しいとは言えない。けれど、火や水を使わずに、必要最低限の栄養を補給出来るようにと計算されて作られているらしい。この他、岩塩(天然岩塩ではなく、海水還元岩塩)と〝ビタミントローチ〟。柑橘類を砂糖で煮詰めて水飴状になったものを冷やして成型した、ドレイク王国ボルド特産の「壊血病特効薬」。糖分とビタミンCを同時に摂取出来、且つ長期保存が可能なこのトローチは、ラザーランド船長やリンドブルム船長が世界周航に出た際、その命綱になったのだという。
ウィルマーの職人ギルドには、「コンテナハウス」が大量発注されている。一つのコンテナに16人(ハンモックを使えば20人以上)、と考えて、100個あれば一軍の簡易宿泊施設になる。季節的には、まだ野宿するには早過ぎるから、あると無いとでは結構差が出る。
兵士や騎士たちの中の、魔法が使える者たちのその魔法についても検討がなされた。
例えば〔火属性〕魔法。大規模戦闘では、何故かその効果は小さいのだという。では、それを効率的に使うには、どうしたらいい?
〔水属性〕。攻撃力としては大きくない。けど、塹壕戦を前提とすると、結構えげつない使い方も出来る。けどそれは、これまでの常識に無い魔法の使い方だから、当然ながら練習が必要になる。
〔風属性〕。そもそもの効果は小さい。けれど、応用範囲は知識と発想が行き着く限り無限と言える。大規模戦闘では、意外に〔風属性〕が勝敗を分かつことになるかもしれない。
〔土属性〕。日陰者とされるこの属性の使い手だが、塹壕戦を前提に考えれば、引く手数多の過重労働を心配する必要があるだろう。
そして〔治癒魔法〕。『正義の軍隊』としては、この魔法は兵士より、戦場となった地の市民に対して使うことになるだろう。
大規模戦闘で魔法が活躍する例は、毒戦争に於けるスノー=ルシル妃殿下の〔酷寒地獄〕などが挙げられる。が、逆に言えば、一般の魔法使いに活躍の場がないからこそ、こういう特殊事例がもてはやされるのだ。
だけど、この戦争では。
魔法戦力は、欠けてはならない重要な戦力として認知されることだろう。
◇◆◇ ◆◇◆
セレーネ姫の演説を聞き、各地の魔術師ギルド(精霊神殿)の対応も分かれた。
それを根拠のない言い掛かりだと指弾するところ、他人事のように本国大聖堂を非難するところ、自分のところの神殿組織を監査し、綱紀を粛正するところ。
そして二重王国では、魔術師による政治並びに軍事への介入が、一旦完全に禁じられた。当然魔術師ギルドは抗議してきたが、セレーネ姫の新教皇即位後に、組織を再編し改めて採用するという事になった。……当然、現教皇派との繋がりを否定出来ない以上、一旦切らないと健全な関係が保てないという問題もあった。
それによる弊害は、魔術指導がされないこと。ところが、武田の発想は、これまでの魔術師ギルドに無いモノばかりだったようで、此度の戦争では、ギルドによる支援はない方が良いかもしれない、と魔術師たちに思われるほどだった。
ちなみに、善神に対して後ろ暗いところがないというのなら、戦禍に呑まれる市民たちの救済の為に、その〝神の奇跡〟を使うべき、と各王たちは告げていた。
……神殿の経営も楽じゃない。高位神官の享楽の為、という裏事情を除いても、一般庶民からの喜捨だけで成り立つほど優雅ではない。
だけど、此度の戦争に限り、無償による救済を成し得なければ『魔王に与する者』と看做す、と宣言したのだ。
◇◆◇ ◆◇◆
オレたちと、西大陸まで同行したドレイク王国有翼騎士団・テレッサ隊は、東大陸に戻って来てからオレたち専属の連絡員となってくれた。
ドレイクのメイドたちは各地に散り、マーカーダガーを介して様々な情報をオレたちに伝えてくれる。〔倉庫〕内でそれを整理して、外界で次の指示に供する為のネタとなる。
テレッサは外界から流入する情報を、その卓越した情報処理能力で整理してオレたちのところに提供してくれていた。
また、〔ポストボックス〕を貸与されている各王城・領主城・ギルドには、ドレイク王国から時計が譲渡された。これにより、〔ポスト転移〕(〔ポストボックス〕をマーカーとした転移)を行う際には、事前に時間指定することで、トラブルを避ける事が出来るようになった。同時に分単位の時間認識が出来るようになったことで、各地で効率的な行動も出来るようになったようだ。
ドレイク王国からは、オレたちの(儀仗を兼ねた)甲冑と剣も譲渡された。当然ながら請求書付きだったけど。
剣は、鉄剣でありながら白銀の輝きを纏っている。つまり、魔剣。この国は、魔剣を量産することさえ出来るという事だ。
鎧は、外観上は白銀の甲冑。だけど、その実態は重革鎧。なおその革は、飛竜のものなのだとか。軽さと柔らかさを併せ持つ、日用にも使えそうな一品。但し装飾が施され、戦場ではおそらく目立つことこの上ないだろう。
ちなみに、そのマントには。大きく『アザリア教国』の紋章が描かれ、またその周囲に『スイザリア王国』『リングダッド王国』『ドレイク王国』『キャメロン騎士王国』の四つの紋章が描かれている。
これが、この戦争に於ける、オレたちが背負うべき紋章という事だ。
(2,681文字:2019/01/20初稿 2019/10/31投稿予約 2019/12/06 03:00掲載 2022/06/18衍字修正)
【注:「シャベル」の和名は「円匙」で、「えんし」と読みますが、旧日本帝国陸軍・陸上自衛隊等では伝統的に「えんピ」と読むそうです。ちなみに「シャベルとスコップ、どっちがどっち?」というネタがありますが、作中のシャベルは足を掛ける部分があるものです】
・ ドレイク王国から贈られた甲冑。外装は白銀の鉄板を成型した物、に見えますが、実は成型したワイバーンの鱗です。鱗と革を接着するのは、「S式ジェル」。
・ 儀仗の剣は、全員分。飯塚翔くんの分は刺突専用の針剣、武田雄二くんの分は細身の直剣、柏木宏くん用は両刃直剣の大剣(大振りの平安刀)、松村雫さん用は日本刀仕立て・反りのある片刃の剣(鎌倉刀)、髙月美奈さんは同じく日本刀仕立てだけど反りがなく鍔もない片刃の剣(刃渡り46cmの日本刀包丁または柳刃包丁、とは言ってはいけない?)、です。
ちなみに髙月美奈さんの包丁……ぢゃなく剣は、先端は「突き刺し、抉る」ことを前提に、硬度より靭性優先で神聖金剛石(炭素)配合率多め。根本は「力任せに圧し切る」ことを前提に、硬度優先で神聖鉄(チタン)配合率多め。中央部は「撫で切る」ことを前提に、(アダマンタイトもヒヒイロカネも添え物程度の)魔力硬化鋼。といった三重構造です。三個イチにせず自然に合金比率を移行させる為に、実は松村雫さんの日本刀……ぢゃなく剣よりコストがかかっています。ジャガイモの皮を剥くには不向きだけど、日用に使える一品(但しサイズの関係で、現代日本のキッチンでは使えない?)。
・ 松村雫「腰に包丁を下げて、って、どこでチャンバラを始めようとしているやんちゃ坊主だ?」
髙月美奈「でもこの包丁、キャベツの千切りも出来るしお刺身も切れるし、ブロック肉なんかは骨ごと切れるし、獲物を解体する時の皮を剥ぐのにも使えるよ?」
柏木宏「ついでに人の首も落とせそうだな」
武田雄二「その鋒は、突き刺し抉ることを前提に加工されていますので、心臓を抉るのにも適しています。飯塚くんは、今後絶対夫婦喧嘩出来ませんね」
飯塚翔「でも武器としてみた場合、剣道に例えると〝一本〟と認められる所謂〝中結い〟の部分が一番衝撃に弱いんだよな。そう考えると、どこまで行ってもこれは『料理道具』の域を出ない、と」(その中央部の魔力鋼は、鉄パイプ程度なら圧し切る事も薄くスライスすることも出来るくらいの強度がありますが)




