第28話 戦略
第05節 開戦前夜〔5/6〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
結局、ほとんど徹夜で戦術や戦略について語り合って。
ボクらがリングダッド王都チャークラを出発したのは、その翌朝。ボクらがこの世界に来て、906日目のことでした。
〔倉庫〕のおかげで時差ボケは今更ですし、徹夜もまた同じこと。
出立してから、取り敢えずチャークラの市門が視界の外にまで離れた頃合いを見計らい、〔倉庫〕に入って仮眠を採りました。
そして。
「〔ポストボックス〕を使った転移を試しても良いけれど、さすがに色々と不安だ。
だから、〔マーカー転移〕の実証試験をすべきだと思う」
飯塚くんの、その言葉。
「どういう事、でしょうか?」
「まず、ソニアにはボレアスくんに乗ってもらって、スイザルの街を目指してもらう。
有翼獅子の飛翔速度だと、大体6時間、って言ったっけ?」
「はい、それくらいです」
「なら、まず3時間。
3時間飛翔してもらい、そこで着陸し、『マーカーダガー』のポケットに準備完了を告げる紙片を入れてほしい。
俺たちは3時間を目途に、マーカーダガーのポケットを確認する。そしてその紙片を確認出来たら、〔マーカー転移〕を実行する。
こうすれば、俺たちはグリフォンと同じ速度で移動出来ることになるし、時刻だけに頼って万一タイミングを間違って、俺たちが空中に放り出される心配もない。
そして合流したら、ソニアとボレアスくんは一定時間休憩をして、次はスイザルまで飛んでもらう」
「いえ、それくらいならすぐにでも飛べますが」
「駄目。ドレイクの訓練でどう教わっていたのかは知らないけれど、実戦では休める時は確実に休むこと。
訓練では、休む間もなくギリギリまで酷使することを求められたと思うけど、それは万一のことがあってもフォロー出来る、訓練中だから出来る事だ。実戦では、その状況でフォロー出来るとは限らない。
実戦の現場では、喫緊の際には休息なく65時間38分連続戦闘、なんてこともありうるかもしれない。
そしてだからこそ。休める状況の時には、確実に休息を採るのも、任務だ。でないと。休める時に休まずに、その後長時間休めるチャンスがないなんてことになったら、十全の戦闘能力を維持出来なくなるからね。
ソニア。3時間飛翔の後、ボレアスと共に1時間の休憩を命じる」
「……畏まりました」
ボクらの、〔亜空間倉庫〕の特性を考えるなら。
これから先、外界では文字通り寝る間も惜しんで動き回ることが求められると思った方が良いでしょう。なら、〔倉庫〕を開扉する余裕がある時は、中で確実に休むことが求められるんです。
◇◆◇ ◆◇◆
〔マーカー転移〕の実証実験は、問題なく成功。ただ逆に、その前段階で飯塚くんが注意した、「タイミングを間違って空中に放り出される心配」に対処する方法を考える必要に思い至りました。ソニアなら、その問題を理解して、万が一にもそう言った事故が起こらないように配慮してくれるでしょうけれど、今後マーカーダガーを渡す相手には、〔倉庫〕の秘密を隠したままでそれを行うことになるのです。
なら、「飛行中にポケットにメッセージカードを納めてはならない」「メッセージカードを納めたら、次の夜明けまで飛翔してはならない」といったルールを徹底する必要がある、という事です。また、ボクらも「〔マーカー転移〕は緊急時を例外として、夕刻時以外は行わない」などといったルールを定める必要もあるでしょう。
さて。事前に挨拶もなく〔転移〕して、19日間。ドレイク王国・キャメロン騎士王国・リングダッド王国と三つの国の王都を渡り歩いて、ようやくスイザリアの王都スイザルに戻ってきました。
逐次〔ポストボックス〕で報告はしていましたが、それでもやっぱり口頭での報告は必要です。
改めて、国王陛下並びに王太子殿下、そしてセレーネ姫さまに、この三週間弱の報告をすることになりました。
「ドレイクが、兵站と諜報を担当する、か」
「ですが、ドレイクにだけ頼る訳にも行きません。
此度の戦争は、教国の内戦でありながら、戦場は二重王国の領土内です。侵略者に荒らされる不安の少ない場所を集積拠点として、物資を貯蔵することで、兵站の負担を最小限に抑えることを考える必要があります」
「騎士王国が、参戦する、か」
「騎士王国は、セレーネ姫さまの援軍として、ではなく、個別に教国に対して宣戦を布告します。教国から見たら、一方的な侵略者という事になります。
これを無血で撃退する栄誉は、新教皇となるセレーネ姫さまのものとなるでしょう」
「そして、周辺諸国の蠢動、か」
「戦争の、事前準備として求められることは。兵站の確保と、味方を増やすこと、そして敵を減らすことです。
兵站の確保はドレイクが担当してくれます。
味方としては、騎士王国が参戦してくれます。
けれど、敵を減らすこと。近隣三国の蠢動を抑える為の手札は、申し訳ありませんが私たちの下にはありませんでした」
飯塚くんは、申し訳なさそうに国王陛下に頭を下げます。けれど。
「ついこの前まで、一冒険者に過ぎなかった貴殿が、ここまでのことをしてのけたのだ。
我が王太子であっても、真似は出来なかっただろうよ。
そして、マキア・ローズヴェルト・カナリア。これら三国を掣肘する為の手札は、我々にも持ちえない。なら、月が一巡りもしないうちに貴殿らが行ったことは。現状での最善であったと言えるだろう。
とはいえ、そうである以上、全戦力を南方に集中することは出来ない。
はてさて、どうしたものか」
三国がどう動くかわからない以上、スイザリア王国西部軍は西へ備えない訳にはいきません。
スイザリア王国東部軍も、北を睨む必要があります。
リングダッドも、北と東へ意識を割く必要があるのです。
用兵の基本は、戦力の集中と高速機動。それは原則です。
戦争に於いては、二正面作戦は避ける。それは常識です。
けれど、此度の戦争では、そのどちらも成り立たないのです。
なら、戦争そのものを回避すればいい。
それが賢明な選択でしょう。けれど、最早それも選べません。
なら。
「異世界の用兵家が、〝戦域支配〟と名付けた方法があります。
必要な時間、必要な空間を支配する。恒久的な占領は求めず、軍も領地も流動的且つ機動的に運用する、というものです。
けれど、それは軍の輜重隊や大本営それ自体にも、同じ考えを適用出来ます。
装備が必要なときは、戦闘時。補給が必要な時は、野営時。逆に本営が必要な時は、小競り合いの時ではありません。
けれどそれは、複数の戦場に於いて、必ずしも完全に同時に行わなければならないことではありません。なら。
必要な時に、必要な物資や情報、そして戦力を、必要な量だけ提供する。
それが、俺たちの戦略です」
月日単位で推移する、この世界の戦争を。
分秒単位に切り分けて、その「単位時間」に於ける二正面作戦を避ける。
それが、飯塚くんの戦略なのです。
(2,766文字:2019/01/19初稿 2019/10/31投稿予約 2019/12/02 03:00掲載予定)
【注:「65時間38分連続戦闘」というのは、〔永野護著『TheFiveStarStories I』角川ニュータイプ100%コミックス〕のプロローグ、『L.E.D.ミラージュvs. 黒騎士』のエピソードのオマージュです。
「〝戦域支配〟」(原典では〝宙域支配〟)は、〔田中芳樹著『銀河英雄伝説 2 野望篇』p.179 TOKUMA NOVELS〕からの引用です。但し、類似の思想は近代戦では普通に存在しています。諜報・索敵網と通信の確立がその思想を実現する為に必須な為、近代以前には発想があったとしても実現は不可能ですが】




