第29話 生地と湿気
第05節 備えあれば〔6/6〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
女子がこの国のお姫様と友好的な関係を築き上げたことで、生地や糸が大量に入手出来るようになりました。
絹や麻、綿。これらの素材の間に、品質の上下はありません。ただ、性質の違いがあるだけです(希少価値や値段の上下はあるけれど)。
絹は保湿性・吸湿性・通気性に優れ、肌触りも良いけれど、耐候性に欠け、またその主成分が動物性蛋白質であることから、火や熱に弱く、更に手入れや管理に手間がかかるという欠点があります。もっとも、「手入れに手間がかかる」というのは洗濯機などで乱暴に扱うと痛む、という話ですから、はじめから手洗い前提のこの世界では、その欠点は有って無きが如し。また管理の手間、も耐候性の低さからお日様の下で干せない、とか(動物性蛋白質だから)虫に喰われ易い、と言うだけで、〔亜空間倉庫〕で干しまた保管する分には全く問題ありません。
綿は吸水性に優れ、また肌触りも良く、且つ濡れると強度を増すという特徴があります。その一方で繊維が縮み易く、また耐候性もそれほど強くありません。
麻は硬く強い一方で、伸縮性は無く、肌触りはお世辞にも良いとは言えません。
けれど、これらの性質を上手く使い分ければ、随分快適な衣環境を作り出せるはずなのです。
髙月さんの選択は。
下着は、基本絹。但し、汗が溜まり易い〝谷間〟(脇の下や、股間、そして女子の胸部)に木綿の裏地を持たせます。
上着・外套は麻。染や柄に凝れる訳ではなく意匠も手間をかける時間は無いから、シンプルに。
また、女子の生理用品は基本綿で。
縄や網は、最も強くまた湿気を帯びても性質が安定している麻製。その他カバンやテントなどの生活用の生地も、基本的に麻製となりました(これは、入手容易性からも当然の選択)。
あと念の為、水着も作ることにしました。こちらは麻製。ただ、着心地が良いとは言えないので、出番があるかはわかりません。なお、当面この水着は、女子が男子を揶揄う為に着用される模様。
その他に、靴も作りました。この世界に転移した時、学校の上履きを履いていたけれど、これで地面を歩くのは耐久性的に不安。なので、この外側を革で覆い、更にその外側に鉄製の踵と爪先を作らせ、それを更に革を緩衝材にして覆う形にしたのです。
鉄製の踵と爪先、というのは製作を依頼した鍛冶師にとっては目から鱗のアイディアらしく、その後幾つかのバリエーションが作られたと聞かされ、ちょっと吃驚しました。
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ところで、〔亜空間倉庫〕内に生活の拠点を築くことで、一つ気になったことがありました。
それは、「温度」「明度」と並んで生活環境に必須のデータ、「湿度」です。残念ながら、ボクたちが持ち込んだスマホや腕時計のアプリに湿度計はありません(ボクのスマホには「湿度計測アプリ」があるけど、これはGPS連動で、現在位置の湿度情報をサーバーから引用する、というものでしかない)。ので、これは自作することにします。
どのように作るかと言えば。先日切った松村さんの髪の毛を数本拝借します(女の子の髪を貰い受ける、なんて言ったら普通にセクハラで通報されそうだけど、理由を説明して理解を得た)。
人の髪は、湿度で伸び縮みします。その為、アナログの湿度計は、人の髪が使用されるのです。一説には「フランス人の処女の髪が最も適している」、のだそうですけど、これが科学的根拠に起因するものか、それとも人種差別的なものか、或いは分析した科学者の性的嗜好に依拠するものなのかは不明です。また、細めの髪の方が当然敏感に反応するはずなので、適当な太さと長さの髪を選別し(クラスの女子の髪を一本一本吟味する。さすがに、ボクのその様子に皆ドン引きしていたけど、これは必要なことだから)。
あとは簡単。髪の一端を固定して、毎日一定時刻(この場合、〔倉庫〕滞在経過時間ごと)に、髪の長さを測るだけ。「現在湿度何%」なんてデジタルな数字はわからないけど、「湿度が増えた・減った」という情報は確認出来ます。
そしてその結果。〔倉庫〕内で運動や作業、或いはお湯を沸かした時は湿度が上がり、ミーティングや勉強を主にしたときは湿度が下がりました。それは、「当たり前」の事ですけど、その「当たり前」が〔亜空間倉庫〕内で通用する。これは、大きな発見です。それが意味することは、「〔亜空間倉庫〕は、換気されていない密室だ」という事ですから。
その一方で、〔亜空間倉庫〕の容積と、酸素供給量についてはいまだ不明な点があります。けど、何となくですが気付いていることもあります。
ボクたちの髪や爪。それから(またセクハラ染みた話だけど)女子の生理の周期。
今、ボクたちは外の世界で24時間経過する間に、〔倉庫〕を二回くらい開き、中で合計24時間生活するというサイクルで過ごしています。つまりボクたちの主観時間は、外の世界の倍、経過しているんです。
なら、髪も爪も、外の時間を基準にしたら、倍の速さで伸びなければおかしいし、女子の生理も2週間毎に来ることになるはずです。けれど、現実には外界時間準拠。だとしたら。
この〔亜空間倉庫〕内では、実は時間なんか経過していない、という可能性が出てくるのです。では、「運動したら汗をかく」「眠って起きたら眠気が飛ぶ」のは何故?
そして、今回得た湿度の測定結果。それに派生して、水の蒸発とか、お湯が沸くとか、洗濯物が乾くとかという物性の変化が起こる理由は?
「時間が経過していないのなら、物性の変化が起こるはずもない、か」
ミーティングの時に、湿度計測の結果生まれた疑問を皆に発表すると、松村さんがその問題点をまとめてくれる。いつものパターンです。
「え? それって不思議なことなの?」
「美奈、当たり前だろ?」
「でもでもショウくん、おシズさんが〝アブラカタブラ〟を分析するときに、『この世界の魔法の要諦はそこに込められた〝意思〟だ』って言っていたよ? で、この〔亜空間倉庫〕は美奈たちの魔法だよ?
だから多分、外の世界よりも魔法が純粋なんだよ。美奈たちが『この中なら健やかに休める』って思っているから、時間は経過しなくても体力を回復するし、『運動すれば汗をかく』って思っているから、いっぱいいっぱい汗をかくし、『ここでおトイレに行けば、外の世界で行く必要がない』って思っているから、ここでおトイレしても外ではちゃんとすっきりしているし。第一、皆ここで何回トイレに行ってる? 入ったときと出る前だけでしょ?」
当たり前といえば当たり前。変に知識を持っていても、それに振り回されるくらいなら。髙月さんみたいに素直に考える方が、ここでは適しているみたいです。
(2,968文字:2017/12/14初稿 2018/03/31投稿予約 2018/05/27 03:00掲載 2018/05/27表現微修正)
【注:絹・綿・麻の特性は、〔ダイヤモンドホイール・ダイヤモンド砥石・CBN工具・CBN砥石と研削研磨の情報サイト〕(http://www.toishi.info/index.html)内コンテンツ「繊維の種類と特徴|繊維の一覧と番手、強度、耐熱温度、物性比較まで」を参照させていただきました】
・ 毛髪湿度計にはフランス人女性の髪が最適、というのは、単に最初に開発された毛髪湿度計がそうだった、という事から来た話(提供者は14歳処女だったらしい)に過ぎず、一方黒髪などだと湿度による伸縮の割合が変わってくる為、金髪女性の髪を使った毛髪湿度計の伸縮曲線表が使えない、という程度の違いしか有りません(なお二次大戦中、金髪女性の髪が手に入らないという理由で日本人科学者・気象学者は大変難儀した、という笑えない話も)。それに、「北欧人女性が良い」とか「若い女性が良い」とかといった様々な(性能とは無関係の)付加価値要素が付くのは、人間(それも若い男)の悪癖というべきか。ちなみに、男女の性差で髪の性質が変わる、など寡聞にして聞いたことがありませんが、毛髪湿度計に男性の髪が使われたという話も聞いたことがありません。その一方で個人差は大きく、ある人の髪だと伸縮差は2-3mmだけど別の人の髪だと5mm以上変化したという話もあります。
また現在では電気湿度計が主流ですが、美術館などでは美術品保護の為の湿度計として、1%単位の正確な数字を求める必要ななく、一方で電気を使わない(火災の心配がなくまた停電時でも使える)毛髪湿度計が愛用されているそうです。




