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拝啓、姉上様~異世界でも、元気です~  作者: 藤原 高彬
第七章:支配者は、その責任を自覚しましょう
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第25話 派兵動員

第05節 開戦前夜〔2/6〕

◇◆◇ 宏 ◆◇◆


 イライザ女王とオレたちが新契約に署名し、〔契約〕が発効した後。

 オレたちが最初に行ったのは、この城の宝物庫から持ち出した(しな)のうち、未換金物品の返却だった。


 勿論(もちろん)、返却の義務は、無い。旧契約に於いてもそれは違約ではなく、また旧契約期間内の債権債務は「以降存在しない」と新契約第六条第五項に定められている以上、それを放置しておいても何ら問題はない。けど、オレたちの良識が、落ち着かなかったんだ。

 そもそもオレたちが旧契約に於いて好き勝手することが認められていたのは、「契約内容を達成せしむる為」だから、換金が必要だった分に関しては確かにそれが必要だったと認められるけど、現時点で未換金の宝物に関しては、それをオレたちが所有する必要がない、と解釈出来る。

 既に、オレたちはドレイク王国との真球の取引で結構な利益がある。今更おカネには困っていないし、それこそ〔契約〕の経費となれば騎士王国に正面から請求すれば良い。新契約の第六条に定められた範囲なら、それは何の問題もないのだから。


 幸いにも、話し合いに使った会議室には充分な広さがあり、持ち出した宝物全てを取り出しても空間的には問題はなかった。改めてその量を見ると、結構なものではあったが。

 そして、その中には。〝国王即位の儀〟に使われる儀仗(ぎじょう)の品も、(いく)つかあったようだ。……オレたちが持ち出した為、イライザ女王はそれ無しで式典を行わなければならなかったのだとか。ちょっと反省したけど、むしろ「一つの欠けもなく返してくださいましたから、今更文句はありません」と言ってくれた。うん、売り(うっ)(ぱら)ってしまっていたら、やっぱり恨まれただろうなぁ。


 それでも。幾つかの宝物は、『マキア戦争』の準備で換金している。だから当時の宝物庫のリストと、今回オレたちが返還した宝物のリストを照らし合わせ、改めて管理することになったのだそうだ。

 ちなみに。リストにあり、けれどオレたちが返還した物の中に無く、更にオレたちが売っ払った覚えもない宝物とか、リストには無いのに、オレたちが宝物庫から持ち出しそして今回返還した物とかもあったようだ。その時点で過去の宝物庫の管理が杜撰(ずさん)であったことがわかる。

 同時に、オレたちが売り払った宝物の数と推測される販売価格から、オレたちは宝物の換金を必要最小限度にしか行っていなかったことが明らかになった。


 なお、厩舎(きゅうしゃ)の馬たちは、この返還の対象には含めなかった。敢えて語らなかったし、既に魔獣(ユニコーン・コーサー)化していることを踏まえれば、当初の〝馬〟はもういない、と考えるべきだし。イライザ女王も、「〔収納魔法〕には生命を収納することは出来ない」という常識から、このことを疑問に思わなかった模様。


 そんな(文官たちが)バタバタした時間が過ぎたら。

 次は、此度(こたび)の『魔王(サタン)戦争』の出兵動員についての打ち合わせだ。


 本来は、実務者協議をすべきだけど、スイザリア側の〝実務者〟はこの場にいない。それに、この期に及んでそんな形式論を語っても意味はない。

 むしろ、〔契約〕に基いて大枠を定め、細かいことはそれこそ実務者が詰めていく、という方が現実的だろう。


「俺たちが要求したい動員数は、やはり〔契約〕の上限の二万人だ。

 だけど、そんな大人数となると、集めるだけで時間がかかるだろうし、満足させるだけの糧食を集めるのにも時間がかかる。そうなると、当座は二千。それから段階を踏んで、出来れば上限の二万まで動員してほしい。

 ただ、両大陸間の距離を考えても、そして此度の戦争(いくさ)の決着までにかかると見込まれる時間を考えても。動員数が一万を超えることは、無いだろうな」

「そうですね。二千なら、すぐに、とは言えませんが、二ヶ月以内に動員出来ます。

 けれど、大陸間の距離を考えると。

 二千の兵を運べるだけの船を準備するのにも時間がかかりますし、二千の兵を三ヶ月間食べさせるだけの糧食を準備するのも。また、その二千の兵を擁する船の全隻が、無事東大陸に辿(たど)り着けるか。辿り着けたとしても、その先の補給の目途が立っていません」


 飯塚の言葉に対する、イライザ女王の返答。確かに、人数を(そろ)えても、それが海を渡れないのであれば。それに意味はない。


 けれど。


「イライザ女王。二ヶ月で、兵二千を揃える事が出来るのですか?」


 ルビー=シルヴィア殿下が。


「え? はい、それは問題なく」

「でしたら、兵員の輸送は我が国が請け負いましょう」


 そう、おっしゃった。

 確かに、『揚陸艦』の存在目的のひとつは、戦力の輸送にある。そして、「魔石動力のスクリュープロペラ船」の運用コストは(やす)くないけれど、「兵員二千を擁して三ヶ月の航海を帆船で行う」その運用コストと比較すると。片道二週間弱というその時間だけで、明らかに廉く上がるんだ。それこそ、ネオハティスからシュトラスブルグまでの物流コストが廉く上がるのと同じ意味で。「スピードが速い」というのは、それだけ経済的だという事だ。ましてやグレイサー号の甲板や内部倉庫を活用すれば、二千名程度の兵員なら一度で輸送出来る。その間の環境を問題にしても、(たか)が二週間。狭い船室で三ヶ月揺られるよりも、余程健全な環境だと言えるだろう。

 この場合、その船舶の賃貸料は〔新契約〕第六条第三項の枠内、という事になるけれど、その三ヶ月間の糧食を提供することを考えたら、かなり廉くつくという事だ。

 また、航海に要する時間が短い。それだけで、海難事故が発生する確率も下げられる。極端な話、嵐を迂回(うかい)してもそれほど大きな浪費(ロス)にはならないのだから。そうなると、危険(リスク)回避(ヘッジ)の考え方も変わる。万一の難破沈没に備えて、通常なら複数の船に分乗する。一隻が沈没しても、他の船が無事なら全滅だけは避けられるからだ。けれど、所要時間が短く且つ安全なら。一隻で行動した方が、効率が良くなる。


二月(ふたつき)後。(カナン)暦で()う、春の二の月の中頃。マーゲートに(ふね)を着けましょう。女王陛下は、それまでに兵力の動員を済ませておいてください」

「はい、わかりました」


「それから。騎士(キャメロン)王国の立場ですが。

 二重王国やセレーネ新教皇軍とは無関係に、神聖(アザリア)教国に宣戦布告してくださると、助かります」

「それは、どういうことなのでしょうか?」


 オレも知りたい。騎士王国は、セレーネ姫の援軍、じゃないのか?


「まず、複数の国家の連携。出来ないことはないと思いますが、この場合それを期待すべきじゃありません。だから、スイザリアもリングダッドも、基本的に独自に行動してもらいます。そしてドレイクの有翼騎士団は、俺たちの私兵扱い。俺たちは、この戦争に関わる軍の、調整役として飛び回るという事です。

 そして、騎士王国は。マーリン卿が神聖王国に身を寄せていることで、宣戦布告する口実は、――言い掛かりレベルのものであれ――あると思います。

 神聖王国という国家を相手に戦争し、その手段としてセレーネ軍と協調し、最後にセレーネ新教皇と講和をする。

 これは、戦後セレーネ新教皇が(てのひら)を返した時に対する、保険になります」

(2,832文字:2019/01/14初稿 2019/10/01投稿予約 2019/11/26 03:00掲載 2021/02/18誤字修正)

・ 騎士王国宝物庫から押収した宝物は、武田雄二くんの手によって、番号タグをつけられて管理されていました。正確な名称なんかはわからないので、「冠01」「錫杖03」みたいな形で。結果返還された後も、(その方が管理し易いということで)騎士王国でもその管理法が引き継がれたとか。

・ 帆船とスクリュープロペラ船の運用コスト並びに海難リスクについて。例えるのなら。「レシプロ飛行機」と「ジェット飛行機」では、〝時間当たり〟の燃料消費量はジェット機の方が多いですが、〝航続距離当たり〟の燃料消費量はレシプロ機の方が多くなります。速度が上がれば、それだけコストも下がるんです。だからこそMPG(マイルパーガロン)(1gallon(ガロン)の燃料で何 mile(マイル)移動出来るのか)という指標に意味があるのです。つまり、「速度が速い」というのはそれだけ経済的であるということであり、また所要時間が短いということはそれだけ問題発生リスクを低減出来るということでもあるんです。

・ ドレイク王国の場合、航海中の食糧等の防腐処理は、〔アイテムボックス〕を使わずとも液体窒素を使った冷凍技術がありますから、二週間が三ヶ月だったとしても充分保存可能だったり。

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― 新着の感想 ―
[一言] > そもそもオレたちが旧契約に於いて好き勝手することが認められていたのは、「契約内容を達成せしむる為」だから、  使い込んだ分は旧契約は達成してしまっているので文句を言われる筋合いもない。 …
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