第23話 報酬と罰則
第04節 契約更改〔9/9〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
乙が契約に違約した際、甲が享受出来る最大の罰則は、俺たちの〔契約〕からの離脱。
だけど、それだけだと、俺たちは「騎士王国が違約するように」行動するのが、最も利益を得られる結果になる。だから、それを回避する為の条項が、契約には必要になる。
その一つが、第十条第二項(契約不履行)となる条件の限定。つまり、第四条第二項(乙国内に於ける契約の、法令と身分に対する優越)、同第三項(乙国外に於ける同左の保証)、第五条(費用負担)、第六条(支援)、第七条第二項(禁則事項への抵触)。これらに限定されている。そしてそれぞれ、甲が悪意を以てそれらを妨害することもまた、禁則事項に該当する(第四条第二項・第三項に対し、同第一項。第六条に対し、第七条第一項第2号)。
そしてもうひとつが、第八条(報酬)だ。
「第八条の第二項第1号は、わかりました。ですが、第2号は。
確かに、領地と爵位は旧契約に定められていますが、『伯爵位』と『年貢収入が麦$$トン以上を見込まれる領地』というのは……」
「これは、旧契約に於いて『貴族として遇し、また領地を預ける』とのみ記されていた条項を、具体化したものに過ぎません。貴族と言っても、騎士爵や準男爵も貴族ですし、領地と言っても、猫の額ほどの面積の土地であっても領地です。年貢収入が見込める土地、という話ではありましたが――それはけれど旧契約の条項に記載されていない口約束に過ぎませんが、それを脇に置いても――、領民が一人しかいない領地であっても、約定に背いている訳ではありませんから。ですので、具体的な爵位、そして領地の規模を、指摘させていただきました。
また、先に告げた通り、俺たちは元の世界に還る術を、自力で見出しています。なら、旧契約に記されていたそれに代わる、そして等価の報酬を、俺たちは要求する権利があるはずです。
爵位と領地。これは、その〝帰還〟を実現する為の、繋ぎの報酬だったはずです。つまり、その〝帰還〟の価値は、旧契約に定められた〝爵位と領地〟を上回るモノであると算定出来ます。そう考えると、この条項に定めた内容は、決して過大とは言い難いのではないかと思われます」
イライザ女王の質問に、そう応える。と、先王が。
「お前たちが、自力でそれを成し遂げるというのであれば。それは、その程度の難易度のものだったという事ではないのか? だとすれば、それほどの報酬に置き換えるのは、些か欲張り過ぎというべきと思われるが」
これに応えたのは、武田だった。
「では、先代魔術師長、リトル・マーリン卿は、それを成し得たでしょうか? 或いは、ウィルフレッド陛下はそれを成し得る魔術師を、幾人知っていますか?」
「……」
「リリスさま。世界間移動の魔法というのは、それほど容易なるものなのでしょうか?」
「否。歴史上、それを成し得た者はおらぬ。
その意味では、其方らは魔術史に名を残すことになろうな」
「有り難うございます。
――と、言う事です。史上初の偉業。それの価値を算定するのであれば、この条項の内容でもなお安いと思われますが、如何でしょう?」
その武田の言葉に。遂に先王は言葉を失った。
「わかりました。おっしゃる通りですね。
ちなみに、貴方がたは、契約満了後。我が国に腰を据えられるのでしょうか?」
イライザ女王の問いかけ。だけど、この答えは決まっている。
「否。元の世界に帰るつもりです」
「ですが、この条項(第八条第二項第1号)に於いては、報酬の支払いを20年継続すると定められています。
皆様方が元の世界に帰還するというのであれば、この報酬は誰に対して支払うことになるのでしょうか?」
実は。この「20年」には二つの意味がある。
「此度の戦争の、経費。二重王国が負担する分と、セレーネ新教皇が負担する分では、俺がデザインする戦争の経費としては、足りません。
それを、この報酬並びに領地からの年貢収入で補完しようと思っています」
実際の物資は、ドレイク王国が担当する。だが、当然ながら無償ではない。
その戦費は、その当事者である二重王国と、セレーネ姫が教皇となる新体制下の教国が負担することになる。けれど、それだけでは足りない。
だから、今後20年間に亘って、その不足分を騎士王国からドレイク王国に支払ってもらう。そういう事だ。
俺たちは、元の世界に帰る。そう考えると、この世界での金銭など、まるで必要ないのだから、その全てを使ってしまっても、何ら問題はない。
「わかりました。それから、その、この第三項の内容は――」
「それは、既に約束したものです。新契約に明記したのは、それを違えないという証明のようなものです」
そして、このことは。
この新契約に於いて、俺たちにとって不利な、或いはその自由を制限するような条項もある。それを敢えて明記しているのは、「俺たちはそれをしない」という、(それこそ)〝誓約〟だという事だ。
そして、一方で罰則も。
「……契約が未達成となった場合の条項が、第九条の二(不達成の場合の対応)、第十条(契約不履行)、第十一条(契約の中断乃至は解除)と三つもあるのは、どういう事でしょう?」
「第九条は、俺たちが失敗した場合。
第十条は、甲乙どちらかが契約の継続を拒んだ場合。
第十一条は、甲乙双方が罰則抜きで契約を継続すべきでないと合意した場合、です。
第九条の二は、旧契約に於ける『本契約解除に伴う代替契約は、別途定める』という条項そのものです。が、旧契約の但書で『当事者の事情に配慮した契約とすることとする』とされていますが、その〝当事者の事情〟が、〝騎士王国によって誘拐された被害者としての事情〟なのか、それとも〝契約に定められた任務に失敗した者としての事情〟なのかが明記されていませんでした。ですので新契約では、それを後者と断定し、その代わりその〝代替契約〟の内容を限定させていただきました。
第十条は、まぁそのままですね。
第十一条は、甲乙双方に罰則を定めない形での契約中断乃至は解除を定めています。
ちなみに。第十条第四項。
もし、騎士王国が消滅した場合。その状況に於ける、契約の存続をここに示しています。
第五項で、その場合でも甲が契約を継続したなら、という状況を示していますが、実質的に第四項が機能するのは、契約満了後20年間です。
つまり、革命勢力だの外敵だのが、騎士王国を攻め滅ぼそうと目論んだ時、です。
それが成立したら、その時点で革命政権首班の額に〝違約紋〟が生じ、且つ騎士王国の財産と領土の三分の一が甲に譲渡されるという事になるのですから」
これは、〔契約魔法〕の当事者を承継する法則を逆用した、騎士王国王家の立場を保証する条項となる訳だ。
誰だって、自分が交わした訳ではない〔契約〕を〝違約紋〟ごと継承し、且つ多大な犠牲を払って手に入れた領土の三分の一を第三者に譲渡しなければならない、となったら。
どう考えても、割に合わない。
これは。この20年間は、甲に毎年金貨##枚を支払う事で、王権を保証出来るのだから。
(2,850文字:2019/01/03初稿 2019/10/01投稿予約 2019/11/22 03:00掲載予定)
・ 個人との間に交わした〔契約〕が、国家の安全保障を担保する。これは、当然ながら〔契約〕魔法が想定していない、裏技です。そしてこれは、企業間契約に於いては「毒素条項」と呼ばれます。敵対的企業買収を成功させたら、その買収企業が莫大な負債を背負わされることになる、という内容。その有効性は、その条項が発動した後で訴訟により審議されることになるでしょうけれど。なお〔契約〕の当事者としての地位の承継は、他人が交わした〔契約〕(その内容を知っているか否かを問わず)を無条件で背負うことになる、ほとんど唯一の状況です。
つまり、他国や革命勢力によって騎士王国が存亡の秋に立たされた時。王族としては、さっさと国を明け渡し、自身は「ア=エト伯爵領」に身を寄せてしまえば、旧領の三割に達する領地を保全出来るのです。




