第22話 義務と禁則
第04節 契約更改〔8/9〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
オレたちが、先王の目論見を理解していることと、その上で旧契約に則ってその目論見に従えば、旧契約に違約すること。その事を告げた時、先王の表情には屈辱の影と怒りの炎が見えた。
そう、先王の考えている通り。そのように世界の〝状況〟を整えたのは、他ならぬ飯塚本人。いくつかの偶然があったとはいえ、そうなるように領主王家から一般庶民まで駆け回り、世論を誘導してきたのだから。それがここに来て、花を咲かせただけのこと。
つまりは、オレたちが騎士王国にとって不利になるような行動を採らないように、監視し掣肘するはずのエラン先生が、オレたちと逸れた。その事が、騎士王国がオレたちに〝敗北〟する、第一歩だったという事だ。
「ジョージ四世猊下が〝魔王〟。納得しました。
つまり、先王は猊下に、或いは先代魔術師長も共謀していたのかもしれませんが、彼らに欺かれていた、という事ですね?」
イライザ女王が反芻するようにそう言う。〝縁辿計画〟の全貌を理解し――オレたちが死ぬことまで計画に含まれていたという事にも、気付いているはず――、その上で飯塚の『契約更改提案』を呑んだ。
そうすることで、オレたちに対する〝敗戦〟を『処理』し、その上で一連の事件で改めて〝勝者〟の側に立つ。それが、この若く美しい女王の、決断だという事だ。
実際、新契約には。旧契約に基づく敗北を清算する為の〝賠償金〟の規定も織り込まれている。第五条第二項(旧契約期間中の経費負担)並びに第六条第五項(エラン先生の違約に関する賠償)が、それだ。
そして、第六条第五項後段に、「これを以て、甲乙間に旧契約違約に関する一切の債権債務が存在しないことを、甲乙共に確認する」という一文がある。これにより、旧契約に内包されていた、騎士王国の〝悪意〟も、清算するという意味だ。
旧契約に関する戦犯は、三人いる。
エラン・ブロウトン騎士爵。その生命は聖堂騎士として、飯塚の手で処断された。
リトル・マーリン前魔術師長。今は神聖王国にて、おそらくジョージ四世の側近魔術師として、〔魔物支配〕を主導しているのだろう。つまり、此度の戦争に於ける、実戦力面での主敵となっているという事だ。
ウィルフレッド・キャメロット先代騎士王。王位を娘・イライザに追われ、そして今ここで「異世界から来た庶民」に過ぎないオレたちに、その失敗を追求される。けれどその上で、直接の罰も賠償も、要求しない。これは、オレたち(というより飯塚と武田)にとって、先王は「敵として正面から対峙する価値もない、小物」と認識しているという事でもあるんだ。
「そういう訳で、改めて〝魔王〟ジョージ四世を討つ為に、騎士王国に協力していただきたい内容が、第五条(費用負担)と第六条(支援)、になります」
「費用負担の額については、問題ありません。けれど、支援に関しては。
第二項の、『兵員最大二万名』。第三項の、『国家予算の二割を限度』。これらは、さすがに多過ぎませんか?」
イライザ女王の指摘。確かに多過ぎる。けど、これには武田が反論した。
「これらの条項の根拠は、旧契約第三条第一項の、『全幅の支援を成す』、です。身も蓋もありませんが、旧契約の諸悪の根源というか、騎士王国がボクらに一方的に劣後することを定めた文言ですが。
旧契約の条項どおりであれば。ボクらは『敵の城を陥落させる為に、騎士王国の兵員十万名を濠の中に飛び込ませ、その死体を以て濠を埋めろ』と貴女がたに命じることも出来るんです。何せ、〝全幅〟、なのですから。
けれど、新契約に於いては、それに上限を設けています。これが戦争となる以上は、百や二百の動員では焼け石に水。数を動員出来なければ戦争には勝てませんし、勝てなければこの契約自体に意味がなくなります。
〔契約〕に基づき、騎士王国はボクらに賭けたんですから、腰の引けた判断はなさらないでください。
ただその上で。第四項但書に『乙が、甲にその根拠を求め、或いは再考を促すことは、これを認める』とあります。
乙が、支援を拒絶することは第十条第二項に基づき罰則の対象となり、それを引き延ばすことは第七条第二項第2号に禁則事項として規定されています。けれど、支援規模の修正を要求することは、乙の当然の権利となります。
その一方で、甲もまた、〔契約〕遂行を遅延する事、乙からの支援の為の活動を妨害する事、乙と敵対的な行動を採ることを、第七条第一項に禁則事項として定めています。
これは、『甲が支配的立場にある第三者がそれを行う場合も同様』です。つまり、現在飯塚くんは、〝ア=エト〟の名で連合軍総司令の地位にあります。そうである以上、麾下の兵士が騎士王国と敵対的或いはサボタージュ行為を以て騎士王国を妨害することも、禁則事項に抵触するのです。
勿論、それが『己が責に帰すべき事由』に拠らない場合、それを弁明する機会を設けることが第三項に定めらていますし、また第十条(契約不履行)の第一項第2号、並びに第二項第3号には『一定の猶予期間を経ても契約に復帰しない場合』と、罰則を執行する前に原状回復の為の猶予期間を設けることが定められていますが」
ちなみに、この猶予期間に関する号番号にも、意味がある。
第十条第一項、こちらは甲が契約不履行状態となった場合の罰則規定だけど、
第1号に、「〝違約紋〟を顕す」、とあり、
第2号に、「一定の猶予期間を経ても契約に復帰しない場合、(中略)財産を、罰課金として乙に対して支払う(以下略)」、とある。
つまり、禁則事項が成立した時、猶予期間を定める前に〝違約紋〟が顕れ、それから猶予期間を経ても契約に復帰しないのであれば、そこで初めて罰則規定としての罰課金の支払いが確定する、という事だ。
これは同第二項、つまり乙が契約不履行となった場合の罰則規定も同じだ。
第1号で、甲に無条件で契約を破棄出来る権利が生じる。
第2号で、〝違約紋〟がイライザ女王の額に生じ、
第3号で、一定の猶予期間を経ても契約に復帰しない場合、財産を、罰課金として甲に対して支払う、となる。
この〔契約〕。中身をまるっと摩り替えた形になるものの、「騎士王国が依頼し、オレたちが受託した」という形式が旧契約から継承されている以上、契約離脱の自由が、ある意味オレたちが騎士王国に要求する、最大の罰則カードになる、という事だ。
(2,579文字:2019/01/02初稿 2019/10/01投稿予約 2019/11/20 03:00掲載予定)




