第21話 〝魔王〟の定義
第04節 契約更改〔7/9〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
昔、騎士王国で魔術師長が作った契約と。
今、ショウくんと武田くんが作った契約(案)。
並べてみると、その違いがよくわかるの。
最初に目に着く違いは、その分量。
新契約は、旧契約の4倍以上に達している。
それだけ旧契約に粗があったのか、それとも粗が無いように新契約を詰めたらそれだけの分量になったのか。多分、両方。
次いで意識する違いは、その主語。
旧契約は「余は」で始まるけれど、新契約は「甲は」「乙は」となっている。
つまり旧契約は、「(美奈たちに)〝魔王〟を討伐することを命ず。その為に余はこれだけのことをしてやろう」というのがその構造。
対して新契約は、「甲」と「乙」のそれぞれに、義務と禁則を定めている。共通の目的である「〝魔王〟の討伐」の為に。つまり、甲と乙は、契約上対等、という事なの。
しかも、この契約の草案を作った美奈たちにとって、一方的に有利なものにしないことこそが、逆説的に騎士王国に対する強制事項になっているの。美奈たちの行動を縛する禁則事項も、「美奈たちはそんなことしない」っていう宣言に通じるから。
◇◆◇ ◆◇◆
「これは、どういう事なのですか?」
イライザ女王が最初に引っかかったのは、第二条(定義)。つまり、「魔王」をジョージ四世と定めている条項だったの。
「何故、猊下が〝魔王〟だなどと記されているのですか?」
「それは、旧契約の文言を精査すると、他に該当者がいないという事を、この三年間で知りました」
「……どういう、事ですか?」
その、イライザ女王の疑問に、ショウくんが答えます。
「旧契約に記された、〝魔王〟の定義は、『精霊神を否定し、龍を従え、世界秩序の脅威となる者』です。
〝精霊神を否定する者〟。『正義』を独自に解釈し、金銭で悪の跳梁を許すジョージ四世現教皇は、精霊神、延いては善神の名を嘲笑する者と謂う事が出来るでしょう」
「貴様らがそれを言うか? 我が国の宝物庫を荒らした盗賊の分際で」
「申し上げたはずです。俺たちは、〔契約〕に禁じられたことは一切していない、と」
ショウくんの言葉に、先王がツッコミを。だけどショウくんは柳に風とばかりにそれを受け流します。
そもそも、旧契約には美奈たちが〝してはいけないこと〟を定めていません。それは、実態が奴隷契約であることを隠す為に、明示出来なかったんだろうって武田くんは分析しました。禁則事項が一つでもあれば、当然美奈たちはその契約を結ぶことを躊躇い、その内容を精査したでしょうから。そして条文中に禁則事項がないことで、美奈たちにフリーハンドを認めている、と誤認させたんだって。
だけど、その一方で。〝魔王〟の討伐という義務が課せられ、且つエラン先生が随行することで、契約に明示していない、騎士王国にとって都合の悪い行動を掣肘する事が出来る、という訳だったの。
「そして、だからこそ。新契約では、法令遵守(第四条)を定めています。
基本的には、その国の法令と身分秩序を冒してはならぬ、と。その代わり、契約を履行する為にそれが必要である場合は、法令と身分秩序より契約が優先する、と。
俺たちがかつて行った宝物庫襲撃は。『契約履行の為の軍資金調達』という理由だから、この条項に抵触しないか。
それは、第十二条(信義則)で判断されます。つまり、甲乙間で、それを話し合う必要があるという事です。……まぁそれが正当な行為だというのなら、何故事前に要求し話し合わなかったんだという事になりますから、新契約に於いては、法秩序の方が優先する事例になりますね」
新契約では、あれは許されないこと。
言い換えれば、旧契約では、それを禁じておらず、だからこそ旧契約の「全幅の支援を成す」という条項こそが優先されるってこと。それこそが、旧契約の不備。
ついでに言えば、新契約第七条第一項第3号で、契約遂行上の目的なく騎士王国と敵対する行為を「禁則事項」のひとつとして定めているから、話し合いを待つまでもなく美奈たちの違約行為になるんだけど。
「続けます。
〝龍を従える者〟。ジョージ四世、或いはその麾下の魔術師が、〔魔物支配〕の魔法を行使し、その戦力に組み入れていることが確認されました。
現在、如何なる国家や組織、或いは個人であっても。旧カナン帝国以来多くの者が挑戦し、そして挫折した〔魔物支配〕を実現した例は、ありません」
「だが、ドレイク王国は――」
「ドレイク王国は、魔物との一定の協調関係があります。けれどそれは、山間の集落が小鬼と物々交換をする、といったことを国家規模の交易に拡大しただけのことのようです。魔物たちの側にも、独自の判断が許されている関係である以上、〝使役〟とは言えません」
「猊下が、そんな……」
「そして、それもまた〝精霊神の否定〟に繋がります。魔物を利用すること。それを『精霊神や善神の御心に沿う』と、誰が言えますでしょうか?」
もっとも、これは〝魔物〟と〝魔物〟の問題でもありますし、〔魔物支配〕の魔法の是非でもあります。そして、そもそも〝精霊神を否定して何が悪い?〟って言うのが、美奈たちの本音。でも、その地の人の心の拠り所たる宗教を、正面から否定するのは失礼だから。
「最後に、〝世界秩序の脅威となる者〟。ジョージ四世が従えるゴブリンは、異世界、つまり俺たちの世界で使用されていた兵器を使用していました。
俺たち、つまり異世界に於ける一般市民でさえ、手にする事が出来ない兵器を、です。
それは、明らかにこの世界の秩序を乱し、魔法でさえも抗えない悪夢となりましょう。
そして、ブロウトン氏と共に、俺たちの世界を知るマーリン卿が、現在ジョージ四世の許にいらっしゃると先程おっしゃいましたね?
それは、それこそが。
ジョージ四世こそが〝魔王〟である、傍証になるんです」
〝魔王〟の定義は、「凶悪な破壊を実現すること」じゃない。〝世界秩序の脅威〟となること。だから、大魔法の行使は、この世界の秩序の枠内になるけど、機関銃の使用はそこから外れるってこと。
そして、欠席裁判であることをいいことに、その責任を全部ジョージ四世に押し付けて、彼を〝魔王〟と断定するの。
現場を知らないイライザ女王やウィルフレッド先王陛下には、ショウくんのこの言葉を否定する材料は、全く無いから。
「正直申し上げまして。旧契約が、俺たちにドレイク王国アドルフ陛下を暗殺させる為に定めたことを、既に理解しています。
〝世界秩序〟などと謳っていても、その実態はキャメロン騎士王国の政治的都合に過ぎない、という事も。
けれど、むしろ。状況の方が、契約の内容に適合してしまっているんです。それこそ、
先王陛下の目論見に従う事こそが、陛下の定めた〔契約〕の文言に違約してしまうほどに」
(2,728文字:2019/01/02初稿 2019/10/01投稿予約 2019/11/18 03:00掲載予定)
・ 髙月美奈「大魔法の行使は、この世界の秩序の枠内になるけど」
リリス「では〝爪痕〟は、世界の秩序の枠内、と考えていい訳じゃな?」
ルビー=シルヴィア「アンタは存在自体が世界の常識の埒外でしょうに!」




