第20話 違約行為とは
第04節 契約更改〔6/9〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
おおよそ三年ぶりの、キャメロット城。
だが今回この城を再訪するにあたって、飯塚が全員に(あたしたちだけじゃなく、随行の有翼騎士たちにも)念を押していたことがある。
それは、あたしらはこの城で。
決して平伏してはならない、と。
一国の使者が、一軍の将が。
一国の王と謁見する時の、態度ではない。けれど。
あたしらは、「一国と契約を交わした個人」として、イライザ女王の前に立つのだから、と。
だから、謁見の間に足を踏み入れ、女王の前に進み出て。
だけど、膝を折ることなく、頭を垂れることなく、飯塚は口を開いた。
「お久しぶり、と言わせていだきましょう、イライザ姫。お元気そうで、何よりです」
それは、個人が個人に、対等の友人に、語り掛ける程度の言葉遣い。
男が女に語る時の、最低限の礼儀を保っていても、決して目上の人相手の言葉遣いではない。
「なんと、無礼な!」
「使者殿、控えよ!」
「それが東の礼儀か!」
周囲の貴族たちが騒ぎ出す。が、あたしたちは、そして飯塚はそれを全て無視して。
「姫。語りたいことはいくらでもあります。が、その前に片付けなければならないことも多くあります。
その為にも、まずはお人払いをしてください。
〔契約〕に基づき、俺の言葉に従ってもらえることを期待しています」
更に騒然となる周囲。だが、その火に油を注いだのは。他でもない、イライザ女王だった。
「わかりました。では座を移しましょう」
「陛下! 何をおっしゃいます。このような得体の知れない者と、余人を交えずに言葉を交わそうなどとは」
「そうです、今すぐにでもこの者たちの首を落とし、東に送り返してやりましょうぞ」
女王の言葉に、貴族たちは反駁した。そして、それに対して女王が再度口を開こうとした時。
「それで、良いのかや?」
リリスさまが、発言した。
「何だと?」
「そこの娘をよく見ると良い。
何が起こっておる?」
リリスさまの言葉の意味は、あたしたちもわからなかった。だから、女王の方に視線を向けた。
それでも、最初はその意味が解らなかった。けど。
「……〝首輪〟が、消えた――」
飯塚が、それに気付いた。そしてその言葉で、女王自身も自身の首に手を当てて、その事実を確かめた。
「〝誓約の首輪〟とは。〔契約〕を交わせし二者間に於いて、明らかに偏った義務を背負いし者が、その義務を明示する為に顕すものじゃ。
そして此度の〔契約〕に於いて、ア=エトらに、それが顕れておる。しかし。
明らかに、軽き義務しか負っておらぬ、騎士王国側は。その軽き義務さえ履行せぬ状況じゃった。ゆえにこそ、〔契約〕はその履行を求め、この国の王の首に〝首輪〟を顕したのじゃ。
じゃが、今その娘は、〔契約〕への復帰を宣言した。ア=エトの言葉に従う態度を表明してみせたことでじゃ。それゆえ、〝首輪〟はもう、必要なくなった、という事じゃ。
どうじゃ? この国の貴族ども。其方らにとっては、其方らの君主の首に〝首輪〟があった方が、都合が良いとでも言いたいのかや?」
「だとするのなら。〝首輪〟だけでなく、〝違約紋〟も消していただきたい」
「その為の話し合いをせねばならぬと言っておるのじゃ。そんなこともわからぬ阿呆か、貴様は?」
「だが、それなら人払いをする理由もないはずだ!」
「其方らに、それを知る権利があると思うかえ?」
騎士王国貴族とリリスさまの言い合い。だけど、そこに口を挟む者がいた。
「なら、先王ウィルフレッド陛下と、魔術師長リトル・マーリン卿の両名を呼んできてください。彼らは、この〔契約〕の当事者ですから」
他ならぬ、飯塚だった。
◇◆◇ ◆◇◆
「彼らは、この部屋の一部と思ってください。彼らを排除することは、さすがに出来ませんから」
座を移し、あたしたちも有翼騎士たちを別室に待機させ。
イライザ女王が扉に控える衛兵たちを指してそう告げた。そして、それほど間を置かず、そこにウィルフレッド陛下がやって来た。
「貴様ら、コソ泥風情が、良くもおめおめと余の前に姿を見せられたものだ」
「何をおっしゃっているのか、わかりませんね。
俺たちは、〔契約〕に禁じられたことは一切行っておりません。
一方貴方たちは、〔契約〕に定められたことを一切行っておりません。貴方たち自身が、定めたことを、です。
〝背約者〟がどちらか、など、問うまでもないでしょう」
それが、〝違約紋〟の、意味。
「そして、俺たちは。元の世界に自力で戻る、その手掛かりをこの三年間で、掴んでおります。つまり、貴方がたが〔契約〕の対価として提示したそれは、既に無価値となっているのです。
無価値の報酬を対価に、〔契約〕を交わす。これは、詐欺であり、これもまた〝違約〟です。
おわかりでしょうか。俺たちの為だけでなく、貴方たちの為にも、〔契約〕を更改する必要があるのです」
飯塚の言葉を理解したのか、先王は口を噤んだ。
「ところで、イライザ姫。魔術師長は?」
「先代魔術師長は、既にその任を辞し、ブロウトン騎士爵と共に国を離れています。私からも、質問をさせてください。貴方たちは、父上と先代マーリン卿の同席を求められましたが、ブロウトン卿の名を出さなかったのは――」
「エラン・ブロウトン氏とは、アザリア教国でお会いしました。そして、〔契約〕への復帰を要請しましたが、拒絶され、そして聖堂騎士の名の下に、俺たちに刃を向けました。
よって、〝背約者〟として、この手で処断させていただきました」
飯塚の、この言葉は。女王と先王にとっては、かなりの衝撃だったようだ。
エラン先生は、この国にとって「最強騎士」、という訳ではなかっただろう。けど、対してあたしらは、この世界に来るまで一度も剣を握ったことのない、同年代の平民にさえ劣る、素人以下だったのだから。
そして、敵を殺すことにさえ躊躇いを持つあたしたちが。一度は教えを享けた知人を殺す。そう思い切れたこともまた、彼らの驚きの原因だったのかもしれない。
「わかりました。では、話を〔契約〕に戻しましょう。
正直、私は、貴方がたは〔契約〕の破棄を望むと思っておりました」
「それは、〔契約〕の内容が不当だから、ですか? なら、それは是正すれば良いことです。
俺たちも。以前は出来る事なら、〔契約〕を破棄したいと思っておりました。けど、仮令俺たちが無知にして無力であったのがその不当な〔契約〕を交わした原因だったとしても、一度交わした〔契約〕は、履行するのが筋でしょう。
ですので、お互いが納得出来る内容に、〔契約〕を書き換えたいと思っているのです」
「そういう事なら、〔契約〕を見直すことに異論はありません。
では、如何に契約を書き換えましょうか?」
「僭越ながら、俺たちの方で試案をまとめて来ております。
宜しければ、これを叩き台にして、新たな〔契約〕としたいと思っております」
(2,752文字:2018/12/30初稿 2019/10/01投稿予約 2019/11/16 03:00掲載 2022/06/18誤記修正)
【注:新旧契約の内容は、本日09時00分に投稿されます】
・ 騎士王国に於いて「マーリン」とは職業姓であり、すなわちその任を解かれたリトル氏は「マーリン」ではなくなっています。が、便宜上彼のことを「リトル・マーリン」と呼んでいます。当代「マーリン」氏は本作での登場予定がないので。




