第28話 女の子は、無敵!
第05節 備えあれば〔5/6〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
この国の王女、イライザ姫に、あたしと美奈が呼び出された。何でも、王の客人であるという立場を笠に着て、贅沢放題しているのが気にくわないのだとか。
「聞いたわ。絹や麻、木綿の生地や糸を大量に要求しているんですってね。少しは自分たちの立場を弁えたら?」
「お言葉ですが、姫様。立場を弁えられるのは、姫様の方かと。
あたしたちは、国王陛下との〔契約〕に基づき、ある任務に就くことが既に決まっております。その為に必要な物資を請求させていただいているだけで、特段贅沢を思ってのことではありません。
また、そうである以上、それを妨害なさるのであれば、それは王様に〔契約〕違反を冒させていることになります」
「巫山戯ないで。私も〔契約〕の内容くらい聞き及んでいるわ。
〔契約〕が、父上に義務付けているのは、貴女たちの〝生活の保障〟であって、贅沢の保証ではないはずよ。
〝生活の保障〟ってことは、日常を営むに最低限必要な程度、ってことでしょう? 一体どこの世界に、絹や木綿の生地で織られた服を日常に着熟す平民がいるっていうの?」
待ってました、とばかりに、あたしは持ってきたカバンから体操服を取り出した。
「ご覧ください。これは、木綿などで織られた服です。汗を吸い易いので、運動などをする際にこれを着ます。勿論、それは特別なことではなく、むしろあたしたちと同年代の子供たちは皆、強制的にこれを買うことを求められます」
体操服。平成日本では「ダサい」とか、或いは一定の年齢のオジサンが好む性的な衣装、というイメージが強いけど、身体を動かすという機能を追求した、合理的な構造・意匠・素材の服だともいえる。そして、中世程度の技術しかない、この世界ではまだこれと同等の服を作ることは出来ない。仮に出来たとしても、それは一点モノでしょう。同一規格の大量生産、と考えると、地球でも産業革命を待つ必要があったんだから。
そして、体操服は木綿100%という訳ではない。ポリエステル繊維を混ぜ合わせることで、木綿の弱点を補っている。ポリエステル繊維は、化学繊維。地球史でも19世紀末まで待たなければ実現出来ない。
「姫様は、服や織物にお詳しい様子。であれば、この服の価値がおわかりになるでしょう。
けど、あたしたちにとってこれは、普段着どころか所謂作業服です。この服から、あたしたちの普段着の程度を想像していただきたく存じます。
また、こちらをご覧ください」
そう言って、あたしは自前の弓道着を姫様に見せた。
あたしの弓道着は、絹製だ。普通、高校生の弓道の練習着はポリエステル製が普通で、絹なんて贅沢品は着ない。
けど、逆に「練習着」と「本番(大会)用」を区別しないのが、高校弓道の普通。そしてあたしは、家でも絹の弓道着を普通に着ていたので、学校の部活でもそれを持って行っていた(その所為で変にやっかまれていたのも事実だけど)。
「これは、あたしが弓の練習をする為に着る衣装です。実戦用、ではありません。ただの練習着です。つまり、普段着ともまた違う、汚しても、破いてしまっても仕方がないと言える、これもまた作業着なんです。
あたしたちが、この国の王様に要求していることは、あたしたちにとって当たり前のことでしか有りません。それさえ満たされないで、どれだけの事が出来ましょうか。
あたしたちの要求が認められないという事は、『手足を縛ったままオオカミと戦え』という事だ、と姫様ならおわかりになると思います」
飯塚が、「贅沢とは、金銀宝石で飾ることではなく、高品質のものを、湯水の如く消費することだ」と言っていた。そしてイライザ姫は、「金銀宝石で飾る」という意味でも、また「高品質の物を湯水の如く消費する」という意味でも、この国で一番贅沢している人間でしょう。
けど、だからこそ。あたしたちの普段着、否それ以下の〝作業着〟を見て、あたしたちの元の世界の文化レベルを、この世界の誰よりも正確に測ることが出来るのよ。
果たして、あたしの体操服や練習着を見ていたイライザ姫は、まず言葉を失ったかのように呆けたままそれらを見入り、やがてあたしたちの方を見て、口を開いた。
「ねえ、この服、私に献上なさい」
おぉ、いい度胸だ。お姫様に乞われたら、歓喜の涙を流しながら献上する。あたしたちが、そんな立場だとでも思っているのか? と問い詰めようとしたところ。
「うん、いいよ?」
と、美奈が安請け合いした。
「元の世界に帰れたら、1着と言わず10着くらいまとめて贈ってあげる。そっちの道着の方は、美奈たちにとっても高級品になるから、そっちは1着で我慢して?」
「元の世界に帰ったら。それは、本当か?」
「うん、本当だよ。何なら、〔契約魔法〕を交わしてもいいよ? 勿論、美奈たちが全員元の世界に帰れるように、そして望む限り何度でも行き来出来るように、この国の人たち皆に協力してもらうことになるけど」
……あの時。あたしが「会見」で魔術師長たちに完敗した後のミーティングで。
もしかしたら、一番強く、そして怒らせたら一番恐ろしいのは美奈ではないか? って思ったけど。
こ、怖い。
美奈、この娘はイライザ姫を利用して、〔契約魔法〕を無効化することを考えてるんだ。それどころか、今美奈の言った言葉通りに〔契約魔法〕が発動すれば、場合によってはこの国の王侯貴族・国民の全てがあたしたちの奴隷になる。
飯塚の言っていた、〔契約〕を逆用する選択。美奈は、それをたった一手で指して見せたんだ。
とはいっても、王女がそれに乗らなければ話は始まらない。美奈も、この一手で王手詰みになることまでは期待していないだろう。王女が浅墓ならワンチャンあるかも? という程度の一手のはず。
「残念だけど、私に国を代表して〔契約〕する権限はないわ。悔しいけど、引き下がるより他はなさそうね」
果たして、イライザ姫はそこまで莫迦ではなかったみたい。ちょっと残念、というか、当然、というか。
「ねぇ、姫様。姫様の〝女の子の日〟は、もうすぐ?」
美奈が、いきなり話題を転換した。この場にいるのは(脇に控えている侍女を含めて)女性ばかりだから出来る話かもしれないけれど。
そして、イライザ姫は、その日は遠くないことを告白した。
「なら、その時これを使ってみるといいよ。美奈たちの世界で普通に使われている用品だから。
こっちで最高級品と言われる、綿の製品と比べてみて。
そうすれば、美奈たちが『綿で我慢している』って言葉の意味がわかると思うから」
と、美奈が持参の生理用品(羽付き・〝多い日も安心〟の物)を渡し、その使い方を説明した。
その数日後。イライザ姫からは感謝の言葉と、謝罪の言葉を受けることになった。
これほどの技術ある世界から、この程度の技術世界に落とされるのはさぞ苦労が多いでしょう。父王の愚行を心からお詫びします。
そう、言われた。
あたしたちはもしかしたら、心強い味方を得たのかもしれない。
(2,997文字:2017/12/12初稿 2018/03/31投稿予約 2018/05/25 03:00掲載予定)
【注:「イライザ」は、エリザベスの愛称です。この世界でも、地球の英語圏でのニックネームのルールに従えば、の話ですが】
・ 「木綿」と「綿」の違いですが、「木綿」はコットンの生糸又は生地、「綿」は「塊状の繊維」です。ちなみに、文字としては「綿」はコットンが日本に伝わる前から存在しており、「絹の綿」を〝真綿〟「コットンの綿」を〝コットン〟と区別する場合もあります。また、種を取り除く前のコットンは〝棉〟の字を充てます。
・ 日用品は、技術と文化の差が歴然。理解出来ない「スマホ」や「ノートPC」より、日常肌に触れる生理用品の方が、それを理解し易いのでしょう。但し、「ドロワーズ」にナプキンを当てられるの? という疑問に関しては……。深く追求しないでください。




