第19話 キャメロン騎士王国 ~呪詛の果て~
第04節 契約更改〔5/9〕・第01節 国際情勢〔3/6〕
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キャメロン騎士王国とスイザリア王国は、同盟関係にある。
だがそれは、反フェルマール、反ドレイクという目的での同盟であり、互恵関係のような強固な絆、とは言い難かった。
そもそもキャメロン騎士王国がドレイク王国に対し、呪詛にも似た憎しみを持つようになったのは。イライザ女王が生まれるより更に数年前の出来事に起因していた。
当時、騎士王国と友好関係にあった、フェルマールの王女が、留学してきた。それだけなら問題はなかった。
だが、その護衛騎士の一人が、些細なことから癇癪を起こし、王城の一角を破壊した後、王国の軍に多大な損害を生じせしめたのだ。
イライザ女王の母后は、当時王后陛下の側仕えの侍女の一人であり、その時城を留守にしていたことで、運良く難を逃れたという。だが、王后陛下並びにイライザ女王の兄姉は、その護衛騎士が破壊した王城と運命を共にすることになったのだという。
たった一人の騎士を相手に、王城が蹂躙され、また王国軍が事実上壊滅した。これは、騎士王国にとっては屈辱という言葉では言い表せないものだったのだ。
そして、王国軍が壊滅したことによる、地方領の叛乱。鎮圧には10年近い歳月が必要となり、それでも南の自由都市ラーンには独立を許すことになってしまった。だから、その報復を、先代騎士王ウィルフレッドは誓ったのであった。
当時の魔術師長もまた、そのフェルマールの騎士の卑怯な技を前に絶命していた。だから当時は学院長に過ぎなかったリトル・マーリン卿が、魔術師長の座に就くことになった。
そして内乱もある程度鎮まった頃。東大陸に興ったある国の国主の正体が、その元フェルマールの護衛騎士であった事実を知ったのであった。
そもそも、騎士王国は。東大陸で栄えた、古代カナン帝国の末裔が興した国であった。だから、いつか東大陸に凱旋する。それは、国是でもあった。
しかし、船で100日程かかる、その距離が。東大陸に侵攻するという計画を夢物語にしていたのだった。
その距離をただ渡り征くだけでも、膨大な物資が必要になる。そして、その備蓄の防腐保存も考えなければならない。
また、長期航海につきものの、壊血病。これを克服する手段も、なかなか見つからなかった。
が。それこそ二十年ほど前。画期的な、壊血病対策が発見された。柑橘類。だがこれも保存に難があり、長期保存の方法を試行錯誤しながら検討していったのであった。
そして先代騎士王ウィルフレッドと魔術師長リトル・マーリンが、共通して出した結論は。大軍を送り込むことは、無駄でしかない。という事だった。
なら、その国、〝ドレイク王国〟ではなく、その国主たる〝アドルフ王〟ただ一人を標的に定め、これを討つ方法を検討した。リトル・マーリンは、単身東大陸に渡り、可能ならアドルフ王をその手で討つことを、不可能であればそれを可能とする策を、探し求めた。
そして、リトル・マーリンは。
東大陸・某所にて。
怪しげな魔物から、しかし深甚なる知識を得、それにより、この世界に無い知識を持つという、異世界人を召喚する、〝縁辿計画〟を立案したのであった。
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現女王、イライザは思った。
異世界から召喚された人。
当初、精霊神殿の神官が語る「精霊たちの集う楽園に住まう、使徒」を思い浮かべた。そして使徒が地上に降りてくるときは、堕落した民に神罰を与え、或いは選ばれし民を楽園に誘う為。なら、召喚された使徒は、喜んで悪しき王を討ち果たしてくれるに違いない。そう、思っていた。
しかし、実際に召喚された者たちと会い、言葉を交わしたら。
彼らは、自分と何ら変わりない、普通の少年少女たちだった。
否、彼らが真実使徒だったとしても。
強引に呼び出された使徒が、喜んでその〝誘拐犯〟の意に従うだろうか?
先王ウィルフレッドと先代魔術師長リトル・マーリンが、この世界のことを何も知らぬ彼らに対し、〔契約〕を結び〝誓約の首輪〟で縛ることに成功した時。魔術師長たちは、その計画の半ばまで成功した、と確信していた。
ところが。彼らは、〔契約〕の粗を突き、我儘放題に振る舞い始めた。
イライザは、思う。
誰だってあの立場に立たされたら。許される範囲で、暴れるだろう。
ましてや〔契約〕の粗が、それを許す余地を残していたのだから。
その挙句、彼らは迷宮内で行方不明となった。
それにより、〔契約〕に定めた、『彼らに全幅の支援を成す』という文言の、実行が不可能になってしまったのだ。
そう、もし彼らが全員死んでいたら。〔契約〕に背いたウィルフレッド王、リトル・マーリン卿、そして〔契約〕により彼らに随行することが定められたエラン・ブロウトン騎士爵の三人に、〝誓約の首輪〟が出現することはなかったはずだった。彼らが生きているから、その履行を〔契約〕が求め、その証として〝誓約の首輪〟が出現し、けれどそれを成せないから〝違約紋〟が生じたのだから。
けれど、多分。
あの五人は、二度とこの国に立ち寄ることはないだろう。
〔契約〕に従い、〝魔王〟を討伐する為に旅をしながら、けれど生涯〝魔王〟に至らない。そうすることで、〔契約〕に背くことなく、けれど意に反する生き方をする必要もない。
それでも、とイライザは思う。
それでも、もしもう一度、あの五人と会う事が出来るのなら。
その〔契約〕当事者の立場を引き継いだ、自分の権限を以て。
彼らを、自由にしてあげたい、と。
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そんな折、スイザリア王国からの使者が来た。
その先触れの口上を鵜呑みにするのなら。
その使者の主は、『二重王国連合軍総司令ア=エト将軍』なのだそうだ。
そして、近日中に勃発する、神聖教国の内乱。現教皇ジョージ四世と、その教義に異を唱える、教皇の令嬢で新教皇を自任するセレーネ姫の、闘争。
二重王国が後援するセレーネ姫を支援する為に、騎士王国も名を連ねてほしいのだという。
アザリア教国教皇、ジョージ四世猊下。
神聖教国もまた騎士王国の同盟国であり、ジョージ四世は〝縁辿計画〟の共謀者でもある。
対してスイザリアは、騎士王国の同盟国と雖もこの十年ほどは交易相手国でしかなく、またマキア王国が再独立してからは、人の行き来も事実上途絶えている。
ならば、その使者と言葉を交わすまでもなく。
応えは、「拒絶」の一言しかない。
けれども。
東大陸の現況を聞くだけでも、その使者に会う価値がある。
そう考え、イライザ女王は、その使者たちの謁見を許した。
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「御使者殿、ご入来!」
先触れが城を辞して、その翌日。
早速その使者がやって来た。見目麗しい、女騎士たちを引き連れて。
その使者。けれど、イライザ女王には、見覚えがあった。
この三年で、随分精悍な顔つきになったけれど。
懐かしい、〝彼ら〟の姿だった。
(2,733文字:2018/12/28初稿 2019/10/01投稿予約 2019/11/14 03:00掲載予定)
【注:「護衛騎士の一人が、些細なことから癇癪を起こし(以下略)」のエピソードは、前作『転生者は魔法学者!?』(n7789da)の第三章第39話から第四章第07話(第178~190部分)です】




