第18話 再上陸
第04節 契約更改〔4/9〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
通常の帆船だと、90日以上かかる航路を、10日前後で航行する。いくらスクリュープロペラ船だからと言っても、それほど速力に差がある物なのでしょうか?
勿論、その秘密は速力だけではありません。
三軸の羅針盤は、この10年ほどの間で船乗りの間で爆発的に普及しているようですが、世界が惑星表面にあることを考えると、中緯度から高緯度地方では、北極圏を経由した(大圏航路の)方が近いのです。けれど、正確な大圏航路で西に航海しようとすると、海流の回流を逆行する形になるので、非効率的です。潮流が許す限りギリギリ北寄りの航路を選べば、それが一番近くて早い航路という事が出来るのです。
けれど、大圏航路に近い航路を選択すると。球体表面上を直進しているつもりでも、コンパスの針はどんどん右に逸れていきます。それが潮や風に流された結果と、波やうねりに舵を取られた結果、又は天測を間違えて進路を損ねた結果などの誤差を吸収して、正しい針の向きを算出するのは、かなりの知識と技術と経験が必要でしょう。結果、西大陸に向かうには、〝針路270〟(コンパスが指す〝西〟)に向かい、潮や風などの影響が顕在化してきたら適時修正舵を当てる、とするのが一般的な航法となるのです。
また、大圏航路に近い航路を選択した場合、航路途中の一点で、面舵を当てる(〝針路〟を北寄りに修正する)ことになります。正規の大圏航路であれば、舵は真っ直ぐで構わないのですが、あくまでも「近い」航路ですので、修正が必要になるのです。けれど、その修正地点の座標は? と問われると。
これも、その地点に岩礁なり島なりがあれば、「あの岩礁の地点で転舵する」とすることも出来るでしょうけれど、完全な大洋の一点であれば。
GPSで現在地をリアルタイムにトレース出来るのなら、その座標を指示すれば良いでしょう。けれど、天測(星の位置で現在地を計測する方法)でわかるのは、緯度だけ。経度は、正しい現在地の時刻と、基準地点の自国との差異で計ることしか出来ません。その精度の時計は、現在ドレイク王国にしか存在しないのです。
ボクらの持っている腕時計やスマホの時刻表示などは、時刻自動補正機能を標準装備している為、実は三十年前の時計に比べて、「時計」としての性能は退化しています(それでも月差±10秒前後)。けれど、この世界では「時間認識」と言っても日時計で行うレベルですから、精度の桁が三つ四つ違います。
が、シンディ・ドゥエルグ・ナーギニー妃殿下は、日差±15秒前後という、この世界の技術レベルで考えたら驚異的な精度の機械式時計を完成させていたのです。まだ高価で、且つサイズが大きい為、民生利用は出来ませんが、その一方で荒波に揺られても動作は狂わず、多少の潮風を受けても故障しない(生活防水レベル)のものです。実はこれが、「ドレイク王国の提督たちは、嵐の中でも針路を見失わない」と言われる秘密なのでした。
正確な時刻計測と、正確な(潮や風による干渉を加味した)速力計測。この両者が整う事で、最適な転針地点を定められ、結果一般の帆船の半分近い航行距離で西大陸まで到達出来るのです。
そして、スクリュープロペラ動力船であることで、帆船の瞬間最高速度の数倍の速力で巡航出来ます。純粋な速力と、最適な航路。その二つが揃う事で、「所要時間を十分の一に短縮」する事が出来るのです。
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903日目。つまりはボルド西港を出港してから、11日目。予定より一日ほど時間が余計にかかりましたが、それでもあり得ないほどの短時間で、西大陸まで戻ってきました。
入港する先は、「マーゲート」。あの、〝魔王の爪痕〟がある町です。とはいっても、この『グレイサー号』は〝ハティスマックス〟船。マーゲートに入港出来るサイズを超えています。その為沖合に停泊し、上陸艇を出すことになりました。
帆を持たない、全通甲板の鉄甲艦。あり得ないほどに、異形です。
そして、そこに掲げる所属旗は、スイザリア。一応、騎士王国の同盟国でもあります。
「そう言えば、ルビー妃殿下。この町に、〝魔王の爪痕〟と呼ばれる場所があるのを、ご存知ですか?」
雑談のつもりで、そんなことを言ってみました。ちなみに、妃殿下の名前「ルビー」と「シルヴィア」は、どちらもファーストネームで、どちらで呼んでも構わないと言われたので、「ルビー妃殿下」と呼ばせていただくことにしています。
「知っているわ。それが出来る瞬間を目の当たりにしたから。
ちなみに、正しくは〝邪神の爪痕〟だから」
と、横目で大公殿下を見ながら、妃殿下。その大公殿下は、目を逸らして下手な口笛を吹いています(口笛を吹くくらいのこと、出来ない訳でもないでしょうに。芸の細かいことで)。
ですが、納得です。そりゃぁ邪神の瘴気が滞留していたんじゃぁ、生命が芽生えないどころか、普通の人間が足を踏み入れたら、一瞬でSAN値が吹き飛ぶでしょうよ。
「……リリスさま。帰る時には瘴気を祓っておいてください。さすがに、迷惑ですので」
「面倒臭いのぅ。放置では駄目なのかえ?」
「駄目です。一応、今回の会談で、この三年間を清算し、新たな関係を作るのですから。
そのついでに、〝魔王の爪痕〟の瘴気も祓っておけば、ドレイク王国の株も上がろうというものです」
譬えようもなく、マッチポンプだけど。
◇◆◇ ◆◇◆
そして、上陸作業中に。
有翼騎士を二人、呼んで来てもらいました。
「有り難う。実は、貴女たちにお願いしたいことがあります。
騎士王国のキャメロット城まで、先触れとして向かってほしいんです。
ドレイク王国の騎士である貴女たちに、スイザリアの旗幟を掲げさせるのは失礼だとは思いますけれど」
「否。私たち有翼騎士団は、此度の戦争に於いては。ア=エトさまの私兵として行動を共にせよと騎士団長より仰せつかっております。
ですので、掲げる旗は、当然ア=エトさま個人の旗幟か、或いはスイザリアの軍旗になることは、全員理解しております。
けれど、そうであれば。有翼獅子を使う訳にはまいりません。
町で、適当な馬を手配して行くことと致します」
けれど、馬には当てがあります。
〝森〟の中にいる、馬。これは、一角獣だけではありません。
角のない馬も、いました。
角のない馬。それが、普通の野生馬なのか、それとも魔獣なのかはわかりません。というか、〝森〟の中に魔獣化していない馬がいるのであれば、それはそれで普通じゃないと思いますが。その馬を使えば。
そう思い、〔倉庫〕を経由して二頭の馬を出しました。すると。
「これは、妖馬、?」
ルビー妃殿下が。
「ユニコーンと並び称される、魔獣よ。ユニコーンより脚力や瞬発力に劣るけど、持久力では勝る。乗り手を選ばない温和な気性も、軍馬としては優秀ね」
ま、今更ですね。
(2,763文字:2018/12/27初稿 2019/10/01投稿予約 2019/11/12 03:00掲載予定)
・ 海流の回流も、季節によって天候によって、北に寄ったり南に寄ったりします。だからその見極めを間違えると、潮流に逆らうことになるので、速力は落ちます。
・ その一点を中心とした正距方位図法の地図では、右(北)に転回します。が、メルカトル図法の地図では、その一点で左(南)に転回しているんです。確かに面舵に向けているはずなのに。
・ 妖馬と普通の馬の見分け方:妖馬は肉食(雑食)。以上。……まぁ外見的には、裂肉歯(奥歯の、肉を噛み切る為の歯。草食動物には存在しない)を持っているとか、蹄が蹄鉄を兼ねるほどに硬く、また爪のように鋭くなっている(歯と蹄は一角獣と共通する特徴)などの違いがありますが。なお拙作に於いて「肉食」は別の意味で採られがちですが、そっちの意味でもあながち間違いではないとも。
・ 妖馬の中にも、気性の荒い個体はいます。「あたしの背に乗ろうなんて、十年早い!」と言っていたり?




