第17話 軍略と政略
第04節 契約更改〔3/9〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
893日目。俺たちは、強襲揚陸艦『ひょうが』、じゃなく護衛艦『グレイサー号』で、ボルド西港から出港した。
ネオハティスからコンロンシティまでは、丸二日もかかったのに、崑崙御所からネオハティスの王邸までは、隣の部屋に行くくらいの気安さだった。これが、『リリスの不思議な迷宮』。コンロン城も、ネオハティスの王邸も、共にダンジョンの一角であり、物理的な位置関係は、どうでもいい話だという事だ。さすがに、これは卑怯だと思うが。
ちなみに、外部から無許可で侵入を試みると、もれなく『ベスタ大迷宮』に転移させられるのだという。……そういえば、そんなエピソードもあったなぁ。
そして、グレイサー号。正直言って、その推力は、帆船の比ではない。帆船では3ヶ月(約90日)掛かる航海を、僅か10日ほどにまで短縮出来るというのだから、比べる方がどうにかしている。
ちなみに、このグレイサー号の武装は。何と、衝角だけ、なのだそうだ。その、帆船の数倍の速力。それが生み出す慣性を背景にした、体当たり。それが、このグレイサー号の武器。とは言っても、火器が存在せず、海戦用兵器が火矢と投石機だと考えると、帆を持たず、また鉄甲製の艦体を持つグレイサー号を遠隔攻撃で破壊することは、事実上不可能。それに、艦内は有翼騎士団の基地でもある訳だし。
現に、ここには(元)〝テレッサ隊〟の有翼騎士12名が同乗している。そして、ルビー=シルヴィア・ローズヴェルト公爵専用の飛竜が。
ルビー=シルヴィア妃殿下は、有角騎士団の団長だけど、必要に応じて飛竜を駆るのだそうだ。
ちなみに、ルビー=シルヴィア妃殿下が同行しているのは、此度の戦争に於ける、純軍事的な打ち合わせの為だった。
「ドレイク王国には、ひとつ約束をしてほしいことがあるんです」
「それは?」
「カラン王国で、多分実戦テストを行っていた、ガトリング砲。
或いは、それに類する、連射式火器の、開発の中止。」
「……それは、我が国に対する過度な干渉と断ぜざるを得ないわ。キミが、正式に王太子として立ったとしても、即位まではそんなことを命じる権利はないし、軍も開発局もそれに従う謂れはないわ」
「おっしゃる通りです。なにも、実際に開発を中止してほしいという訳ではなく、またそう宣言してほしいという訳でもありません。
『そういったものは、開発していないし、その能力もない』。対外的には、そういう事にしておいてほしいのです。如何なる密偵にも、その事実を悟られないように」
「……理由、は?」
「当然、俺たちにとっての都合です。
俺は、各所で『カランで使われているガトリング砲は、この世界の技術力では作れない。これをこの世界に齎せるのは、〝魔王〟のみ』と吹聴しています。にもかかわらず、ドレイク王国で、それに類する兵器を開発していると知られたら。
それこそ、アドルフ陛下こそが〝魔王〟であるという根拠になってしまいます」
「それは、全てキミの責任じゃない?」
「そうです。だからこそ、『これは俺の都合だ』と言いました。
しかも、この件に関しては。約束を守ってもらう対価は、用意していません。だから、それを強制することも出来ません。
なら、あとは。俺の策に嵌り、アドルフ陛下こそが〝魔王〟だと全世界に向けて宣言するか、それとも俺の策に従い、〝魔王〟との疑いの目を逸らすか。
選ぶのは、アドルフ陛下です」
叙爵だ同盟だ王太子だ、と浮かれていても。
俺の立場は、まだ魔王陛下の敵だ。その戦い方が、「殺し合い」ではない、というだけで。だから敵として、要求を突きつけることを、躊躇うつもりはない。俺の一手に対し、俺が提示した選択肢とは違う選択が出来るのなら、してみればいい。これはそういう勝負なのだから。
「連射式、に、限るの? 有翼騎士団が持つ、単発式の箒は?」
「単発式なら、『新開発の魔法』という言い訳が使えます。ましてや箒は、空気圧で撃ち出すものでしょう? なら、真実魔法ではありませんか」
「そう、よくわかったわ。
それに、そういう事なら、敢えて『約束』しない。キミの言葉は聞いたし、陛下には伝えるわ。だけどどうするかは陛下が決めることで、その決定内容をキミに報告したりもしない。何か問題、ある?」
「否。それで結構です」
もし陛下が、第三の選択肢を見つけ出し、その手を打つのなら。俺は可能な限り早くそれを察知し、対応策を練らなければいけないだろう。それだけのことだ。
◇◆◇ ◆◇◆
「ところで、あたしからも、ひとつ。
此度の戦争。どういう形で始まると思う?」
ルビー=シルヴィア殿下が、俺に問うてきた。
「それは当然、セレーネ様が、ジョージ四世を弾劾し、それに対してジョージ四世が討伐の為の軍を派遣する、という形でしょう」
「真っ直ぐ軍を派遣したりはしないわ。まずはセレーネ姫に対する、破門宣言。そして姫君と、二重王国の両国王に対して、『弁明の機会を与える』という名目で、聖都に招聘するでしょうね」
「だけどそれは、戦う前に無条件降伏するに等しい。特に二重王国にとっては、教国を事実上の宗主国と認めるようなものですからね。そんな提案には乗れない」
つまり、二重王国にこそ先に手を出させようとしている、という事、か。
「ジョージ四世も、セレーネ姫も、どちらも〝善神〟を奉じていることには変わらない。仮令それが表面上のものに過ぎないとしても。
だから、『先に手を出した』と言われることを避ける必要があるの。どうしても先制攻撃をしなければならないとしたら、その口実が必要になる。
例えば、ローズヴェルト王国がスイザリアに侵攻し全土が戦場になるから、政治的対立を度外視してセレーネ姫を救出する為に、とか」
ローズヴェルト王国。それは、このルビー=シルヴィア殿下の、実家のはず。
「ローズヴェルト王国の現王は、あたしの兄よ。そして兄にとって、ドレイク王は、今なお変わらず〝セレストグロウン卿〟なの」
〝セレストグロウン〟?
「セレストグロウン。これは、アドルフがかつて〝アレク〟と名乗っていた時代、フェルマールの騎士に叙爵された時。国王陛下から賜った、騎士姓よ。
兄にとって、ドレイク王国は。
フェルマールが崩壊したことで乱立した、新興国のひとつ。だから、旧フェルマール建国以来の譜代の貴族であるローズヴェルトは、それらの国々の盟主たるべし、と思っている。
あたしの、ドレイクへの輿入れさえも、先王たる父による政略だ、と頑なに信じているから」
ローズヴェルトとドレイクが、お互いをどう捉えているか。
その齟齬に関しては、以前ソニアが語ってくれたけれど、もしかしたら、それ以上なのかもしれない。
「兄は、フェルマールを滅ぼした二重王国を、決して許さないでしょう。
ならむしろ、この機会に大侵攻を目論んでも、不思議ではないわね」
やっかいな要素が、また一つ。カラン王国の件もあるし、ローズヴェルトとの協調は、諦めた方が良いのかもしれない。
(2,816文字:2018/12/26初稿 2019/10/01投稿予約 2019/11/10 03:00掲載予定)
・ テレッサさんも、「ア=エトらの案内役」という口実で、グレイサー号に乗り込んでいます。
・ 既に。「ア=エト vs. 魔王陛下」の戦いは、ゲームマスターの権限の奪い合い。キャスティングボードを巡るものと化しています。
・ ルビー=シルヴィア殿下が予想する、ローズヴェルト王国の行動。これを考えると、ローズヴェルトは当然、ドレイク王国に、自分たちと協力して二重王国に侵攻することを要請するでしょう。そしてその場合、ドレイク王国の一般市民や官僚の多くにとっては、そちらの方に心が傾くと思われます。結果論として、五人が転移により(第02話以前に)ドレイク王国を訪れたことで、ローズヴェルトに先んずる事が出来たのです。




