第16話 王位を継ぐ、という事
第04節 契約更改〔2/9〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
俺たちは、スイザリアの軍旗を掲げ、ドレイク王国海軍の新造艦『氷河号』に乗り込み、再び西大陸へ行く。
だけど、さすがに今日すぐにも出発、という訳にはいかなかった。
艦自体は、遠からず試験航海に出ることが予定されている為、予定を繰り上げて明日出港と言われても対応出来るのだというが、むしろ同行者の政治的都合を考える必要があった。
そう、同行者。
此度の西大陸行きには、第二王妃であるルビー=シルヴィア・ローズヴェルト殿下と、そしてリリス・ショゴス大公が同行することになった。また、艦長は第一艦隊司令、ジョージ・ラザーランド提督。……現教皇と同じ名前なのを気にしてか、「ラザーランドと呼べ」と言われたが。
出港準備の為、王妃様がたは慌ただしく動き回ることになったが、その中でも幾人かの王妃殿下は、俺たちと個人的に話すことを求めた。
例えば、サリア・リンドブルム殿下は、髙月と。シンディ・ドヴェルグ・ナーギニー殿下は、武田と。そしてスノー=ルシル・フェルマール殿下は、オレと話すことを求めた。
「なんとなく、だけどね。キミと一度、話をしてみたかったんだ。シロー・ウィルマー卿の手記に出てきた、〝ヒロ坊〟と。
ウィルマー卿は、古代帝国のアレックス帝の従妹と結婚し、銀渓苑の始祖となったの。
そして、アレックス帝の妹姫と結婚したのが、フェルマールの始祖。結局、血は遺されなかったそうだけど。でもその事実から、『フェルマールこそ古代帝国の正当な末裔だ』と言う人もいるわ。
その意味では、私とキミは、遠い親戚なのかもしれないわね」
「古き血を継ぎ、長い歴史を守る王家の姫君に、親戚だとおっしゃっていただけるのは、身に余る光栄に御座います」
「でも、その歴史ももうすぐ終わるわ。
彼が。陛下が定めた王位継承の典範。その根拠を、私は知っているの。
そして、うちの子らは、普通の国の王には成れても、この国の王には成れない。それは、もう随分前からわかっていたこと。
だけど、ここでこの国の王太子候補、この国の王となる資格を持つカケルくんが出てきて。正直、少し動揺しているのね。
ねえ、柏木宏くん。
キミの家も、長く続いているのでしょう?
それがもし、自分の代で絶えるとしたら。
キミは、どう感じるのかしら?」
オレたちは、この国の王位継承の典範を、理解している訳ではない。
けど、〝ショゴス〟であるリリスさまの承認を得なければいけない、という事実から、ひとつのことを想像出来る。すなわち、人間のみならず、魔物も受け入れられること。それが、求められているんじゃないだろうか。
そして、魔物と取引をする。信頼して、事業を任せる。それ位なら、出来る人はいるだろう。けれど、魔物と、友人関係になる。或いは恋愛関係になる。(血の繋がりはなくとも)親子になる。そんな関係を作れる人は、それほど多くはない。
いくら意志疎通が出来るからと言っても、オレたちの世界で譬えれば、それは獣姦……じゃなく、異類婚姻譚、に類することだろうから。「ヒトか、魔物か、神様か、なんて、どうでもいい」と言える人が、果たしてどれだけいるだろう?
しかも、旧王家の姫の子で、現国王の嫡子ともなれば。
仮令スノー=ルシル王妃が慎重に教育したとしても、周りの人間が余計なことを吹き込むだろうし、自我が確立していない時期に余計なことを言われた子は、大きく歪む。それこそ、話に聞いた幼少時代の武田のように。
また、アドルフ陛下の国家観。教育内容や、王位継承のルールから読み取れるそれは、陛下は「国家」を「企業」に見立てている、という事になる。
社長令息と雖も、無能であれば次代の社長とは認めない。いやむしろ、創業者一族は可能な限り早く経営の一線から退き、叩き上げの社員に経営を委ねようとしているのかもしれない。
だけど、そう譬えるのなら。
「王妃殿下。オレの、じゃなく、私の家は、【銀渓苑】という〝王国〟を、入間という外様に簒奪された、それこそ〝旧王家〟の立場なんです。
けれど、だからこそ、見えるものがあるんです。
その歴史の中にあった、失敗、間違い。増長と、独善と。
それは、畏れながら殿下のフェルマール家も同じではないでしょうか?
ですが、殿下。殿下は先程、『自分の代で絶える』とおっしゃいました。
――なにが、絶えるのでしょうか?
殿下のお子様がたは、健在です。それに、先日私たちは、ルーナ王女ともお会いしました。またムート王子も、この国の第一線で活躍なさっていらっしゃるのですよね?
なら、何も絶えないではありませんか。
殿下らの血を継ぐ子らが、直近の王太子に成れなかったとしても、その子が、孫が。その〝資格〟を認められれば。
オレたちの国にも、国家の主となることを代々夢見て、四百年後にようやく果たせたなどという家系もあります。……選ばれた、当時の当主は、一年も持たずに国主の座を追われましたけど。
『フェルマール』という氏は残ります。ならその血を、歴史を、想いを継ぐ、何十年後か、何百年後かの子孫が、このドレイクの王になる。そういう事も、あるのかもしれません。そして千年後に、『フェルマールの氏を持つ者こそが、最も多くのドレイク王を輩出した』と言われれば。それは、ひとつの成功ではないでしょうか?
そして、確かに飯塚はこの国の王太子候補に祀り上げられました。けれど、なら。
殿下のお子様がたにとっては、間近に目標となる人間がいる、と考えることは出来ないでしょうか?
飯塚が、この三年、アドルフ陛下を超えようと足掻いていたように。
殿下のお子様がたも、飯塚を超えて行けばいいんです。
勿論、暗殺などといった足の引っ張り合いをしたら、公子様自身の格を下げるだけでしょう。そんな人間を次期国王に指名したら、国の格を下げるだけでしょう。
でも、飯塚と、公子様がたがぶつかり合い、競い合い、高め合って、その挙句に最も相応しい者が至尊の冠を戴くのであれば。
それは、国にとって幸福なことではないでしょうか?」
少なくとも現時点では、飯塚にドレイクの王位を継ぐ意思はない。
けれど、だとしたら。
むしろ飯塚を〝当て馬〟にして、公子たちを奮起させればいい。
大事なことは、フェルマールの嫡子を王位につけることではなく、その家名を守ることでもない。
より相応しい人が、王位に就くことなのだから。
(2,566文字:2018/12/26初稿 2019/10/01投稿予約 2019/11/08 03:00掲載予定)
【注:「異類婚姻譚」(異種婚姻譚、とも)とは、人間とそれ以外の種族(動物・妖怪等)が結ばれるという、昔話の定型です。西洋でも神話等で多く見られ、日本でも民話等でよく見られます。「神様と結婚して生まれた子供」という神婚説話も、広義の「異類婚姻譚」になります。
「国家の主となることを代々夢見て、四百年後にようやく果たせた人」とは、元肥後熊本藩主だった肥後細川家の第18代当主である、細川護熙第79代内閣総理大臣のことです】
・ ラザーランド提督は、元海賊。そして、海賊時代から内心貴族に憧れていて、だから勝手に家名を作り「ラザーランド」と名乗りました。今では伯爵家(海洋伯)の家名として公知されておりますが、そういう事情なので、物凄く愛着があるんです。親に付けられた自分の名前より。
・ 「佳き女」「良き妻」「善き妃」が、必ずしも「賢き母」となるとは限りません。フェルマールの惣領ルシル妃殿下の子は、望むと望まざるとに関わらず王位継承に纏わる騒動の中心にならざるを得ませんから、それを想定した教育をしなければならなかったのです。が、アドルフ陛下はそういった「血縁に起因する因習」を軽視し過ぎていた傾向があり、ルシル妃殿下は当たり前すぎてこれまで意識しなかったという問題がありました。ちなみに旧フェルマール王家の長女であるルーナ王女は、ネオハティスで隠棲する時に、フェルマール氏の〝惣領〟の立場をルシル妃殿下に移譲しています。
・ 「ルーナ王女」「ムート王子」は、それぞれ通称です。爵位を付した正しい呼称は、「ルーナ・フェルマール侯爵」「ムート・フェルマール子爵」(どちらも一代爵位)です。
・ 「人間のみならず、魔物も受け入れられる」。それが出来れば、獣人差別や亜人差別、国籍や出生地・職業による差別などは莫迦ばかしいと思えるようになるでしょう。
・ スノー=ルシル妃殿下「キミの家も、長く続いているのでしょう? それがもし、自分の代で絶えるとしたら。キミは、どう感じるのかしら?」
サリア・リンドブルム公爵「ヒキオタニートの挙句、数年ぶりに社会復帰しようと思って外に出たら列車に撥ねられ死んじゃって、水無月家五百年の歴史に幕を下ろした、あたしにそれを問わないで。ってか、美奈ちゃんが、水無月の家名をエリスに継がせるつもりみたいだから、どうやらもうちっとだけ続くんじゃ?」
アドルフ・ドレイク王「〝水無月〟が、ショゴスの地球での氏となってしまう点について。」(「もうちっと」=数十億年? ってか、「水無月」って、クトゥルフがいない期間って意味だったのか!)




